018 魔都の外観
視界に王都の街並みが入る。暗い。夜だ。暗くても街並みが見えるのは、等間隔に設置されている魔術具の街灯のお陰だ。しかし、街灯から外れた場所も、良く見えているように思える。昼間ほどではないが。
目に映る街が動いてゆく。自身が歩いている。視点が妙に低い。まるでしゃがんで歩いているようだ。
ピタッと歩みを止め、頭を上げると王城が目に入る。王城にも数多くの魔術具の灯りが点っているが、街と同じく、昼間のような明るさはもちろんない。
視線を戻し、止めていた足を動かす。街並みが視界を過ぎてゆく、どこに行こうというのだろう? まるで自分の意思ではないかのように、勝手に身体が動いている感覚がある。
歩いているのは王都のメインストリート、その歩道だ。歩道から外れずにゆっくりと歩みを進めて行くと、王都の中でも広い広場に出る。歩道から外れて広場の中央、噴水の水が夜も流れる池へと歩いて行く。
噴水の縁に手を掛ける。違和感があるが、そのまま顔を前に出す。池の水に顔が映った。
「うああああああああああああああっ」
王城の柔らかいベッドの上で、ランゼは勢い良く身体を起こした。荒く息を吐く彼の剥き出しの肌には、浮かんだ汗が流れ落ちている。
「どうかなさいました?」
彼の隣で、リンゼーナ王女が裸身を起こし、心配する目を婚約者に向ける。
ドンドンッ。
「どうかなさいましたかっ!?」
隣の控えの間との間の扉が叩かれた。返事がなければ次の瞬間には踏み込んで来るだろうが、扉を振り返ったリンゼーナが声を張った。
「いえ、何もありません。少しうなされただけです」
「解りました」
扉越しの返事を聞いたリンゼーナは、ランゼに向き直った。頭を俯けて肩で息をしている彼の背中を優しく撫でる。
「すごい汗ですね。怖い夢でも見ましたか?」
リンゼーナは優しく、捲り上げたシーツでランゼの身体の汗を拭う。
「あ、ああ、多分、そうなんだろう。良く覚えていない」
ランゼは息を整えながら答えた。しかし、言葉とは裏腹に、夢の内容は良く覚えている。
(俺は犬になっていた。犬になって王都の街を歩いていた。ただそれだけの夢だ。そうだ、夢だ。それなのに、俺はどうしてこんなに震えているんだ?)
ランゼは自分の手を見た。開いた掌は小刻みに震えている。震えを止めようと、彼はグッと手を握った。
そんな“勇者”の身体を、王女は優しく労わるように拭いている。
「キャッ」
その王女の裸身を、勇者がいきなり押し倒した。突然のことに一瞬恐怖の表情を浮かべたリンゼーナだったが、胸元に顔を埋めたランぜの身体が微かに震えていることに気付くと、その逞しい肉体をそっと抱き締めた。
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レイトとレテールは、魔都の手前の巨大都市──“外郭都市”と呼ばれているようだ──にある宿屋で朝を迎えた。
「姉様、おはおう」
「おはよう」
ほぼ同時に目を覚ましたレイトとレテールは、互いに朝の挨拶を交わして身支度を整える。ディアブルとディーゼの兄妹は、隣の部屋だ。
「いよいよ、魔都だね」
身支度を済ませたレイトが窓を開け、右手に見える山並みを見つめる。レテールもその後ろに立って、一緒に山を見た。
「そうだな。集めた話が合っているなら、昼頃には着けるだろう」
山はそれほど高くはない。比高にして30テナー(約300メートル)ほどだろうか。しかし横にかなり広がっているようで、山と言うより巨大な丘のようだ。
「それにしても、山を越えた先が魔都って、どう言うことなんだろう? この都市、山を取り囲んでいるという話だったけど、それなら山の向こうはこの都市の反対側だよね?」
「あまり考えても仕方がない。今日のうちには解ることなのだから」
「うん、そうだね」
レテールの返事に納得したのか、レイトは取り敢えず外郭都市と魔都の地理関係に思い悩むことは後回しにしたようだ。窓から離れて、荷物を点検する。
レテールも、窓を閉めると出立の支度にかかった。この後、宿の一階の食堂で朝食を摂ってから、そのまま発つ予定だ。
トントンッ。
木のドアのノックの音にレイトが出ようとするが、レテールがそれを制して支度を済ませてしまうよう指示し、自分でドアを開けた。
「レテール、レイト、おはよっ。早く行こっ」
「ディーゼ、もう少し落ち着け」
部屋を訪ねて来たのはもちろん、ディアブルとディーゼの魔人兄妹だった。
「おはよう。もう支度も済むところだ。レイト?」
「用意できたよ」
レテールが振り返ると、レイトが自分の荷物を持った。
レテールも一旦ドアから離れ、纏めて終えていた荷物を持つと、忘れ物がないことをざっと確認し、一晩を過ごした部屋を後にした。
朝食を終えた4人は、そのまま山を目指した。向かうは山を越えた先にあるという魔都。外郭都市からは歩いても半日で着けることは、外郭都市に着いた昨日のうちに、聞いている。
外郭都市と魔都とは頻繁に行き来があるようで、4人の前に馬車の列が見えるし、後ろを振り返れば、少し離れて徒歩で登っている団体がいる。
それほど高くはない山といっても斜面は急で、道は斜面を斜めに登っているため、道のりはそれなりにある。
大きな植物はまったく見られず、小さな繁みがところどころにあるだけで、殺風景だ。横を見れば足下には出て来た外郭都市が広がり、その外側には農地が見えている。
その外側には草原が広がり、山や森が見える。キラキラと光っているのは川だろうか、湖だろうか。
町や村も点在しているはずだが、ここからは見えない。あれがそうだろうか、という場所がいくつかあるが、町かどうかは判然としない。
反対側は当然、山の斜面だ。急角度で確かに真っ直ぐ登るのは無理だと思わせる。岩などが落ちて来ないか不安に駆られるが、見える範囲に大岩はない。それでも、見上げていると山肌の一部が今にも崩れ落ちて来るような錯覚を覚える。
レテールの駆る魔馬の前で山を見上げていたレイトは、ブルッと身を震わせて視線を前に戻した。
山の中腹まで進むと平らな広場があり、そこで馬首を返して方向を変え、さらに登って行く。魔都から外郭都市へとも向かう魔人や馬車とも時々すれ違う。魔都と外郭都市との交通量が他の町や村と比べて多いことは、こうして実際に見ることでも判断できた。
魔馬に負担をかけない程度の速度で山を登り始めておよそ1ミック(約1時間)、いきなり視界が開けた。山頂だ。山道の途中にあった折り返し点よりも広く土地が整地されていて、前を進んでいた馬車が広場の隅で休んでいる。他にも何組か、休んでいる魔馬や魔人たちがいる。
それよりも目を引くのは、山の向こう側の光景だ。レイトとディーゼは、足を止めた魔馬の背から飛び降りると、山頂の反対側に駆けて行った。端に作られた木製の低い柵に手をかけて、広がる光景を見開いた目に焼き付ける。
半径およそ4テック(約4キロメートル)はあろうかという巨大な外輪山。レイトたちが立っているのはその一角だ。
ザル状に低くなっている土地の底には農場の緑が溢れ、森も見える。その中央、半径1テックほどだろうか、家々が円形に固まって都市を形造り、その中央には円形の湖が青い色を湛えている。
湖の中央には一際高い針のような建造物が建っていて、陽の光を受けて輝いている。都市とその塔は、東西南北の4本の橋で繋がれているようだ。
初めての景観に見惚れているレイトとディーゼの後ろに、魔馬を引いたレテールとディアブルが歩み寄った。
「あれが魔都か。こんな風になっているとはな」
ディアブルが感心したように言った。
「見事なものだな」
レテールも目を細めて、魔都と輝く塔を見つめている。
「あれが、魔王城かな」
そう囁いたレイトの視線は、中央の高い銀色の塔を指している。
「位置的に、そうだろうな」
「入らせてもらえるのかな」
「どうだろうな。まずは行ってみてからだ」
「うん」
真の魔王出現の鍵がそこにあるのかどうか、ここからでは判るはずもない。それでも、一先ずの目的地は目前だ。
「この形……ここって火山だったのかな」
ディーゼはこの山の形に気を引かれたようだ。
「どうかな。そうだとしても、もう噴火することはないだろうな」
「噴火したりしたら、魔都は一瞬で火の海だね」
「その心配はないとして、ここに都市を作ったんだろう。しかし、ここが火口だとすると……随分と低いな」
「そういう山もあるんじゃない?」
「そうかも知れないな」
そう言いつつ、ディアブルは納得したようではなかった。
「そろそろ行こう。昼は魔都だな」
「そうだな。もう少しだ」
「早く行こっ。あの塔?魔王城?近くで見てみたいっ」
「慌てて転ばないようにね」
そんな会話をしながら、4人は魔都へと向かうために魔馬に乗った。




