第九話 Unstoppable!
桜花堂からの帰り道。並んで歩く瑠華と怜使の会話は、あまり弾まなかった。
怜使が臆して話題を切り出せない、というのも原因のひとつだが、そんなのはいつものことだ。そういう時は、瑠華の方から上手く話を盛り上げてくれる。
しかし今回は違う。その瑠華が、今は怜使の目からでも分かるほど落ち込んでいる。
最後の最後、瑠華が櫻と何を話していたのかはわからない。だが、瑠華が櫻に呼び出された後から少し様子がおかしい。それだけで、何か大切な、より詳しく言えばネガティブな話をしていたのだろうということは察しがつく。恐らくは、彼女らにつきまとう怜使のことで。
「じゃあ、怜使ちゃん。私はここで」
「……えっ、あっ、うん」
考えごとに夢中で気づかなかったが、かなり歩いてきていたらしい。気づけば、いつも瑠華と別れる十字路まで来ていた。
「じゃあ、また明日」
そう言って手を振る瑠華の笑顔は、どこかぎこちなく見えた。
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瑠華と別れ、ひとり帰路に着く怜使は、その後も思考を巡らせていた。瑠華と櫻が何を話したのか。__自分は本当に、彼女たちと一緒にいていいのか。
櫻は初めから、怜使が瑠華たちと行動を共にすることをよしとしていなかった。なんとか受け入れてもらえたものの、怜使の説得はまるで根本的な解決にはならないものだ。本当は、あまり納得はしていないのかもしれない。
それに、櫻の主張は真っ当だ。怜使も魔獣に殺されかけた身だし、彼らの恐ろしさは充分理解している。むしろ、魔法少女の戦いを進んで見に行く自分がイカれているのだということは、重々自覚はしているつもりだ。
最初は、自分が傷ついてもいいならそれでいいだろうと思っていた。だがもし、そんな怜使のわがままが彼女たちの枷になっているのなら___
「わあぁぁぁ!!ちょっとそこどいてえーー!!」
「え?」
突然怜使の頭上に降りかかった大きな声。驚いて顔を上げると、とんでもないスピードの自転車が坂を下って突っ込んできていた。
「え、ええぇぇぇぇ!?」
あまりに唐突な命の危機に、驚いてまともに体が動かない怜使。自転車はそんな怜使を跳ね飛ばす直前、ギリギリで方向転換し、道路の脇に逸れた。
「ふぅぅ、あっぶ…ぶえっ!?」
巧みなハンドル操作で怜使をかわした自転車、その運転手の少女が安堵の声を漏らした瞬間、目の前の電柱に激突。前方に投げ出された少女は顔面からコンクリートの柱に突っ込んだ。
そのまま地面に落下し、少女はぴくりとも動かない。……これ、まずいのでは?
「あ、あの……大丈夫ですか……?」
怜使が少女の肩を揺すろうと手を伸ばした瞬間、少女はばっ、と顔を上げた。そしてこちらに振り向くと、照れくさそうにはにかんだ。
「う、うん、だいじょーぶだいじょーぶ!あたし、こう見えて頑丈だから!!」
そう言って少女は立ち上がり、服についたほこりを払い始めた。
可愛らしい少女だ。長い金髪をツインテールに結んでおり、大きくて丸い瞳はアメジストのような綺麗な紫色だ。背丈は小さく、髪型も相まって、かなり幼く見える。
「いやー、坂を下ってたら急にブレーキが効かなくなっちゃってさーっ。うまく避けれたからよかったけど、危ない思いさせちゃってごめん!」
「は、はい……」
かなり溌剌とした子だ。電柱に顔からぶつかったというのに、まるで痛がる素振りも見せない。初対面なのに大声で元気よく話されて、怜使は直感で理解する。__この子は、陰キャにとって天敵だと。
「それじゃあ、あたしはバイトがあるからこれで!」
「あ、はい………えっと、お大事に……?」
そうこうしているうちに倒れていた自転車を立て直した少女は、サドルにまたがり怜使に別れを告げる。漕ぎ始めてからもこちらを向いて手を振っており、また事故を起こさないか心配だ。というか、ブレーキが効かなくなったと言っていなかったか。
少女の姿が見えなくなってから、怜使は坂を登り始める。嵐のような少女との邂逅に未だに戸惑いながら歩いていると、ふとひとつの違和感に気づいた。
「そういえば、あの子……傷ひとつ、無かったような……」
とはいえ、そんなことは考えても仕方がない。どうせもう会うこともないのだから、当たりどころが良かったのだろうと思うことにしたのだった。