2-4.18歳の私と36歳の彼女(4)
売店もある。そのすぐ近くにはお風呂があった。ご丁寧にのれんが掛かっていて、雰囲気もばっちり。そしてタオルを自分で用意しなければいけなかったことに気づき、慌てて売店に入る。そこには名古屋と、さっき出港した街と、向かっている北海道のお土産が、全部そろっていた。この船が立ち寄るところを網羅しているってわけだ。何かズルい気がするし、私にとっては、船の関係のグッズだとか、古い海図を加工したファイルだとかの方が興味を惹かれた。もちろんタオルもあるし、お菓子だとかお酒だとか電池だとか綿棒だとかメイク落としだとか、何でもあった。値段は妙に高かったけれど。
浮ついた気持ちは、お風呂でも続いた。船の上(中?)だと一番信じられなかったのがそこで、ホテルだったらレビューで星五つ確定の、大きな浴槽があった。私がさらに興奮したのが、浴槽の水面が、船の揺れに合わせて角度を変えることだった。自分はただまっすぐに腰掛けているつもりでも、水面は傾き、また反対側に傾く。それはきっと海面に平行なわけで、つまり傾いているのは船と私の方なのだった。
一人きりだったので、そんな海につながる水面の揺れに身を任せてふらふらと、クラゲの気分を堪能していたら、ちょうど現れた人がいて、目が合ってしまい、とてつもなく恥ずかしくなった。ごまかすように(何を?)、浴槽の脇の曇った窓を覗いて、真っ暗で、ずっと遠くに、うっすらした影あるいは輪郭や、小さな明かりがちらほらと見えるような見えないような景色を大人しく眺めていると、その人が浴槽に入ってきた。
私は、その人に見覚えがあることに気づいた。眼鏡もないし、メイクは落とされているし、髪はクリップで束ねられていたけれど、それでも分かった。記憶の中にあったいくつもの、あの綺麗な、髪の長い、眼鏡をかけた人の姿が、まるでビーズに糸を通していくように結びついていき、一つの形に、認識に、ぴったりと収まった。その感動のせいか、私はその人に話しかけ、私のもうすぐ住むことになる街にその人が住んでいることを知って興奮してしまい、恥の上塗りをしたのだった。
携帯電話に電波が全く届かなくなり、部屋のテレビもろくに映らないというあんまりな状況を、船の中の専用のチャンネルでやっていた映画(地震が起きるのを防ごうと頑張る女の子が主人公のアニメ。私は致命的な欠陥があると思っているけど、そこ以外は好き)をベッドに寝転がりながら観て慰められた後、私はコートを着込んで部屋を出た。売店はもう閉まっていて、半透明のカーテンのようなもので閉鎖されている。案内所にも誰もいない。それでも、まだあちこちに乗客の人はいる。
船の外だか上だかへのドアに手をかけた。最初はお風呂上がりに寄り道をして出てみようとしたけれど、寒すぎて無理だった。だから改めて準備をしてきたというわけ。
そのドアは、やっぱりすごく重かった。風だか気圧だか温度差だか、何か説明できるんだろうかと、とりあえず気体の状態方程式を頭に浮かべながら、結局一度失敗したとき、ふと、誰かがすぐ近くにいるのに気づいた。あの女の人だった。私は、なぜか笑っていた。その人も。ほんのりとした、自然な、私とその人自身に向けられた微笑み。
思いっきり力を入れてドアを開けると、冷たい風が吹いてきて、火照った顔に、ちょうど気持ちよく感じた。