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江戸っ子魂(夏祭り編 第四話)

「秋元凛花…!?」


「え、なんで私の名前知ってんの」


まずい、驚いて口に出してしまっていた。


「い、いや、高校生活支援部の部長たるもの、全校生徒の顔と名前くらい記憶していて当然なんだよ。とりあえず座ってくれ」


「は、はぁ…」


秋元をベンチに座らせて、俺たち三人はその対面に座る。軽く自己紹介を済ませたあと、鹿苑が本題に切り込んだ。


「それで秋元さんは依頼でいらっしゃったんですよね?」


「うん、そう。悩み事を解決してくれる部活があるって噂で聞いてね」


おそらく情報の主は吉村に間違いないな。この部活の知名度は噂をされるほど高くはない。二人の会話の中で俺たちの話をする機会があったんだろう。もちろん、自分が秋元とお近づきになりたいなんて依頼をしたとは話してないと思うが。


「それで依頼ってなんなの?」


柏木が問いかける。


「そのー、誰にも言わない?」


少し顔を赤らめながら秋元が目配せしてくる。


「心配するな、依頼の内容を変に言いふらしたりしない。依頼人のプライバシーは絶対だからな」


「そう、なら大丈夫かな。私ね…同じクラスの吉村大輝が好きみたいなの!」


トゥンク。


なんだろう、このときめきは。当事者でもないのに乾いた心が潤っていく感覚がある。


そういえば最近、夏休みが近いからか、校内でもカップルを目にすることが増えた。全員長期休みに備えて新しいパートナーを探しているに違いない。それに加えて前回の吉村の依頼。これも相まって俺の中の恋したい欲が増幅していたんだ。


でも現実は甘くない。俺の周りの女と言えば横にいる2件の訳アリ物件しか存在しないから、俺は恋とは離れた環境にいる。そうすると必然的に他人の恋愛沙汰から恋愛成分を供給するしかなくなるのだろう。非モテの人間ほど他人の恋愛話に食いつく理由が分かった気がする。いや、分かりたくなかったんだが。


前回、俺はこうはならなかったが女子二人は吉村の告白にキャッキャしてたよな?今回は俺でさえドキドキしてるんだからアイツらのはしゃぎ様はすごそうだな。


俺はそんなことを考えながら横の二人に目をやると死んだ顔の女子二人がそこにはいた。


「おい、なんでそんな真顔なんだよ!」


「え、いや、秋元さんも吉村くんが好きということは両思いってことじゃん。それってもうカップル成立ってことだよね。私、片思いしてる子の恋バナは大好物だけど、両思いの出来レカップルの浮ついた話を親身に聞くほどお人好しじゃないのよ。ははっ、はははははははっ」


ハイライトが消えた真っ黒い死んだ目で語る柏木に続いて、鹿苑も何やら同じ目で語り出した。


「その通りですよ。はっきり言って両思いなら、大抵の場合、相手の気持ちに気付きますよね?そういう男女の悩み事ってどうせ告白に踏み切れなくてとかそういうものなんですよ。いや、告白すればよくない?だって相手の気持ち分かってるんだから。結局のところ、両思いのあの楽しい時間をもっと楽しむために周りを巻き込んでるだけなんですよ。ははっ、はははははははっ」


虚空を見つめながら鹿苑は自分の考えを早口で吐き出した。


駄目だ、コイツら。これからほぼ確定で結ばれる男女にただ嫉妬してるだけじゃねぇか。ここは俺がリードして依頼をだな。


「両思い…?」


柏木と鹿苑の発言が秋元の耳に届いていたらしい。


「あ」



「というわけで…」


「なるほど…。吉村が私と仲良くなれるように手助けをして、その時に3人は吉村の私に対する気持ちを聞いていたと…」


俺は仕方がなく、吉村が俺たちに依頼してきたことと、その内容を話した。誤魔化すことが出来ないと判断したからだ。


「いや、あんたら、さっきは依頼人のプライバシーは絶対に守るとか言ってたよね?発言から1分も経たずに矛盾してるけど、この部活本当に大丈夫なの?」


「は、はい。おっしゃる通りでございます…」


俺は秋元に頭を下げる。どうしよう、恥ずかしさと情けなさで頭があげられないです。


「あんたらじゃないわよ。発言したのは新田だけだから私たちは関係ないわ」


「余計なことを言うんじゃありません」


鹿苑は柏木の頭を掴んで、軽そうなその頭を力づくで下げさせた。


最近、高援部の力関係(筋力)の優劣がハッキリしてからというもの、本当に鹿苑が怖い。


「痛い!ちょっとあーちゃん!テーブルに頭めり込んでるから!ギシギシ言ってるから!」


柏木はテーブルに頭を擦り付けながら手をわちゃわちゃさせている。怖い、あーちゃん怖いよぉ!


「本当にすみません。本来私たちの口からは言ってはいけないことを言ってしまいました。芽依さんも謝ってください」


「ご、ごめんなさい。ひっく」


よほど鹿苑の力が強かったのか柏木は泣きながら謝罪をした。


「いや、私は別にいいのよ。実際に彼の気持ちには勘付いてたし」


色々落ち着いたら、後でこの事は吉村に謝らなきゃな…。


「やっぱり気づいてたんですね」


「さすがに気づくわよ。最初からあんなにガンガンアタックされちゃ」


思い返してみたら、確かにそうか。あんな盛大にお昼誘うやつ初めて見たし。


「ていうか、あれがあんたたちの仕業だったとはねー」


「いや、違うわよ。私たちは吉村にガリペンを武器に近づきなさいってアドバイスしただけだから、あれは全部吉村くんのアドリブ。それ以外は私たち本当に何もしてないのよ」


「なんだ、吉村のやつ不器用かよ。私も人のこと言えないんだけどさ」


「そういえば、秋元が吉村のことが好きなのは分かったけど、具体的に俺たちは何をすればいいんだ?」


ゴタゴタしたせいで肝心の依頼内容を聞けていなかったな。さて、どんな依頼が飛んでくるのやら。鹿苑の言う通り、告白したいみたいな相談なのか?


「いやー、そのー、吉村のことを異性として意識し出してから全く会話ができなくなっちゃって…。今日のお昼に夏祭りに誘われてオーケーしたんだけど、このままじゃ私、まともにお祭り楽しめないからさ。ちゃんと話せるようにサポートしてほしんだ」


「なるほどな。ちなみにそうなったのはいつからなんだ?」


「3日前とかかな。家帰って一人になったらさ、吉村と会いたいって思っちゃったんだよね。そしたら色々止まらなくなって…」


ドキッ…!


「そ、そうか…。大体事情は分かった」


「なんで新田も顔赤くなってんのよ」


「こんな話聞いてたらドキドキするだろ!そういうお前らはなんで無反応なんだよ」


「さっき、言いましたよね…?」


醜い女どもめ。そんなんだから男が寄ってこないんだろうが。まぁ、嫉妬してるからって力を抜いたりするような奴らじゃないのは知っているから、黙っておこう。


「よし、じゃあ俺たちが今回やることは、以前のように二人が話せるようにサポートすること。分かったな、お前ら」


俺は改めて、依頼内容を整理して二人に伝える。


「えぇ」

「はい」


「そうとなったら作戦会議だ。誰か何か思いついたら教えてくれ。秋元も何か気になることがあったら遠慮なく言ってくれて大丈夫だ」


「う、うん」


返事をした秋元がこちらをまじまじと見つめてくる。


「ん、どうした?」


俺は秋元に問いかける。


「いや、意外と頼りになりそうだなって」


「ふふん、頼りなさい、頼りなさい。私たちは数々の依頼をこなしてきた実力派だからね」


柏木が自信満々に宣う。


どの口が言ってるんだろう…。


俺はツッコみたくなる気持ちを抑えて、話し合いを進行することにした。


「会話が出来なくなったって言ってたけど、それってどんな感じなんだ?」


「どんな感じか…。なんか吉村といると色々考えちゃってさ。何の話しようとか、何て返せばいいんだろうとか。そしたら頭真っ白になっちゃって変なこと口走っちゃうのよ」


この勝ち気な秋元からは想像できたい姿だな。今みたいな照れながら話す秋元のギャップも既にすごいんだけど。


「なるほどな。二人はこれに対して何かあるか?」


「うーん、色々考えすぎて頭がパンクしちゃうなら、何も考えなければいいんじゃない?」


「それができるのはお前みたいに頭すっからかんなアホだけだ」


俺の発言を聞いた柏木は無言でメモ帳を取り出し正の字の一角を書いた。


「ねぇ、何それ」


「新田が私のこと怒らせた回数」


「なんでそんなのメモってるの」


「別に意味なんてないわ。ただただこうやって回数をつけてるの」


「いや、意味あるよね。回数に応じた罰が後で俺に襲いかかってくるんじゃないのか?」


「ううん、何もしないわよ。ただメモるだけなの」


「そ、そうか」


こちらと一向に目を合わせず笑顔で問答する柏木に不気味さを覚えつつ、俺はメモ帳を見なかったことにした。


「やっぱりこういうのは慣れるしかないんじゃないでしょうか。吉村さんとの会話を続ければ、いつしか好きという気持ちがありながらも、冷静に話せる時がくると思います」


「俺も同意見だけど、時間がなー。夏祭りまでもうすぐだろ?その間に症状が治まるとは思えないんだ」


「それなんだけど、今の二人の会話の様子を見てからの方が良くない?もし軽度なようなら一つのアドバイスだけで治るかもだし」


珍しく良いことを言う柏木に俺は感心する。確かに柏木の言う通りで、本人は会話が出来ないと主張しているけど、実際側から見る分には少し言葉が詰まるくらいで、意外と普通だったりするんじゃないんだろうか。


「確かにその方がいいかもですね」


「そういうことなんだけど、秋元は大丈夫そうか?」


「そ、そうだね。や、やってみる!」


「分かった。吉村は今部活中だろうから、体育館に行けばいるだろうな。休憩中に上手い具合に話しかけてみてくれ」


唾を飲み込み、こくりと秋元が頷いた。



「熱気がすごいな」


放課後の体育館に来るのは初めてで、様々な部活の練習風景を見て辟易してしまう。私立高校ということもあり、全体的に部活のレベルが高いためか、その熱量も一味違うようだ。シューズと床が擦れる音、ボールがバウンドする音、運動部員の掛け声などが飛び交い、体育館内が静かになることはない。


「うちはどの部活も強いからね。特に運動部は」


そう語る秋元の目線はこちらにはなく、男子バスケットボール部の方に向けられていた。


「バスケしてる吉村を見るのは初めてか?」


「うん、普段はヘタレてるのに今は全くそんな感じしない。まだ私の知らない吉村の一面が沢山あるんだろうね」


秋元の目線は未だ変わらずに、吉村を見るその瞳はキラキラと輝いて見えた。


「なんか妬けちゃうわね、こういうの」


「そうだな」


お前は最初から嫉妬全開だったけどな。


「私もああなったら新田に依頼してもいい?」


柏木がふざけた様子で問いかけてきた。


柏木が誰かに惚れて、それが成就するように俺が手伝うってことか。


…なんか嫌だな。


「駄目だ」


「えっ」


少し驚いた様子の柏木の方を見ると、彼女の顔が赤くなっていることに気づいた。


「勘違いすんなよ。お前に彼氏なんてできたら、部活サボりまくるに決まってるからな。どうしても欲しいなら自分でどうにかしろ」


自分の言葉があらぬ誤解を生んでしまわないように俺は急いで訂正する。


「ふふっ、ツンデレさんですね」


「うるせぇ!」


ちらりと再び柏木の方へ視線を送ると、若干まだ顔が火照っているのが見てとれた。


「新田のバカ…」


「ん?なんか言ったか?」


「なんでもない…」


そんなやり取りをしているとバスケ部が休憩に入るのが分かった。


「秋元、話しかけるなら今じゃないか?」


「う、うん」


秋元は上履きを脱いで体育館へ行き、吉村に話があるからとこちらの体育館裏に誘導した。もちろん、俺たちは姿を見られるわけにもいかないので、少し離れたところにある小さい倉庫の裏に隠れて、二人の様子を伺う。


以前使ったカメラ付きペン型盗聴器はあの後、俺たちの間で色々あったため、部内持ち込み禁止になっている。この間は酷い目にあった…。


「吉村さん、来ました…!」


休憩中の吉村がこちらに姿を現す。俺たちと少し距離は離れているが、声は問題なく聞き取れそうだ。


「どうしたの、放課後に。しかも秋元さんの方から声かけるなんて珍しいね。なんか用?」


吉村の依頼ぶりに二人が話しているのを見るが、吉村にあの時の面影はない。吃ることも、焦ることもなく、至って自然体だ。


対する秋元は…。


「ばばばばばばばば、ばっきゃろーい!別に用なんてないわい!てやんでい!」


「「「は?」」」


見たことがないというか、あんた誰ってレベルの秋元の豹変ぶりに俺たちは思わず声を出してしまう。


「ねぇ、誰あの子」

「下町育ちの江戸っ子じゃないか?」


「秋元さんです」


話せないというからどんなレベルかと思って見に来たらどうなってんのこれ。二週間前の吉村をリードしていた秋元のカッコいい男勝りな姿はどこに言ってしまったんだろか。


「口調のせいでちっとも可愛く見えないわね」


「はい、ツンデレの可愛さが江戸っ子属性によって打ち消されてます」


「そんな属性聞いたことねーよ」


俺たちの驚きにお構いなしに二人の会話は続いていく。


「ははっ、秋元さんったらまた僕をからかって。もしかして夏祭りの件で何かあったのかな」


「て、てやんでい!」


あの返事なんとかならないのか。


「やっぱり。まだ何も詳細は決めてなかったもんね。駅で集合してから行く?それとも現地集合?僕的には一緒に会場に向かいたいけど、どう?」


吉村の問いかけに秋元はこくりと頷いて一言。


「でい」


いや省略すんなや。何を「はい」みたいに言ってんだ秋元は。


「そっか。分かった!」


「なんで通じてんだよ!」


俺は倉庫の壁に頭を打ちつけた。


「どうしたの、新田?」


「いや、なんだよ、でいって」


「何って、ただの返事じゃない。何もおかしくないわよね、あーちゃん?」


「でい」


「はいって言えや!」


俺は柏木の頭を軽くはたく。


「なんで私の頭ぶつのよ!」


「お前らがふざけてるからだ。もういい。もう少し二人の様子を見よう」


俺は気を取り直して再び二人の様子を伺う。


「それでさー、今日の部活はすごくハードでさぁ、全くまいっちゃうよ」


「でいでい」


「うんうんじゃねーよ!」


あぁ、もう駄目だ。ツッコんでられない。ていうか吉村はなんであれに何も言及しないんだ?


「なぁ、なんであいつは何の違和感も覚えずに会話してるんだよ」


俺は横の二人に問いかける。


「もしかして吉村さんには好きな人フィルターがかかってるんじゃないんですか?」


「なんだそれ」


「あんた、人を好きになったことないわけ?よくあるでしょ?気持ちが冷めた瞬間に相手がブサイクに見えるみたいな。なんで俺、あの子のこと可愛いと思ってたんだろうとか」


「つまり、吉村もフィルターのせいで秋元の奇怪な言動が可愛く見えていると?」


俺の言葉に柏木は返事をする。


「でい」


「おい、俺は別にフィルターかかってないからな?次言ったら今後一切、江戸っ子口調でしか喋れない体にするぞ」


「はいはい」


どうやら柏木と鹿苑によれば、吉村には好きな人フィルターとやらがかかっているらしい。恋は盲目と言うやつか。


ん、待てよ。それならこの依頼って…。



「嫌だ!私は嫌だ!」


屋上に戻ってきた俺たちはどうにかして秋元を説得しようとしていた。


「だって吉村は気にしてないんだからいいじゃないか」


「嫌よ!私が気にするの」


俺が秋元に提案したのは、どうせ吉村が秋元のコミュニケーションの不調を気にしてないのなら、いっそのこと、そのままでいいんじゃないかという提案。


「鹿苑はどう思う?俺の案に賛成か?」


「でい」


「そうか。柏木は?」


「でいいえ」


「ふむ。多数決だと同点か…」


「ふむ。じゃないわよ!あんたら私のこと馬鹿にしてんの!?」


女子部員二人の態度にイラついたのか声を荒げる秋元。もう当初のクール系ギャルの面影はちっともないな。


「でいでーい…。まぁ落ち着けよ」


「馬か私は。ていうか、どうどう。みたいに言うな!どんだけイジるのよ、それ!」


「いや俺も一回は言ってみたくて。もう言わないから許してくれ」


…真面目な話、依頼人が納得する形が一番だ。多数決で同票なら依頼人の意思を優先すべきだろう。


「よし、じゃあここは秋元の気持ちを尊重しよう。どうにかして夏祭りまでにあの絶望的な喋りを元に戻す」


「絶望的とか言うな!」


こうして俺たちは来たる夏祭りに向けて秋元の依頼を引き受けた。

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