第二話の二:一ヶ月の世界と微白
住めば都という言葉は効力が早過ぎる。試験中であろうとも日常ってのは形成されていくもんだ。
まあ多少目新しい世界なのでブラブラと外を出歩いて、試験の点数上げを色々画策して、帰ってきたら部屋に掃除機をかけて。
夕方になってしまった。
今日の買出し当番は柚田である。不安である。自家用飛行船とか呼び出してスーパーに行った時点で物凄い不安である。
対する俺は、新聞を片手にリビングに降り立った。部屋の掃除も終わったことだし、少し休憩の時間というわけである。
窓の外を見れば、もう雪が降っていた。もうそんな時間か。確か昼間の十三時五分に薄ぼんやりと積もって、十八時にピタッと降り止む。
リビングにてガラステーブルと置き換えたコタツに、ぬくりと足を挿し込んで身震いした。窓の外が見えるポジションである。
テレビは毎日毎日同じ番組をやっているから、面白くない。
試験終了まで残りのタイムリミットは残り二十五日……というか、十二月三十一日が約二十五回。
みんなどうやって点数を上げているんだろうか。
俺は、生き返って何がしたいんだっけ。と言う風に自分に問いかけてみた。けど何もしたくないんだ。
こうやって過ごす生還試験の日常と似たようなものが欲しいから、俺は生き返りたいのである。
柚田は、やれ訓練しろ、やれ精神を鍛えろ、やれ啓発書を読め、やれ僕を見習えなどとビシバシうるさい。
まあ、柚田の卒業試験であるこの試験が失敗すれば、彼は年単位の教程を繰り返さねばならないらしいから、それも当然の話だ。
「……」
コタツの中に何やら違和感を感じる。
掛布をめくってみたら中に暇島小鳥が入っていた。
どうしろと。
コタツの灯火に照らされてオレンジ色に染まった彼女の頬は、多分コタツに照らされなくても同じような色をしているんだろう、そう思えるような顔をしていた。
目が合った。彼女はあわわと泣きそうになっていた。
俺は布を下ろした。
「にゃ、にゃあ!」
今更猫のフリをされても困る。
それで俺が「ああ、何だ猫か」って納得するとでも思っているのか。なったら素敵だなオイ。
コイツが四十七回も試験を受けて尚落ち続けている理由が、何となくわからないでもなくなった。
「なあ」
「……なっ……なにかな……!?」
彼女はコタツの中から、物凄い恥ずかしがったような焦ったような様子ではあったけど、答えてくれた。布団に濾されたようなくぐもった声である。
「何でお前は、何度も試験に落ちてるんだよ」
「…………その、自分が死んでる理由が分からないから、じゃない、かな」
「いつもは何をして点数を上げようとしてるんだ?」
そこら辺の知識は、俺としても参考にしたい。何をすればいいか分からない以上、経験者である彼女の話は貴重である。
鳴雪さんのひたむきさは強敵だ。小鳥もその経験を踏まえれば強敵だ。何としてでも彼女らに手段を手段を得なければならない。
「………毎回どの監督の人にも言われるのは、やっぱり度胸を付けろとか、反射神経をつけろとか、強い心を持てとか、かなあ」
「具体的には何をするんだ?」
「自殺してみたりとか」
え?
「例え死んだ理由が何だとしても、自分で自分を刺せるだけの胆力があればどうとでもなるかもしれない、じゃん。試験に合格できるようになるかもしれないよね」
「……じゃあお前は、自分で自分を、刺せるのか?」
「余裕だよ」
ていうかそろそろコタツの中で息苦しくならないのか。
「……やだな。飛城に、変な人だと、思われたくないんだ」
元から思ってるから大丈夫だよ。
「嫌いに、なっちゃ……やだよ」
少し俺って人は、冗談にしても冷たいところがあるのかもしれない。心のどこかで、彼女ら新たな家族を、認めたがっていないのかもしれない。
どうせ一ヶ月だけの付き合いなんだから。どうせ俺達は、互いに蹴落しあうライバル同士なのだから。
コタツの布から、彼女が目元まで顔を覗かせてくる。
「……」
散らばった髪の毛の隙間に見えるおでこが、見つめた時間に比例して赤く染まっていく。泣きそうになって、ひくっと震えて、彼女はすぐにコタツの中に逃げてしまった。
この家にたどり着いてからは、大抵、暇島小鳥はこんな調子である。
普段の小鳥は、せっせかせっせかと家事をこなしてくれるし、俺以外の二人にも明るく振舞っている。
ただし俺の前では……。
「に、にゃあ」
馬鹿だ。
なかなか認めたくはない事実なのだが、俺は、やっぱり照れられる対象であるらしい。
俺は彼女のそんな態度が嫌なわけじゃない。腹立たしいわけじゃない。むしろ好意的に受け止めたっていい。
だけど、俺たちは……試験が終わる一ヶ月後には必ず別れなきゃならないんだ。俺か彼女のどちらかが合格なんてしようものなら、下界と天上に別れて過ごすことになる。
お前はそれでいいのか。いいわけないだろう。俺はそんなに良い人間じゃあないから見納めろ。断言する。俺のパンツを嗅ぐメリットなど何一つ存在しない。
乾いた音を鳴らし新聞紙を広げながらに、俺は前々から抱えていたうやむやな意志を、一つの決意に固め上げた。
「なあ、小鳥?」
「…………な! なにかな」
なんて言ってやればいいだろう。
思索し、言い放った。
「コミュニケーションを取るとしようぜ」
「?」
「お前が今まで経験してきた試験の中で、点数を上げる方法で何か、交流を深められそうなものはないか?」
自分で自分に頷き感心したいところだ、良いこと言うじゃないか。
普通に交流を深めていくことで、彼女の俺に対する接し方も変わってくるかもしれない。
俺は時を待ちつつ新聞を眺める。文面なんて読んじゃいない。テレビから流れてくる音も、意識の外にあるノイズと何らかわりない。
俺が神経を尖らせるのは一つ、コタツの中の彼女に対してだけだ。
「……ゆきがっせん」
限りなくぽそりと、粉雪みたいな掠れ声が聞こえてきたような気がした。




