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魔王の仇し草  作者: 夢乃
第1章 魔王領編

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019 魔王城入口

 外輪山を下りたレイトたちは、予定通りに昼前に魔都へと入った。広大な外郭都市にすら街を囲む高い壁があったのに、魔都にはそれがなかった。外郭都市と外輪山を防壁としていることが窺える。

 4人はまず、早目の昼食を摂ることにした。魔馬を魔都の外れの馬屋に預け、食堂を探して街を歩く。

「街の建物はあまり変わらないね」

 レイトが言ったのは、ここからも見える魔王城と思しき塔を意識してのことだろう。塔は何でできているのかも判らない輝くような外壁を持っているのに、歩いている通りの左右の建物は旧魔王領の旅路の間に立ち寄った町や村とそう変わらない。魔王城と目される塔だけが異質な存在だ。


「魔王城だけが特別みたいね」

 ディーゼも、陽の光を浴びて輝く塔を、目を細めて見上げた。

「余所見をして()けるなよ」

「レイトもぶつからないようにな」

 ディアブルとレテールが、子供に言い聞かせるように言った。

「大丈夫大丈夫」

 ディーゼはクルッと振り返ってレテールやディアブルと向かい合って後ろ向きに2、3歩進み、またクルッと回って前を向いた。危なっかしいながらも転ぶことなく器用に歩いている。


 しばらく歩いて見つけた食堂へ入り、空いている丸テーブルを囲んで座った。混み合う時間にはまだ早いようだが、もう間も無くだろう。

「いらっしゃい。何にします? 今日は豚肉と野菜の肉野菜炒め定食がお薦めですよー」

 給仕の女性……女の子がやって来て注文を取る。初めての魔都、初めての食堂ということで慣れていないこともあり、4人は給仕の薦めてくれた料理を注文した。


「すまない、少し話をいいだろうか? 時間は取らせない」

「ちょっと待ってくださいねぇ。日替わり定食4、入りましたっ。はい、何でしょう?」

 まだ店もそれほど混んでいないからとレテールが給仕に聞くと、彼女は厨房へ注文を告げてからレテールに向き直った。

 レテールは徐に口を開いた。


「私たちは魔都に来たのは初めてなんだが、中央に建っている白い塔、あれが魔王城なのだろうか?」

「ええ、そうですよ。魔王はもういないから、“魔王城”って言い方も変ですけどねぇ」

「確かに。それで、魔王城には入れるんだろうか?」

「あ、お客さんも魔王城の観光ですかぁ?」

 給仕は面白そうな笑顔を見せた。


「まあ、そんなところだ」

「最近多いんですよぉ。このお店だけでも1旬(=8日。約1週間)に2、3人は聞くお客さんがいるから、全体だとそれなりにいると思いますよ。

 それで見学ですね。魔王城の入口、橋を渡って入ったところに受付があるから、そこで申し込めば入れますよ。何日か待たされることもありますけど、長くても1旬程度じゃないかなぁ」

「そうか。ありがとう。食事の後で行ってみるよ」

「ごゆっくりどうぞぉ」


 笑顔を残して給仕が立ち去った。

「なんか観光名所っぽくなってるみたいね、魔王城」

 ディーゼが言った。

「でも待たされるかも知れないって言ってたね。入場制限するくらいに多いのかな」

 レイトが少し面白そうに言った。どうなっているのか判らなかった魔王城への侵入が、思いのほか簡単そうだと知って気が緩んだのかも知れない。


「しかし、希望者の見学を受け入れている分、公開している場所は限られるだろうな」

「規制区域に侵入するつもりか?」

 不満とも思えるレテールの言葉に、ディアブルは剣呑な視線を向けた、

「先のことは判らない。立ち入りを許された場所で何か見つかれば良し、見つからなければその時に考えるさ」

 レテールは、心配するな、というふうに口角を上げて見せた。


 待つほどもなく給仕が再来して、頼んだ料理を持ってきた。外郭都市もそうだったが、魔都の料理も魔王領の他の町や村での料理とは違って、手が込んでいる。レイトとレテールが旧魔王領に入る前に旅していたローランディア王国の王都で食べたことのある食事と比べても、遜色はない。

 『魔王領には魔都以外に都市はない』とは外郭都市に入る前に何度か聞いたことだが、なるほど、外郭都市を含む魔都だけが旧魔王領の中で唯一都市と呼べる大きな街で、他の町や村は一番大きくても田舎街に過ぎないようだ。


 その上、魔都は巨大だ。いや、魔都そのものはそれほどの広さはないものの、外郭都市を含めるととてつもない大きさになる。ローランディア王国の王都はもちろん、この大陸にここ以上に巨大な都市はない。

 つまりは旧魔王領中から魔人たちが集まっており、食も含めた文化が集中しているということだろう。




「ご馳走様。美味しかったね」

「うん。ご馳走様」

「早速、行くか」

「ああ」

 昼食を終えると食堂を後にし、魔都の中央の魔王城へと向かった。

 近付くほどに魔王城は陽の光を白く反射し、見上げなければ頂上が見えないほどに高く聳え建っている。


 魔王城を囲む湖に掛かる橋の長さは、目測で10テナー(約100メートル)ないくらいだろうか。橋から50テール(約5メートル)ほど下にある水は澄んでいるようだが、橋の欄干から覗いて見ても、底は判然とせず水深は判らない。水底に植物は生えていないようだし、水中には魚影もない。

「何だか寂しい湖だね」

「魔王城を守る堀のようなものなんだろう」

「それでも、草も生えていないのは普通の水ではないのかもな」

「この橋も、何で出来てるんだろう? 石じゃないみたいだけど」

「見た目は、魔王城と同じ材質かな?」


 話しながら橋の半ばまで来た時。

「? 姉様、どうかした?」

 ディアブルとディーゼは気付かなかったが、レイトはレテールが緊張したことに気付いたようだ。

「……結界に入った」

「結界? ……アタシは判んないけど。もう魔王もいないのに?」

「どんな結界か判るか?」

 ディーゼは結界の理由が気になったようだが、ディアブルはその種類を気にした。


「探査結界だな。理由までは判らないが、魔王城を覆う巨大な結界を張れる魔術士がいる、ということではあるな」

「警戒した方がいい?」

「まだ、そこまでは不要だろう。普段通りでいい」

 警戒レベルを上げるべきか尋ねるレイトに、レテールは表情を変えずに答えた。

「何があっても硬くなるな。緊張すると剣も鈍るぞ」

「うん。これも訓練だね」

 レイトは努めて平静を保つようにした。意識してそうしている時点でまだまだなのだが、それでも動揺を隠せる程度には上達している。


「レイトってそんなこともしてるんだ」

「うん。いつでも最高の状態で事に当たりたいし、実力を出せずに後悔するのはごめんだから」

「確かにね。ちょっとの油断が獣に負かされることにもなるもんね」

 ディーゼは頷いて、自分も気を付けよう、と心に留める。


 何者かの結界に入りはしたものの、特段何かが起こることもなく、4人は橋を渡り切った。魔王城の周りには庭に当たる場所はなく、橋は直接魔王城の壁の中へと入って行く。

 壁の手前で橋から下を覗くと、魔王城の白い壁は水の中へと真っ直ぐに潜っている。魔王城は湖にある島に建てられたわけではなく、湖底から建っているようだ。


 魔王城の中も、外と同じ材質の建材で造られているようだ。天井の照明──照明用の魔術具があるわけではなく、天井そのものが輝いている──で中は明るく、陰鬱さの欠片もない。主を喪って放置されていると思っていた魔王城が、今も綺麗に整えられていることに、レイトは驚いた。

(ローランディアの王城より綺麗なんじゃない?)

 突き当たりに、食堂で聞いた受付があり、2人の魔人の女性が座っている。宿屋の入口のようではあるが、壁や床と同じ白い材質でできた受付は宿屋とは別物に見える。


 初めての光景に目を見張りつつも、4人は受付嬢の前に行った。

「いらっしゃいませ。見学をご希望ですか?」

 受付嬢はにこやかに応対した。

「ああ。魔王の最期の地の見学と、それにここに残っている資料の閲覧を頼みたい」

「資料の閲覧、ですか?」

 レテールの要求に、受付嬢は戸惑ったように首を傾げた。

「そうだ。できるだけ多くの資料を見せてもらいたい。公開できない物があるなら、それは除いてもらって構わない。駄目だろうか?」

「どうでしょう? 仕事として資料の整理をしている者はいるのですが、閲覧の希望は今までになかったものですから……少々お待ちください。相談して来ます。あちらの椅子でお待ちください」

 受付嬢は内心の戸惑いを面に表さずに、レイトたちに部屋の一角にある長椅子を指し示し、同僚を残して奥のドアへと向かった。


 しかし、彼女が開ける前に、ドアが向こう側から開けられた。相手を見た受付嬢が横に避けて、道を譲る。

「ソウガ様、いかがされましたか?」

「んー、ちょっとね。あー、君らか」

 ソウガと呼ばれた細身の小柄な男は、レイトたちに向かって歩いて来た。レテールがスッと、レイトの斜め前に出る。


 ソウガは4人の前で足を止めると、ニヤリと唇の端を上げた。

「何で人間がここにいるのかな?」



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