第三十九夜
多くの純血を滅ぼしたルーガルーの魔力。
それが手に入れば、今の吸血鬼界の常識を塗り替えることさえ可能だろう。
そんな物が本当に存在すればだが…
「それって、どんな物なんだ?」
「黒い球体だ。表面に星空のような光が浮かび上がっている」
コカドリーユは手でその形を表現した。
その大きさはバスケットボールくらいだろうか。
「…やけに具体的だな。見たことがあるのか?」
「ルヴナンが止めを刺した時、奴の身体から零れ落ちるのを見た。いつの間にか消えていたが、アレが奴の魔力だったのだろう」
「…魂の一部である魔力が肉体から離れるなんて本当にあり得るのか?」
疑うようにルーセットは言った。
吸血鬼の魔力とは、集めた魂が月の魔力に変化した物。
それは魂と同様に肉体に癒着し、肉体を再生し続ける。
「根拠はある。プーペを見ただろう」
「ああ」
「アレに肉体はない。この世に残された魂を人形に定着することで生きている」
コカドリーユの腹心、プーペ。
プーペの身体は単なるガラス人形であり、肉体を持たない。
その存在自体が、肉体が失われても魂だけで存在できる証明だろう。
「………」
「そう言う訳だ。知っていることがないなら、その能力を使って調査してほしい」
「調査? どこを?」
「そうだな。まだ余が調べていない場所………例えば、ルヴナンの所とか」
ルーセットは露骨に嫌そうな顔をした。
ルヴナンから逃れる為に庇護を求めたのに、それでは本末転倒ではないか。
いくら演技力に自信があるとは言え、あの化物を騙し通す自信はない。
「そんな顔をするな、冗談だ。依頼したいのはリコルヌの方だ」
その名前には聞き覚えがあった。
以前出会ったアンスタンと言う男が主だと言っていた純血の名だ。
多くの眷属を従える新たな純血。
「奴は眷属だけの派閥を築き、その殆どを人間社会に放っているらしい」
「眷属の派閥?」
「ああ、ファミーユと言う。その中に潜入して情報を盗んで欲しい」
本来数人しかいない眷属に化けた所で、すぐに発覚するだろう。
しかし、ルーセットは知っている。
リコルヌは二十を超える眷属を従える純血であることを。
それだけの集団の中に紛れることなど、ルーセットには朝飯前だ。
「まあ、俺も前から興味があったしな。その純血」
「なら、交渉成立だな。場所は教えるから頼んだぞ」
上機嫌に笑うコカドリーユを見ながら、ルーセットは思考する。
ルーガルーの魔力。
コカドリーユはそれを手に入れて、ルヴナンを殺そうと考えているようだ。
純血を滅ぼした魔力は強大な兵器となる。
だが、その魔力………使い方を変えれば不死性を強化することも可能ではないか。
今のルーセットですら、瞬時に四肢を生やす再生力を持つのだ。
伝説級のルーガルーの魔力を使えば、どんな傷を負っても死ななくなる。
(…もし仮に、俺がそれを手にしたなら)
恐らく、コカドリーユの下へ持ち帰ることはないだろう。
ルーセットには忠誠も義理もない。
あるのは、不死への欲求だけ。
今まで通りに裏切って、不老不死を手に入れるだけだ。
銀の花に囲まれた孤高の監獄。
遺物の一つであるルーガルーの遺骸が封印されている『銀の檻』
その周囲に、影が迫っていた。
狼を模した星座が描かれた灰のローブに身を隠した十五の影。
頭部には狼骨を被り、顔を隠している。
言葉一つ発することなく、影は亡者のように銀の檻へ近づく。
まるで何かに導かれるように。
「………」
銀の花を踏み締め、影達は進み続ける。
先頭の影が遂に銀の檻へ触れる。
「それに触れるな。塵芥」
瞬間、影の身体は霧散した。
ローブだけを残して、その身体が灰に変わった。
「ッ!」
声には出さず、他の影達が辺りを見渡す。
いつの間にか、周囲には濃い霧が立ち込めていた。
吐息が凍てつき、亡者のようだった影達は戦慄する。
出現した霧の人型は怒るように赤く染まった。
「言葉を交わすことすら不快じゃ、消えろ」
ドッと荒波のような霧に飲まれて影が五つ消えた。
今度は灰すらも残らなかった。
それを見て残った影達は一目散に逃げだす。
「逃がすと思うか」
逃げた先に霧の壁が立ち上った。
走る勢いを止められずに衝突した影の腰から上が霧散した。
その光景と逃げ道を塞がれた絶望で影達の足が止まる。
「…ッ!…ッ…!」
「言った筈じゃ。言葉を交わす気はないと」
ドッともう一度荒波が影達を襲う。
それは残った全ての影を飲み込んで、灰すら残さずに消し去った。
獲物を全て捉えた霧が晴れると、ルヴナンは忌々しそうに舌打ちをした。
この襲撃は初めてではなかった。
銀の檻に存在するルーガルーの遺骸を求める者は多い。
ルーガルーの歴史を知る吸血鬼なら、誰もが一度は興味を抱く。
まだ若い吸血鬼なら、無謀にも挑戦する者が現れても不思議ではない。
しかし、
「………」
ルヴナンは無言で地面に落ちたローブを見下ろした。
そのローブに描かれているのは狼を模した星座『狼座』
それは、現在銀の檻に封印されている遺骸を象徴する物だった。
かつての戦乱時に敵対した者達が身に着けていた物と同じだった。
「…百年前の残党か。チッ、次から次へと厄介事ばかり増える」
大した実力はないようだが、侮る訳にはいかない。
数百年前、たかが人間上がりと侮ったが故に多くの純血が滅ぶことになったのだ。
再び戦争が起きるような事態は何があっても阻止しなければならない。
「…手段を選んでいる場合ではないか」
ルヴナンは小さく呟くと姿を消した。




