020 魔人との戦闘
「何で人間がここにいるのかな?」
そう言った小柄な魔人は、ニヤニヤしながら満遍なく4人に視線を送っている。
「人……間?」
受付嬢の2人がソウガという魔人の男の言葉に固まっている。それに気付いた彼は、受付嬢たちを振り返った。
「ああ、こっちはこっちでやっとくから、キミたちは仕事に戻っていいよ」
受付嬢たちにヒラヒラと手を振ると、受付嬢たちは目を見交わして、座っていた方は通常業務へ戻り、もう1人はドアから出て行った。
「さて、キミたちだ。4人とも人間? 話では2人ってことだったんだけど」
レイトたちに向き直ったソウガは、もう一度1人ずつサッと4人を見ると、レテールとレイトを順に指差した。
「キミとキミが人間だね」
魔人は、人間に比べると肌の色がやや黒い。ディアブルやディーゼほどの肌黒さの人間もいれば、レイトやレテールほどの白い肌の魔人もいるので、肌の色だけの区別は絶対ではない。しかし、対象が4人しかいないのなら、肌の色での区別はそう外れないだろう。事実、ソウガは見事に当てて見せた。
「人間だったら、何かあるのか?」
レテールが慎重に言った。
ソウガは腕を組み、ニヤニヤと笑みを浮かべながらレイトとレテールを見た。
「おれはソウガ。南の四天王としてここに入る人間を排除するよう、魔王より命令されている。だからねぇ、キミたちを排除する必要があるんだよ」
「魔王はもういないのに、それはおかしいだろう」
ソウガに異論を唱えたのはディアブルだ。しかしソウガはディアブルにチラリと目をやっただけで、言葉を続けた。
「……って言うのは建前でね、魔王の命を取りに人間どもが来た時にさ、初めてまともに戦ったんだよね。それでさ、目覚めちゃったわけよ」
「目覚めたって……戦いの、快感?」
「んー、ま、そんなとこかな」
疑問を零したディーゼに視線を向けて、ソウガは言った。
「ここまでやって来た人間どもと戦って、斬って、殺して、それが楽しくなっちゃったわけよ。いや、相手が死ぬのはどうでもいいんだ。おれは戦っている最中が楽しいわけだから。結果として相手が死んじゃうことはあるけど、むしろ、死なずに戦い続けてくれた方がおれとしては嬉しいわけよ。
でさ、魔王が死んで人間たちが引き上げた後も、魔人を相手に戦ってたわけよ。でも、おれより強い奴ってそうそういないわけ。本気出すとすぐ死んじゃうからさ。つまんないんだよ。魔人を殺すとノルンに怒られるし。なのにアイツ、相手もしてくれないし。まあ、ノルンは魔術専門だから戦ってもあんまり面白くはないんだけど。後の2人の四天王は人間にやられて死んじゃったし。
そんなわけでさ、おれは今、遠慮無しに戦える強者に飢えているわけよ。それが人間ってことになったら、なおいい。魔人を殺すなとは釘を刺されてるけど、人間については言われてないからね。手違いで死んじゃっても怒られないし。
でさ、アンタ、強いでしょ? おれと戦ってくれない? いや、戦え」
ソウガは熱に浮かされたように長々と喋り、そしてビシッと右手でレテールを指差した。
「戦ったとして、こちらにどんな利があるんだ? だいたい、私はあんたが嫌っている魔術士だ。戦ったとて、楽しくないんじゃないか?」
面倒ごとを避けたいレテールは、いかにも面倒だ、という風情を隠さずに、むしろ表に出して言った。
「相手をしてくれなければ、問答無用でここで首を刈る」
ディアブルとレイトが緊迫レベルを一段階上げ、武器に手を掛けた。一拍遅れて、ディーゼも追随する。が、ソウガも本気でそこまでする気はないようだ。
「……って言いたいとこだけど、それやったらそっちの魔人も怒りそうだし、そしたらノルンも怒るだろうしなぁ。そうだなぁ、人間がわざわざ魔人化する危険を犯してまで、まだ瘴気の濃いこんなとこまで来たんでしょ? それってこの魔王城で何か探したい物があるんだよね? なら、おれとの戦闘に応じてくれたら、魔王城の中を自由に見ていいよ」
「あんたにその権限があるののか?」
「平気平気。おれだって四天王だからさ、おれが言えば問題ないよ」
「さっきも言ったが、私は魔術士だ。それでもいいのか?」
「魔術士ったって、剣の覚えもあるよね? 動きを見れば判るよ」
ソウガが来てからは大きな動きをしていないが、そこまで見てとったらしい。しばらく考えたレテールは、やがてゆっくりと頷いた。
「いいだろう。魔王城での行動の自由、忘れるな」
「よしっ。じゃあ行こう。……あ、ノルンが来たら闘技場にいるって言っといてよ。どうせ判るんだろうけどさ」
ソウガは受付嬢を振り返って言った。
「畏まりました」
受付嬢は座ったまま、慇懃に頭を下げた。
「じゃ、着いて来てよ」
ソウガは4人を促してドアに向かった。その後に3人に目配せしたレテールが続き、レイトたちも武器から手を離して付き従う。
受付のある入口のホールだけでなく、奥に入っても魔王城は材質の判らない白い壁や床でできていた。天井が照明になっているのも変わらない。
ソウガに着いて抜けたドアの先は、左右に伸びた廊下だ。右手に向かったソウガの後を、4人は追う。途中で廊下を折れ、長い階段を登り始めた。
前を行くソウガは、左右の腰に剣を佩いている。ディーゼと同じく、双剣を武器にするらしい。使う剣はディーゼの物よりもやや大振りだ。
「姉様、勝てるの?」
レイトがそっとレテールに囁いた。レイトの見立てでは、“魔術士”のレテールより、ソウガは一歩上を行っているように感じられた。
「全力を出せば、負けることはないだろう」
「……“全力”?」
レイトは自分の背負っている長剣を意識した。
「そうだ」
頷くレテールに、レイトはソウガに対する自分の見立てが妥当であると確信する。
「気を付けてよ。あいつ、手加減しなさそうだし」
「本気で当たれば大丈夫だろう」
断言はしてくれないんだね、と思いつつ、レイトはその思いを呑み込んだ。
長い階段をやっと登り切り、廊下を少し歩いて開けたドアに、ソウガは4人を招き入れた。
そこは円形の広い部屋だった。直径は3テナー(約30メートル)はあるだろうか。天井まではざっと50テール(約5メートル)ほど。
ここに来る前にソウガは『闘技場』と言っていたから、それを目的とした部屋だろう。部屋の大きさから、ほとんど塔の1フロア全面を使い切っていると思われる。いや、天井の高さを考えると、2フロアは使っているだろう。
「さあて、やろうか」
ソウガは部屋の中央で両腰の鞘から剣を抜き、バランスを確かめるように振っている。
レテールは部屋の端で荷物を下ろし、マントを脱いでレイトに渡した。それと交換するように、レイトは背中の剣を下ろしてレテールに差し出す。レテールは、鞘は受け取らずに剣だけを引き抜いた。
「姉様、気を付けて」
「レテール、負けないでねっ」
「無理はするなよ」
「ああ。大丈夫だ」
3人の声援に応えて、レテールはソウガの待つ部屋の中央へと歩いて行く。
「レテールって、剣も使うの?」
レテールを見送りながら、ディーゼがレイトに聞いた。
「……姉様の本職は、剣士、だよ」
「そうなの? ……え? ディアブルは知ってたの? 驚いてないけど」
「剣を使えるとは思っていた。身のこなしが魔術士というより剣士寄りだったからな」
レイトたちが場外で話している間に、レテールは50テールほど離れてソウガと相対した。右手にはレイトから受け取った長剣を構え、左手にはワンドを逆手に握っている。
対するソウガは両手に剣を持っている。
「魔術士なのに剣でいいの?」
唇の端を歪めつつ、揶揄うようにソウガが問う。
「剣を持った相手の方があんたの好みなんだろう?」
「おれに合わせてくれるって? じゃ、遠慮なく行くよっ」
ソウガは床を蹴り、レテールとの距離を一気に詰めた。両手の剣が振り下ろされる。
レテールは剣とワンドで攻撃を受け、そこから右膝をソウガの胸に向けて蹴り上げる。ソウガも素早く反応し、レテールの攻撃に自分の膝を合わせてぶつけ、その反動で距離を取る。
間髪を入れず、レテールはソウガに向かって突進、剣を振り下ろす。ソウガは左手の剣で攻撃を受け、右手で反撃を試みるも、すでにレテールの次の攻撃が迫り、それを受けるに止まる。さらにレテールの連続攻撃。ソウガは防戦に集中する。
「レテールって剣もあんなに使えるんだ。レイトより強いんじゃない?」
「それはそうだよ。ボクの剣の師匠は姉様だから」
ディーゼとレイトが部屋の中央での攻防を見ながら会話している。
「そっか。このままいけば、勝てそうだね」
「ううん、ソウガはまだ全力までは出してないと思う」
レイトはディーゼに答えつつ、ディアブルにちらっと横目で見た。ディアブルは小さく頷いて、レイトに応える。
以前レイトは、ディアブルの槍術はレテールの剣術よりも優っていると感じたが、ソウガの双剣術はディアブルも超えているように、彼には見えた。今はレテールが押している展開だが、それはソウガがまだ暖機運転中だからだろう。
「じゃあ、レテールの方が不利ってこと?」
「そんなことはないよ。姉様も、まだ全力じゃないから」
レテールが全力を出せば、ディアブルを圧倒する、とレイトは見ている。ディアブルがレテールの上を取れるのは、あくまでもレテールが剣のみを使った場合だ。それもレイトの推測でしかないのだが。
「なら、レテールは勝てる?」
「そこまでは判らない。どっちの強さも拮抗しているから、どっちが勝ってもおかしくない」
「結局判らないのね」
「……うん。でも多分、姉様が勝つよ」
「どうして?」
「姉様、場を支配してるから」
「?? どういうこと?」
「見てれば判るよ」
ディーゼは口を噤み、剣を交えているレテールとソウガに集中した。




