第70話
少女漫画の主人公って、ほとんどが「一途に想っていたら報われる」だとか「一生片想いでいい、好きな人が幸せなら」とか、そんな思考の女の子が多い。努力は必ず実るのだ、正義なのだ、と真っ直ぐに信じている。
それが嫌いなわけじゃない、少女漫画は面白いものもある。
でも一途に想っていたって、振り向いてもらえなければ意味はないし、一生片想いなんて虚しすぎて嫌だ。
と、私は思うのだけど。
「先輩が空先輩と付き合っててもいいんです!片想いを許してくれませんか!?」
昼休み、廊下を歩いていたら一年生に声をかけられた。
知らない一年生が一体私に何の用だ、と思いながら話を聞いていると、どうやら空関係らしい。
この学校の女子生徒は色恋にしか興味がないのか。
どうしてこういう女が多いんだ。私に友達が大してできないのって、もしかして原因これかな。
女はこういうものだ、こういう女は苦手だ。と無意識にどこかで思っているから女性不信みたいになっているのかもしれない。そうだそうだ。友達が少ないのは私のせいじゃなくて絶対変な女たちのせいだ。そうに違いない。そうであってほしい。
目の前を通せんぼするように立ちはだかる後輩。仕方がないので話を聞くと、想うだけの自分を許してほしいと言う。
何故私に言いに来たのか理解できない。
「あぁ、うん、そう」
としか言えない。
キラキラと輝いた瞳で空先輩が好きなんです!と臆することなく宣言したこの子は汚れを知らないような、純粋そうな子だった。
「良かったぁ!」
安心したように胸に手を当て喜ぶ姿は少女漫画の健気な主人公だ。
ちょっと理解が追い付かない。
「ありがとうございます!それじゃあ!」
「え、うん」
たったかたったかと上履きの音を鳴らして走っていく後輩の背中を見つめながら、首を傾げる。
なんだったんだろう。
彼女は少女漫画から飛び出してきた主人公なのか。
ということがあったんだと、空に話した。
空は一瞬ポカーンとしたがすぐに口を開けて笑った。
「あっはっは、そうなの?そういう子いるの?」
「いた」
「面白すぎー!」
あっはっは、と笑う空を横目に格ゲーをしていると漫画を差し出された。
「なに?」
「丁度さっき読んでた主人公がそんな子だったよ」
見せてきたのは一昨日くらいに、空に買いに行かせた少女漫画。
「彼女がいてもいいんです、わたしはあなたが好きなんです!ただ、想うだけでいいんです」というなかなかの台詞を言う主人公。最終的に男は交際していた女と別れて主人公と付き合うようになるのだが、この台詞が今日の子とシンクロしてしまい思わず吹いてしまった。
少女漫画のように清く正しく生きていく精神の子は意外と存在するようだ。
「世の中にはそういう子もいるんだねぇ。俺、そういう奴好きじゃないけど」
「でもあの子は空のこと好きらしいよ」
「えー、やだ。なんか、そういう純粋一色の人って魅力ないもん」
「…空、黒すぎ」
「ちょっとくらい歪んでる方が綺麗だと思わない?」
「さあ」
でも、あの子みたいに生きたらきっと楽しいんだろうな。神様だってあの子みたいなのが好みでしょう。来世はきっとお金持ちのお嬢様に生まれ変われる気がする。
「ねぇ、その顔やめなよ」
「...えっ?」
ふと空が言った。
何のことか分からない。
どの顔のことだ。
「羨ましそうな顔してる」
羨ましそう、私がか。
「羨ましいの?その子が。想っているだけでいい、なんて健気なことを言う純粋そうなその女が」
「そ、そういうわけじゃ...」
そういうわけじゃない。
が、ちょっとだけいいなと思ったりもする。ほんのちょっとだけだ。
あんな風に生きられたなら、きっと私だって違う今があったのだろう。
「でも、きっとあんな風に生きたら私は駄目になってしまう」
「だろうねぇ。今の優が一番輝いてるよ」
「どうも」
褒めているのかそうでないのかよく分からない返しをされた。
あんな風に真っ直ぐ生きるのもアリなのだろう。
だが実際あれを目の当たりにして、引いたのも事実。
本当にあれになりたいかと問われれば答えは否だ。
多少はいいなと思うことはあってもなりたいとは思わない。
私が「空先輩が好きなんです!幼馴染さんは、私の片想いを許してくれますか?」なんて言う姿を想像してみるが、鳥肌がたった。気色悪い。
きゅるるんと光り輝く瞳を持ち、きゃぴきゃぴとする自分はなんとおぞましい。
「でも、可愛いよねぇ」
「は?」
「純粋な子ってポイント高くない?」
「は?」
「しかも年下ってさー、アリだと思う男多いと思うんだよねぇ」
「は?」
真顔で「は?」を連呼する。
「あっはは、嘘だよ!さっき俺嫌いって言ったじゃーん!」
「…」
こいつ。
「ねぇねぇ、なんで怒ったの?」
「うるさい」
「少女漫画系女子が嫌いだから?それとも俺…」
「うっさい」
含みをもたせた笑いで顔を覗き込む空が、今何を思っているか分かる。
嫉妬したの?
と、言いたいのだろう。恐らく。
その言葉を空から聞きたくなくて空が言う前に言葉を切り捨てた。




