第71話
翌日の四時間目、昼休みが終わり睡魔と戦いながらうとうとする生徒が数名いる中、私はノートと戦っていた。この先生、あまり黒板に書かないから口頭で説明されたものを書きこまないと重要な部分を聞き逃してしまう。
窓は全開で、涼しい風が教室に入ってくる。
その風と共に校庭で体育をしているクラスの声が耳に入る。
外をぼんやりと眺めたい気持ちを抑えて、授業に集中する。
「あっ、美琴じゃん!!おーい!」
クラスでもよくはしゃいでいる、私の席から二つ隣の男子が校庭にいる誰かに大声を出して呼びかけた。
その声に睡魔に負けた人たちは目を擦りながら彼が声をかけた相手を確かめるように校庭を見る。
私もつられて外を見ると、校庭には大きく両手を振っている女子生徒がいた。
おや、あれは確か今朝の「想うことを許して云々」の子だ。
「こらっ、授業中に何をしている!」
「すいませーん」
「まったく、次やったら宿題出すからな」
「え、やだー!」
いきなり大声を出した男子を叱り、授業が再開された。
なんだったんだ、と思いながらも私は先生の話を聞こうともう一度集中するが、隣がこそこそと話しているため集中できない。
「誰に声かけたんだよ、お前。今外でやってる体育って一年だろ?」
「あぁ、美琴だよ」
「いや、誰だよ」
「住之江美琴。中学一緒なんだけど、なんかすっげえポジティブというか、一年の中でも異色だぜ」
「へえ」
名前は住之江美琴さんらしい。
すみのえ、ってなんか珍しい名前だ。
私なんか藤田で普通なのに。
「あとあいつの家。金持ち。高校は華ノ女子に行く予定だったって聞いた」
「華ノ女子って金持ちしか通えねえとこじゃん!やべえ」
おお、どうやら住之江さんは来世ではなく今世で金持ちか。
確かにあの雰囲気はお嬢様と言えるものかもしれない。リアルなお嬢様なんてあまり見たことないからよく分からないが。
下の名前だって美琴、とお嬢様な感じだし。
彼女がそこらへんの平凡な女子高生だったら名前を聞いても普通に「へえ」で終わるのだろうが、彼女がお嬢様であると聞いた瞬間「なんて綺麗な名前!」に変わる。
私なんて優なのに。優しいだけの意味で付けられた優なのに。これで私が金持ちだったら「名は体を表している」等と褒められたのだろうか。
「でもよぉ、あの子確か蒼井のこと…」
「あぁ、そういう噂だぜ」
聞こえている。
私の方をチラチラ見ているのが分かる。
何、言いたいことがあるなら言って。あ、やっぱりだめ、今は授業中だ。
「なんだかなぁ、蒼井の奴一人勝ちじゃん。たまには俺らにもおこぼれ欲しいよなぁ」
「無理無理、お前じゃ顔で既に無理」
「なんだよ。俺も蒼井と友達になりてえ」
「話しかければ会話くらいしてくれるぞ」
「そうじゃなくて、親友とかさ」
「いや無理だって。あの蒼井と親友になったら多分辛いぞ」
「あー、確かに。横にあんなイケメンがいるんだもんな。俺なんて引き立て役にしかならねえか」
「引き立て役とか贅沢だぞ。女子からすればただの邪魔者じゃね?」
「いやいや、邪魔者なのは親友よりもむしろ…」
またもやチラチラ視線を感じる。
私だってそっちの話が少し気になっているため、視界の端で彼等をとらえている。
親友という立場の男よりも幼馴染である私の方が、女子からすれば邪魔者か。それは知っている。そう思ったから住之江さんも私にあんなことを言ったのだろう。
本人はどう思ってあんな事を言ったのか、それは本人しか分からないことだが。
私には「取り合えずこいつを牽制しておけば空気とか色々察して動いてくれるだろう」と踏んだとしか思えない。
「つか、さすがに蒼井も金持ち美少女には負けるだろ」
「あの蒼井がか?」
「おうよ、賭けるか?」
にやにやと笑う男子二名を目敏く発見した先生が「私語は禁止です」と言い放った。
そう言われ大人しくなった二人。
金持ちなのは分かるが、住之江さんは美少女なのか。
平凡な顔にしか見えなかった。男子から見るとあれは可愛い部類に入るのか。そうか。
しかし金持ちだからという理由は空に通じない。なぜなら、空が金を持っているからだ。
金に困っていない上にあの容姿だ。より取り見取り。
わざわざ、そこまで良くない容姿を持って金という付属品がある女を選ぶ空ではない。
住之江さんがどういう人間かは知らないが、私に片想い宣言をする前にもう少し自分を磨いた方がいい。これは言いすぎか。




