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我々は聖女を召喚したはずなのに。「主よ、ズっ友とはなんですか!?」  作者: tomato.nit


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第1話 聖女召喚に失敗した。たぶん。


 聖女召喚の儀は、失敗した。


 少なくとも、その場にいた神官の大半はそう判断したし、私もそう思った。


 いや、思ったどころか、そうであってくれと祈った。


 白百合神殿は三年をかけて、この日の準備を進めてきた。


 聖女不在の時代は長く、癒やしの奇跡は細り、神託石も眠る日が増えていた。だからこそ、今日の召喚は神殿の悲願だった。


 大司教は三日三晩、食を断ち、神官長は祈祷文を一音も違えぬよう繰り返した。私は記録係として、聖女様降臨の瞬間を書き残すため、羽根ペンを握っていた。


 神殿の奥、白百合の間。


 白い石床に描かれた銀の召喚陣。祭壇の白百合と清水。細く立ちのぼる香炉の煙。


 祈りに不要なものは、何ひとつない。


 色も、音も、匂いも。


 余分を遠ざけ、神に近づく。それが我らの信仰だった。


「慈悲深き主よ」


 大司教の声が白い石壁に響いた。


「我らに、清らかなる乙女を。病める者を癒やし、嘆く者を慰め、迷える民に御心を示す者を」


 召喚陣が淡く光り、白百合の香が深くなる。


「主よ。我らに、聖女を」


 光が弾けた。


 白い柱が天窓まで立ち上がり、床が低く震える。私は思わずペンを握り直した。


 光の中心に、人影があった。


 細い影。女だ。


 神官たちの間に安堵が広がりかける。


 だが、光が薄れた瞬間、その気配は凍りついた。


 金色の髪。焼けた肌。奇妙に短い衣。爪も耳も首も手首も、色と光に満ちている。腰から下がる紐には透明な玉や小さな人形がいくつもぶら下がっていた。


 白百合神殿に、あってはならない色の塊だった。


 その女は辺りを見回し、開口一番こう言った。


「ちょ、ここどこ?」


 沈黙が落ちた。


「てか、あんたたち誰?」


 大司教が固まり、神官長が固まり、私も固まった。


 女は両腕を抱いて顔をしかめる。


「寒っ。なにここ。ドッキリ?」


 どっきり。


 異界の神聖語だろうか。


 大司教が青ざめた顔のまま一歩前へ出た。


「せ、聖女様であらせられますか?」


「何それ?」


 神官たちが揺れた。


「聖女? 知らんし」


 私は羽根ペンを折りかけた。


 女は自分を指さして言った。


「うち、どう見てもギャルじゃん」


 大司教が「ぎゃる?」と復唱し、神官長も復唱し、私も心の中で復唱した。


 ギャル。


 称号なのか。種族なのか。異界の聖職か。


 少なくとも、聖典にはない。


「ギャル……様?」


「様いらないし。ミカでいいって」


「ミカ様」


「だから様いらないって」


 聖女とは清らかで、慎ましく、慈悲深く、神に近い乙女である。


 少なくとも聖典にはそうある。


 ところが目の前の女は、清らかというより派手で、慎ましいというより距離が近く、神に近いというより神殿の空気を踏み荒らしていた。


「あ、ケイタイ」


 ミカ様が取り出したのは二つ折りの小さな箱だった。表面には石めいた飾りがびっしり貼られ、紐には小さな飾りがいくつもついている。


 箱を開くと内側が淡く光った。


「えー、繋がんないじゃん。まじで?」


 彼女はそれを頭上に掲げ、左右に振る。


「圏外とか終わってんだけど」


 その時、箱の先から細い銀の糸が伸びた。


 神官長が一歩退き、大司教が杖を構える。私も記録机の下へ手を伸ばした。


 暗器の類だろうか。


「アンテナ伸ばしても無理じゃん」


 銀の糸は箱の中へ戻された。


 危険度、不明。


 大司教がどうにか問いを重ねる。


「あなたは、どちらより来られたのですか?」


「どちらって?」


「世界、国、あるいは神の御許から」


「いや、うち、さっきまでカラオケいたんだけど」


 知らない言葉が多すぎた。


 カラオケ。ケイタイ。圏外。電池。まじ無理。


 神官長が召喚への応答を説明すると、ミカ様は「応じてないけど」と即答した。


 召喚陣は成立している。本人に覚えはない。


 それは、神聖召喚ではなく誘拐ではないのか。


 いや、神聖召喚である。そうでなければ困る。


 さらに清めの儀の話を出した神官は、「うち、汚いってこと?」の一言で黙らされた。


 儀礼は必要だから必要なのだと教わってきたが、今いるかと問われると、誰も即答できなかった。


「てか寒いんだけど。上着どこ?」


 その時、下働きの娘が思わず布を持って駆け寄った。


「あ、ありがと。名前は?」


「え、あ、リナです」


「リナね。助かった」


 それだけで、娘の頬が赤くなった。


 聖女候補が下働きの名をその場で聞き、礼を言う。神殿ではほとんど見ない光景だった。


 神殿らしくない。


 だが、悪いものにも見えなかった。


 大司教は最後の拠り所として祭壇の神託石へ向き直った。


「主よ。この者は、我らが待ち望んだ聖女なのでしょうか」


 白百合の間が静まり返る。


 聖女不在の年月とともに光を失っていた神託石が、淡く輝いた。


 表面に浮かんだのは、古い神聖語の短い一文。


 ――よい。


 私は記録する手を止めた。


 主は、よいと仰せになった。


 つまり、この金髪で、焼けた肌で、礼法を次々踏み越え、神像を見上げて「めっちゃ見てくるじゃん」と評した女は、主によって否定されなかったのである。


 ミカ様は神託石を見て笑った。


「ほら。なんかいいって」


 誰も答えない。


「神ちゃん、話分かる系?」


 大司教がふらつき、神官長が杖を落とし、私は今度こそ羽根ペンを折った。


 だが、天罰は落ちなかった。


 むしろ神託石は、少しだけ明るく光った。


 ミカ様は神像に向かって小さく手を振る。


「よろ」


 その時、神殿の鐘がかすかに鳴った。


 誰も紐を引いていない。風もない。ただ、返事のように。


 私は折れた羽根ペンを見下ろした。


 記録係として、この日を後世へ残さねばならない。


 聖女召喚の儀、完了。


 召喚対象、ミカ様。


 本人申告、ギャル。


 所持品、ケイタイ。小型魔道具、または暗器の可能性あり。


 主の反応、よい。


 神ちゃん呼び、現時点で天罰なし。


 我々はまだ知らなかった。


 ギャルとは何か。主がなぜこれを拒まれなかったのか。


 ただ、この日、白百合神殿にギャルが来て、主はそれを「よい」と言ってしまわれた。それだけは確かだった。


記録一 ギャルとは何か


 ギャルとは何か。


 現時点では不明である。


 外見的特徴として、金色の髪、焼けた肌、短い衣、彩色された爪、過剰な装飾品が確認される。また神殿礼法への耐性が著しく低く、敬称を拒み、静粛を嫌い、神への距離が近い。近すぎる。


 一方で、周囲の人間へ話しかける速度と懐柔力は高い。召喚直後に下働きの娘リナの名を覚え、礼を述べた。


 本人は己を聖女ではなくギャルと称する。これを信じるならば、ギャルとは聖女とは別種の存在である。


 しかし主は否定されなかった。


 推測される分類。


 一、異界の巫女。


 二、異界の社交術師。


 三、神が選んだ何か。


 三でないことを祈る。


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