第22話 神様、未来のケータイとは何ですか
たまちゃんの誕生会は、昼の祈祷が終わってから始まった。
だべり場の壁には、ノアとエマが切った色紙が吊られている。
星や花に見えるものもあれば、何を作ろうとしたのか本人たちにしか分からないものもあった。
たまちゃんは朝から飾りの下を行き来し、落ちていた色紙を見つけるたびに口へ運ぼうとしている。
「それ、食べるやつじゃないよ」
エマが取り上げると、たまちゃんは手の後ろへ回り込んだ。
「隠した場所、普通に見えちゃってんね」
ミカ様が笑いながら、机へ菓子を並べていく。
中央には老女が縫った布が敷かれ、その上だけはまだ空いていた。
神官長は部屋へ入るなり、机の端に置かれた紙を手に取った。
「本日の予定ですが」
「誕生会に予定とかいる?」
「こちらを書いたのはミカ様です」
写真を撮ったあとにプリクラへ行き、カラオケで祝いの歌を歌う。
最後に、来られなかった者へ写真を送るらしい。
「今回は変なの描かないし、危ない歌も歌わない。写メで人も送らないから、普通にやれば大丈夫だって」
「その普通が、最近最も信用できません」
「神官長さん、始まる前から疲れてんじゃん」
「……どなたのせいだとお思いですか」
ミカ様は聞かなかったことにして、けーたいを構えた。
「たまちゃん、こっち」
名前を呼ばれると近づいてきたものの、けーたいを向けた途端に横を向く。
ミカ様が回り込めば、反対側へ顔を逸らした。
「なんで今日に限って撮らせてくんないの?」
ノアが菓子を一つ持ち上げる。
たまちゃんの顔が、すぐにそちらへ向いた。
「今だっ!」
小さな音が鳴った。
撮れた写真の中で、たまちゃんは菓子だけを見ている。
「めっちゃ欲しそうな顔してんね」
ノアとエマも画面を覗き込み、三人で笑っていたところで、写真のたまちゃんが瞬きをした。
笑い声が止まる。
「今、動かなかった?」
ミカ様が一つ前の写真へ戻し、もう一度開く。
たまちゃんは菓子を見上げたまま動かない。
「気のせいかな」
ノアが画面へ顔を近づけると、写真の中で首が傾いた。
「動いた!」
エマの声に、神官長が予定表を置いて近づいてくる。
「普通の写真のはずなんだけどなぁ。ほら」
ミカ様が画面を向けている間にも、写真の中のたまちゃんは歩き始めていた。
端まで進んで姿を消し、しばらくすると反対側から戻ってくる。
机の下では、本物のたまちゃんが布の端に噛みついていた。
「増えたってこと?」
「まだ、そうとは限りません」
神官長が画面へ手をかざすと、写真の中のたまちゃんがその指を追いかけた。
「肖像の内側に、動けるだけの空間ができています。写された姿だけが残っているわけではなさそうです」
「けーたいの中に住んでるみたいな感じ?」
ミカ様が本体を傾ける。
写真の中のたまちゃんも足を滑らせ、画面の端へ転がった。
「かわい」
「遊ぶ前に調べさせてください」
「プリに出したら、もっと見やすくない?」
「分からないものへ、別の魔法を重ねないでください」
神官長はそう言ったあと、机の上の予定表を見た。
次はプリクラだった。
肖像盤へけーたいを近づけると、盤の中央に細い光が走った。
画面にいたたまちゃんが、その光を追って端まで駆けていく。
そのまま姿を消したと思った次の瞬間には、肖像盤の中を歩いていた。
「普通に移動したんだけど」
「昨日までは、このような機能はありませんでした」
神官長が白百合の間へ顔を向ける。
神託石は、すぐに光った。
――繋がっていた方が便利だと思った。
「あ、犯人は神ちゃんなんだ」
――昨夜、平成を学んだ。
「一晩で?」
――頑張った。
神官長は何も言わず、片手で額を押さえた。
ミカ様は動く写真を紙へ出す。
紙の中でもたまちゃんは歩き回り、端へ行くと一度消え、反対側から戻ってきた。
「裏で繋がっての、これ?」
「……確かめなくて結構です」
「誕生日なんだし、王冠つけよ」
ミカ様は筆を取り、たまちゃんの頭へ丸い線を引いた。
上に尖りを三つ足し、真ん中へ宝石らしい点を置く。
「下手じゃない?」
ノアが覗き込む。
「王冠って分かればよくない?」
ミカ様が小さな星を描き足すと、紙の中のたまちゃんが頭上を見上げた。
丸かった線が、少しずつ形を変えていく。
歪んでいた尖りの高さが揃い、点でしかなかった宝石に赤い色が入った。
金色の縁には細かな模様が広がり、内側には柔らかそうな布まで描き足されていく。
「うちより絵うまくなってんだけど」
「誰が直しているのですか」
「たまちゃん?」
当のたまちゃんは、頭の上で完成していく王冠を不思議そうに眺めていた。
「自分でやったわけではなさそうですが」
リナが言った直後、紙から強い光が溢れた。
現実のたまちゃんの頭へ、小さな王冠が現れる。
その重さに首を傾けることもなく、机の上にあった菓子へ歩いていくと、周囲の皿が勝手に動き始めた。
菓子や果物がたまちゃんの前へ集まり、空いていた椅子は布の中央まで滑ってくる。
背もたれが少しずつ伸び、小さな玉座のような形で止まった。
壁の色紙まで外れ、たまちゃんの後ろへ扇のように広がっていく。
「たまちゃん、王様になった!」
ノアは喜んだ。
神官長は、完成した王冠を見たまま動かなかった。
「ミカ様が描いたのは、王冠に見える線だけでしたね」
「下手って言われたけどね」
「その線が、王冠として足りない部分を補った。完成した意味まで、現実へ出てきたのでしょう」
ミカ様は、玉座へ乗ろうとしているたまちゃんを抱き上げた。
「王様って、椅子とか菓子まで寄ってくんの?」
「少なくとも、この王冠はそう解釈したようです」
「へえ。すご」
「感心している場合ではありません」
たまちゃんは、遠ざかっていく菓子へ前脚を伸ばしていた。
調査を続けたそうな神官長を残し、ミカ様はたまちゃんを抱いたままカラオケの部屋へ向かった。
「誕生会の途中だし、歌くらいよくない?」
「王冠を描いただけで、部屋の中に王国ができかけました」
「祝いの歌で剣とか出ないっしょ」
「内容だけの問題ではないと、今まさに分かったところです」
それでもノアとエマはすでに廊下へ出ている。
リナも聖典を置き、二人の後を追った。
神官長は王冠を調べるための道具を抱えたまま、最後についてきた。
祝いの歌が始まると、部屋の中へ小さな星や花が浮かび、光のリボンと紙吹雪がゆっくり降ってきた。
ミカ様とノア、エマが歌い、少し遅れてリナも声を重ねる。
前回のカラオケで見たものと、そこまでは変わらなかった。
机の上には、王冠をかぶったたまちゃんのプリクラが置かれている。
写真の中にも同じ星や花が降り始め、光る音符が一つ、たまちゃんの前へ落ちた。
前脚で触れる。
音符が消えた。
次に落ちてきたものへは口を開き、そのまま飲み込んでしまう。
「今、食べたよね?」
ノアが歌を止めた。
神官長はプリクラを取り上げ、目の前まで持ち上げる。
「歌から生じた魔力を取り込んでいます」
「お腹減ってたんじゃない?」
「菓子ではありません」
写真のたまちゃんが光った。
額へ小さな音符が浮かび、鳴き声に重なるように伴奏が流れ始める。
誰も魔法盤には触れていない。
先ほどまで歌っていた曲だった。
もう一度鳴くと、プリクラから花が一輪飛び出した。
エマが両手で受け取る。
「歌、覚えたんだ」
「術式を覚えたのです」
「似たようなもんじゃない?」
「かなり違います」
ミカ様は、けーたいの画面とプリクラを交互に見た。
「中にモンスターがいて、必要な時に魔法出すとか、昨日の遊びっぽくなってんじゃん」
白百合の間から、強い光が届く。
――相棒。
「神ちゃん、何覚えてきたん?アニメ?」
――中にいて、必要な時に力を使う。
「まあ、そんな感じだけど」
「主よ。今は理解を深めないでください」
神官長が神託石へ向き直る。
写真のたまちゃんは、また小さく鳴いた。
今度は花が一輪だけ現れた。
「出す量も分かってきてんじゃない?」
ミカ様がけーたいを近づけると、画面の中へたまちゃんが移る。
現実のたまちゃんも隣から覗き込み、画面越しに鼻先を重ねた。
「同じの二人いる」
「どちらも同じたまちゃんである可能性もあります」
「それ、余計分かんなくない?」
「私も分かりません」
「じゃ、記念撮ろ」
ミカ様の一言で、全員が並ばされた。
中央には、片手でけーたいを持ったミカ様。
画面の中には王冠をかぶり、歌の魔法を覚えたたまちゃん。
足元には本物のたまちゃんがいて、その両側へノアとエマ、少し後ろへリナが立った。
神官長だけが離れている。
「もっと寄って」
「私は監督です」
「毎回言ってるけど、もう普通に参加してるからね。認めなよー」
神官長は少し迷ったあと、リナの隣へ入った。
出来上がったプリクラを、ノアがすぐに覗き込む。
「ミカ様のけーたいも変身させようよ」
「けーたいを?」
「昨日の写真にあった、未来のやつ」
「あー。神ちゃんも気にしてたやつね」
ミカ様は断るどころか、すぐに筆を取った。
肖像の中で持っているけーたいへ、三本のアンテナを描く。
上には空中へ浮かぶ大きな画面。
側面へ札を通すための溝を足し、下からは杖らしい長い棒を伸ばした。
画面の中には、小さなたまちゃんもいる。
「変身もできるようにして」
ノアが言うと、光に包まれた人の形が描き足された。
エマは、遠くにいる者とも話せるようにしたいらしい。
ミカ様は何を描けばよいか分からず、端末の周囲へ光の輪を足した。
「これで通じるっしょ」
最後に、空いていた場所へ文字を書く。
未来のケータイ☆
神官長が、完成した肖像を見た。
「その文字を消してください」
「なんで?」
「未来が、何を指すのか決まっていません」
「今よりすごいやつでいいじゃん」
「その足りない部分を、たまちゃんが補うのですよ」
「あ」
ミカ様が消そうとした時には、もう遅かった。
三本のアンテナが、白百合の花を思わせる形へ変わっていく。
空中の画面には見たことのない文字や印が並び、札を通す溝の周囲には細かな術式が刻まれた。
杖だった線には握りと水晶が加わり、光の中に描かれた人の身体へ装甲が重なる。
「めっちゃ育ってんじゃん」
「描かれた機能を、使える形に直しています」
神官長が肖像へ手を伸ばす。
「今すぐ消してください」
「でも、もうちょいで完成しそう」
「だから止めているのです」
肖像の中で、未来のけーたいが光った。
画面にいたたまちゃんが歌の魔法を放ち、その光が描かれた端末全体を包む。
神官長の顔色が変わった。
「ミカ様。けーたいを手から離してください」
「なんで?」
「肖像の中でも、同じ位置に持っています」
ミカ様は、自分の手にあるけーたいと、プリクラの中の端末を見比べた。
「これ、今のやつが育った姿ってこと?」
「そう解釈される前に、離してください」
「待って。今の撮っとこ」
「なぜです!」
「だって、もう消すんでしょ?」
ミカ様は未来のけーたいが描かれたプリクラを撮影した。
画面に表示された写真の中では、たまちゃんがまだ歩いている。
「自分にも送れんのかな」
連絡先を開くと、一覧の中にミカ様自身の名前があった。
「いつ増えたの、それ」
神託石が光る。
――自分にも送れた方が便利だと思った。
「なんでも増やすね」
「送らないでください」
「保存するだけだって」
ミカ様の指が送信へ触れた。
いつもより長く、送信中の文字が残った。
やがて表示されたのは、失敗を知らせる言葉だった。
「あー、やっぱ無理か」
神官長が息を吐く。
その下へ、新しい文字が浮かんだ。
不足した機能を補います。
成長を開始します。
けーたいが勝手に閉じた。
ミカ様の手の中で鈍い音が鳴り、銀色の外装へ細いひびが走る。
卵が割れる前と、よく似ていた。
「壊れた!?」
両手で支える間にも、ひびは蝶番から端まで広がっていく。
足元から見上げていたたまちゃんが光へ前脚を伸ばし、触れた瞬間、外装が割れた。
中から現れたのは、同じように折り畳まれた銀色の端末だった。
表面には白百合の線が走り、蝶番の周囲へ細かな紋様が刻まれている。
上部から伸びた三本の突起は、光ると同時に花びらのように開いた。
「アンテナ三本、ほんとに生えたんだけど」
端末が開く。
内側の画面から透明な光の板が立ち上がり、ミカ様の周囲へ何枚も広がった。
弟君との写真。
リナたちの連絡先。
カラオケの曲。
たまちゃんの様子。
先ほど撮ったプリクラ。
ミカ様が指を近づけると、画面は触れる前に横へ滑った。
「何これ。めっちゃ未来じゃん」
「触らないでください」
止められた時には、ミカ様はもう写真を指でつまみ、別の画面へ移していた。
光の板が彼女の手に合わせて動き、その軌跡へ細い術式が浮かんでいく。
本体を横へ向けると、蝶番が回転して撮影具の形になった。
元へ戻そうと握り直せば、今度は下部が伸びて短い杖になる。
「変形すんじゃん!」
「分からないまま動かさないでください!」
側面の溝へノアが紙を近づけ、神官長に手首を掴まれた。
その横で中央の画面が光る。
小さなたまちゃんが内側から前脚を掛け、そのまま光の姿で飛び出した。
端末の上へ座り、現実のたまちゃんを見下ろす。
二体はしばらく見つめ合ったあと、同時に首を傾げた。
「かわい」
ミカ様が呟く。
光のたまちゃんが空中の画面へ前脚を当てると、表示が切り替わった。
未来モード。
接続完了。
白百合の間から、強い光が届く。
――できた。
「神ちゃん、これ何?」
――未来のけーたい。
「どこの未来?」
――ミカの平成。
「うちの平成、こんなんじゃないし!アニメの見過ぎ!」
神官長が新しい端末と神託石を交互に見る。
「主よ。昨夜、何を学ばれたのですか」
――変身する道具と相棒、それから進化、転送、札、数字、未来について学んだ。
「全部混ぜましたね」
――色々できた方が面白いのだろう?
ミカ様が黙った。
昨日、自分が言っていた。
「神ちゃん、そこ覚えてたん?」
――そうだが。
神官長が端末を受け取ると、空中の画面はすべて消えた。
本体には、使用者が違います、とだけ表示されている。
「私には使えないようです」
ミカ様が取り返した途端、三本のアンテナが光り、消えた画面が一斉に戻った。
――ミカのけーたいだから。
「そういうとこだけ、ちゃんとしてんだね」
神官長はその場で、思いつく限りの禁止事項を書き始めた。
札や数字を使わず、人が光に包まれている印にも触れない。
杖へ変形させることも、知らない画面を開くことも禁止された。
「ほぼ何もできなくない?」
「何が起きるか分かるまでは、それで結構です」
ミカ様は新しいけーたいを折り畳んだ。
外側の小さな画面では、光のたまちゃんが歩き回っている。
指先で軽く叩くと、内側から同じ場所を叩き返された。
「待ち受け、たまちゃんじゃん」
ミカ様は笑い、昔の写真が消えていないか確かめ始めた。
弟君や友人たちとの写真は、すべて残っていた。
その後ろには、こちらへ来てから撮った写真が増えている。
リナたちや神官長。
たまちゃん。
そして、神様の名前が入った連絡先。
神託石が静かに光った。
――気に入ったか?
「んー」
ミカ様がけーたいを開くと、三本の光が立ち、空中に現れたたまちゃんが一度だけ回った。
「前より、だいぶゴツいけど」
弟君の写真を呼び出す。
玩具を腰へ構え、得意そうに笑っていた。
「あいつが見たら、絶対欲しがるわ」
――ミカの勝ちか?
「何の勝負?」
主から返事はなかった。
誕生会は、予定よりかなり長く続いた。
たまちゃん本人は、王冠をかぶったまま玉座の上で眠っていた。
### 記録二十二 未来のけーたいについて
ミカ様のけーたいが、新しい姿になった。
神官長は進化という表現を認めていない。
主は進化けーたいと呼んでおられる。
ミカ様は未来ケータイでよいと主張している。
本日の誕生会では、プリクラとカラオケ、写メ、それからたまちゃんの力が一つの肖像へ重なった。
どれも、単独で何が起きるかは分かっていた。
一緒に使った場合については、誰も確認していなかった。
今は確認できた。
やるべきではなかったと思う。
新しいけーたいには、札を通す溝や数字を入力する画面、杖へ変形する機能などが備わっている。
何に使うものかは分からない。
人が光に包まれている印もある。
神官長は、絶対に触れないよう命じた。
ミカ様は、
「押さないって」
と答えた。
しかし、その後。
「これって、押したらうちも変身すんだよね?たぶん」
と、ミカ様が言っていたことは記録しておく。
これにて、4章完です。
神様のごちゃまぜケータイ。
ファイズギアやら、PETやら、デジヴァイスやら、適当に神様が拾ってきた色んな機能が盛り込まれたチートアイテムですが、この物語では碌に使われることはないでしょう。
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
評価等いただけますと励みになります。
5章は現在構想中です。




