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第十話 見参っ!


 翌日の朝。怜使はいつも通りの通学路をいつも通り全力で走り、いつも通り遅刻ぎりぎりで教室に滑り込む。

 生まれてこの方時間に余裕を持って行動したことなど一度もないが、今日は特に危うかった。

 全力ダッシュで切らした息と乱れた髪を整えつつ、そそくさと席につく。流石に5月も中旬に差し掛かり、走ると結構暑い。ジャケットを脱ぎ、椅子の背もたれにかける。

 昨日もそうだったが、最近はいろんなことが起こりすぎて、あまり寝付けない日が多い。昨日の帰り道に瑠華が見せた、あの曇った表情。約ひと月の短い関わりではあるが、あれほど暗い顔をした彼女は見たことがない。

 教室を見回すと、教卓の前で友人と談笑する瑠華の姿が目に入る。魔法少女と関係のない友人たちの手前機微にも出さず、普段通りでこそいるが、怜使でも分かるぐらいには落ち込んでいたのだ。思い詰めていないか心配になる。

 常に明るく、気品に満ちた高嶺の花。怜使にとっての瑠華はそんなイメージで、それだけに彼女の陰った表情には大きな衝撃を受けた。櫻と何を話したのか、詮索すべきでないことは分かっているが、今の怜使には気にせずにはいられない。

 なにせ、おそらく論点は怜使のことだ。否が応にも察しがつくが、櫻は怜使が、ひいては一般人が魔法少女と深く関わることを良く思っていない。あの場では怜使の熱意に引き下がってもらえた感じだが、これで怜使の身に何かあったり、ふたりの邪魔になったりしたら__


 __と、そうこうと考え事をしているとチャイムが鳴った。時計を見るとちょうど始業時間、予鈴はとっくに過ぎていたようだ。

 チャイムの音が静まると同時に、担任の先生が教室に入ってきた。先生は続々と席につく生徒たちを見ながら教卓の前まで歩くと、いつも通りに朝のホームルームを始めた。



〜〜〜〜〜〜〜〜



 昼休み。怜使は両手にプリントを抱えて、職員室から教室に戻る途中だ。担任の先生に呼び出されるまで、日直だということをすっかり忘れていた。

 怜使たちの所属する1年F組の教室はちょうど職員室と対角線上にあり、やたらと距離が長い。その上昼休みともなれば道中の購買が賑わい、特大の人混みが形成される。故に最短ルートは通らず、人の通りが少ない方へ回り道をする。陰の者にとっては標準装備の、人となるべく関わらないためのスキルだ。


 当然と言えば当然だが、今日は授業にはあまり集中できていない。気がついたら瑠華と彩を__まあ、彩はいつも通りの仏頂面なので、主に瑠華を見つめてしまう。


 今日はこれまで、ただの一度も瑠華と会話できていない。いつも通り話しかける勇気がないのもそうだが、それ以前になんと声を掛ければよいものやら。


 とぼとぼと歩いていると、曲がり角に突き当たった。俯いたまま、角を曲がる。


「__わっ!?」


「え?」


 突然響いた大きな声に驚き、顔を上げる。見ると、小柄な少女が躍動感のあるポーズで、目を丸くしている。

 なびく金髪が綺麗な、可憐な顔立ちの少女だ。特にアメジストのような紫の瞳がくりくりで__


「__ゔっ」


「わぶっ」


 胸部に伝わる衝撃に耐えきれず、汚い声を漏らしながら後ろに倒れ込む。バサバサと、プリントの束が散らばる音がする。

 無意識に瞑った目をゆっくり開けると、先ほどの少女も怜使に覆い被さるように倒れていた。

 状況が飲み込めず少女を見つめていると、少女はばっと顔を上げ、ずいっと近づいてきた。反射的に、思わず顔を背ける。


「ご、ゴメン!いたかったよね!?ケガとかしてない!?えっと、ば、絆創膏…」


 めちゃくちゃおろおろし始めた。というか、もし怪我してても受けた衝撃は全て打撃属性だったので、絆創膏は意味ないのでは。


「え、ええと、大丈夫です…」


「ほ、ほんとに?いやでも、もしかしたらもあるし、一応いっしょに保健室に………あれ?」


 顔が近い。話が入ってこない。見なくてもわかる。この子は陽の者だ。

 このまま陽のオーラを浴び続けると干からびてしまう。この場は話を収め、早々に立ち去らなくては。


「い、いやあの、ほんとに大丈夫なので……」


 おずおずと顔を前に向けると、少女がまたもや目を丸くしていた。今度はどうしたと言うのか。___あれ?

 よく見たら見覚えのある顔立ちだ。さらさらした金色の髪。大きくて丸っこい紫色の瞳。小柄で可愛らしい背丈。



「もしかして、昨日あたしが轢きそうになった人!?」


 そうだ。昨日怜使を轢きそうになった子だ。

 あんなに癖のある子だったのに、なんだってここまで気づかなかったのか。我ながら、人のことを見ていなさすぎである。


「わあー!おんなじ学校だったんだ!ぐーぜんだね!」


 途端に、少女の顔がぱあっと明るくなる。かと思えばすっと立ち上がり__ながら、怜使の両手を取り、怜使も一緒に立ち上がらせられる。勢いが強すぎて肩外れるかと思った。


「あたし、1年F組の藤咲(ふじさき)伊奈(いな)っていうの!あなたは?」


「え、えと、1年G組の天音怜使、です……」


「え、学年も同じなの!?じゃあ、れーちゃんだね!」


「れ、れーちゃん……?」


 さすがは陽の者。自己紹介からニックネーム付けまで何もかもが早い。とてもじゃないがついていけないスピード感だ。

 しかも繋いだままの腕を上下にぶんぶん振り回し始めた。見かけによらず力が強い。肩が悲鳴を上げている。


「ねえれーちゃん、教室まで一緒に戻ろうよ!ちょうどお隣さんだし!」


「あっ、えっと」


「よーし、じゃあいこー!」


 話が早すぎる。答えは聞いてないってか。どこのリュウタロスだ。


 伊奈に手を引かれ、歩き出さんとしたその時。


「__あっ」


 床に散らばるプリントを踏み、伊奈が勢いよく転んだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜



 時刻は午後4時過ぎ。授業が終わり、生徒たちはみな部活か自宅に向かうところだ。

 帰宅部の怜使は、普段はもちろん後者である。しかし、今日に関しては悩みどころだ。


 瑠華と、何か言葉を交わすべきだろうか。口下手な怜使に言えることなんてたかが知れているが、それでも何も話さずにうじうじするよりはマシなのではなかろうか。いやいっそ、時間が解決してくれるのを待つか。

 ただどちらを取ろうにも、瑠華は今日は生徒会の仕事があるようですでに教室にいない。彩はもう帰ったようだ。怜使が気づくよりも早いとは、なかなかやり手である。


 さてどうしたものか。瑠華を待つか、それとも帰るか。昼に会ったあの伊奈という少女が頭をよぎる。彼女ほど物事を明るく、ぱっと決めることができたなら、こんな時どれほど楽だろうか。

 などと考えていると、教室の外からたったったっと足音が響いてきた。誰かが廊下を走っ___


「__れーちゃーん!!」


 ガラッと教室の戸が開くと同時に、聞き覚えのある声が響き渡る。驚いて声の方を見ると、伊奈がニッコニコで立っていた。


「よかったー、まだ教室にいた!今日いっしょに帰ろうよ!」


 なんてこった。明るすぎるぞ。


「え、あ、はぃ……」


 その明るさに気圧され、そう答えるしかなかった。




 そういうわけで、怜使は現在伊奈と共に帰路についている。たまたま家の方向も同じだったようで、学校を出てしばらく経っても分かれていない。

 歩き始めてからずっと、それこそ教室を出てすぐから、伊奈は楽しそうに話し続けている。近くのカフェの話とか、流行りの飲み物の話とか。聞けば聞くほど、なぜこんな子が今日の今日で怜使と帰ろうと思ったのか分からなくなってくる。陽キャ特有の何かなのだろうか。


「__ねえ、れーちゃん?」


 伊奈が下から怜使の顔を覗き込む。ちょうど彼女と目が合った。知らず知らずのうちに俯いていたようだ。


「ど、どうしました…?」


「…さっきから思ってたけど、なんで敬語なの?ため口でいいよー!同い年だし、そもそも友達じゃん」


 まじか、私たちいつの間に友達になってたんだ。


「う、うん……ごめん」


「謝らなくていいのにー。ていうか、そうじゃなくて」


 そう言って、伊奈が怜使の前に駆け、止まる。つられて怜使も足を止め、伊奈の言葉を待つ。


「れーちゃん、なにか悩んでる?」


「えっ」


 びっくりして、思わず声が漏れた。まだまだ浅い関係のはずなのに、なぜバレたんだ。

テレパシーか。


「やっぱり!どーりでずっと暗い顔してると思ってたんだーっ」



 すみません、それは元からです。


 とはいえ、悩んでいるのは本当だ。今後も瑠華や彩と一緒にいていいのか。パンピーの怜使は身を引くべきじゃないのか。そんな考えがずっと頭を巡っている。

 ただ、これは魔法少女と関係のない伊奈に話すわけには__



「__うえぇぇん!!」


「__!」


 ふいに、大きな声が響く。泣き声だ。小さな子どもの泣き声。

 それが聞こえるや否や、伊奈が弾かれたように走り出す。向かう先は、声の聞こえた方向だ。


「えっ、い、伊奈ちゃん!?」


 遅れて怜使も伊奈の背中を追いかける。迷子とかだと思うのだが、急ぎ様が大袈裟すぎやしないか。ていうか足早っ。

 曲がり角の先へ出ると、地面にへたり込む小さな影が見えた。赤いリボンで髪を結んだ小さな女の子だ。泣き声の主はあの子らしい。

 そのすぐそばに、母親らしき影もへたり込んでいる。迷子ではなかったのか。でも、だとしたら__



 そこまで考えて、奥の大きな影に気づいた。

 今の怜使には分かる。__あれは、魔獣だ。

 大きな体躯はおおよそ人の形を保ちながら、しかし全体が石と瓦礫で満ちている。乱雑に貼り付けられたような瓦礫の隙間からは、スライムのような物体がドロドロと溶けて滴っている。雫は地に付いたそばから蒸発し、ジュウッ、という音と少しの煙を立てた。


 大きな影が親子ににじり寄っていく。親子は震えて動くことができない。

 どうする。ここには瑠華も、彩もいない。2人が死ぬ。今から連絡して呼んでも間に合うわけもない。どうする。怖い。親子の次は怜使たちだ。どうする、どうする、どうする。


 そうこう考えているうちに魔獣が親子のそばにたどり着く。腕をゆっくり振り上げ、それを勢いよく叩きつけ__


「__うっ!!」


 刹那、小柄な影が親子を抱えて地面を転がる。伊奈だ。咄嗟に親子の方へ飛び込み、間一髪助け出したようだ。



「こら!乱暴しちゃあぶないでしょ!」


 地面に伏した伊奈は魔獣を見やると、そう言い放つ。あまりに場違いなセリフに思考が一瞬止まった。なんて度胸なんだ。

 それを聞いてか、魔獣がもう片方の手を同じように振り上げる。やられる、そう思い、咄嗟に目を瞑る。



「もう、しょうがないなあっ!言うこと聞かないなら、おしおきだからね!」



 これまた場違いなセリフに驚く。言ってないで逃げて____いや、まさか。

 はっとして、目を開ける。


 見ると、伊奈の体が紫色の光に包まれている。あまりの眩しさに怜使も、親子も、魔獣ですら目を細めて__そうして、光が晴れる。




「__魔法少女いなちゃん、見参っ!」



 光の中から、またもや怜使の前に、魔法少女があらわれた。


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