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第二十話 スタンピード


 大通りから外れて、住宅街の細道をひた走る。

 入り組んでこそいるが、この町に十五年住む怜使にとってはよく見知った道。筋金入りの引きこもりとはいえ、桜花堂までの経路はすぐに頭に浮かび上がってきた。

 問題は、長年のインドア生活で衰え切った体力と___


「______ッッ!」


 ___そんな怜使に容赦なく襲いかかる、数多の魔獣たち。


 本来なら、怜使は魔獣に出会った時点でゲームオーバーだ。武術の達人とかならともかく、ただの女子高生である怜使は魔獣に抵抗する術も、逃走するだけの脚も持ち合わせがない。


 しかし今の怜使のそばには、魔獣に対抗する力を持った、魔法少女がついている。


「__『プリズムバースト』ッ!」


 詠唱と共に、眩い光が迸る。

 光は魔獣を飲み込み、その巨躯を跡形もなく消し去った。

 まさに魔法と呼ぶべき御業、それを為した少女__伊奈は愛らしい顔に皺を寄せ、大きく息をついた。


「あーもう、多いっ!どんどん出てくるじゃん!」


 瑠華との電話を終え、桜花堂に向かって駆け出してから約十五分。伊奈の言う通り、すでに幾度も魔獣に襲われている。その数、実に三体。

 幸いにも、どの個体も先日の岩の魔獣ほど強くはないらしく、『プリズムバースト』の一発ずつで消し飛ばせているのだが、桜花堂まではまだまだ距離がある。

 伊奈の消耗も無視できるものではなく、軽くではあるが息を切らしている。かく言う怜使も運動不足が祟って、胃の中身を全てぶちまけてしまいそうだ。

 急がなければ、伊奈も怜使も潰れてしまう。


「いこうっ、れーちゃん!また魔獣が来ちゃう!」


「う、うん」


 上手く力が入らない脚を奮い立たせ、走り出す。

 油断するともつれてしまいそうだ。こんなことなら、普段からちゃんと運動しておくんだった。


 細道を抜け、別の広い通りへ。人通りを考慮し、すぐに脇道に逸れた。

 この辺りは見かけほど栄えてはおらず、大通りから外れれば通行人は非常に少ない。ここなら万が一魔獣に襲われたとしても、一般の人々に見られるリスクは格段に下がる。

 そんなことを考えながら走っていると、通路の角から大きな影が。


「______ッッ!」


「もう、またっ!」


 タイムリーにあらわれた四体目の魔獣。横で抗議の声を上げた伊奈も、すぐさま変身し杖を構えた。

 杖の先に光が集まる。膨れ上がったそれを放たんと顔を上げたところで、その瞳が驚愕の色に染まった。


「げっ!?」


 魔獣の出てきた曲がり角から、一つ、また一つと巨大な影があらわれる。姿形はそれぞれ違えど、どれもこの世のものとは思えない異形。


 集まった魔獣は計三体。地獄のような光景に、さしもの伊奈も大いに顔をしかめた。


「な、なんでこんなに……!?」


「っ、とにかく、『プリズムバースト』ッ!」


 吠えるように叫び、光の奔流が魔獣に向かって放たれる。

 先ほどまでより数段大きな光だ。狭い路地で連なった巨躯には逃げ場がなく、一撃で三体揃って消滅した。

 これまで何度も『プリズムバースト』の威力を目にしてきた怜使だが、これほどの規模のものは初めてだ。道幅すれすれ、数センチ間違えれば危うく人様の塀が瓦礫と化しかねない。


 それほどの大魔法。伊奈の方もさすがに無事では済まされない。


「……っはぁ、はぁ……」


「い、伊奈ちゃん!」


 息を大きく切らして、その場に跪く伊奈。その脇にすぐさま駆け寄り、小さな体を支える。

 変身は解かれ、額や頰を汗が伝っている。ここまでの戦闘で負傷はないはずだが、彼女の様子からは明らかに限界が近いように感じられた。

 再三に渡る魔法の酷使に今の大規模な一撃。勝手な憶測だが、魔力とやらが底をつきかけているのではないか。


「……だ、だいじょーぶ、まだいけるよ……!」


 小柄な体を支える怜使の腕を掴み、伊奈が応じる。

 僅かに青白い顔をこちらに向け、弱々しくも笑顔を作った金髪の少女。言葉とは裏腹に余力のなさそうな様子の伊奈の瞳には、それでも未だ強い光が宿っていた。

 伊奈が怜使の手を借り、立ち上がる。


「それにしても、おかしいっ。魔獣の数が全然減ってないし……なんか、こっちに集まってきてるっ」


「えっ、なんで……!?」


「わかんないっ!けど急がなきゃっ!」


 そう言って、掴んだままの怜使の手を引き、伊奈が走り出す。彼女に引っ張られ、怜使も棒のような脚を必死に動かす。


 その間も、魔獣の凶手が緩むことはない。


 再び、通り過ぎたばかりの交差点から魔獣があらわれる。

 それを受け、咄嗟に変身する伊奈。


「__っ、『プリズム、バースト』ッ!」


 瞬時に放たれた魔法に撃ち抜かれ、霧と化す魔獣。その背後から、二体、三体と、次々に魔獣が姿をあらわす。


 変身は解かれない。怜使を追って再び駆け出し、数を増していく魔獣たちと距離を取りながら、それらを撃ち抜いていく。


 家屋並みの巨体のもの、中背だが翼のあるもの、多腕のもの、尾の生えたもの、いくつかの人形を操るもの。無限にも思えるほど湧き出てくる魔獣たちを、目が眩むほど強烈な光が幾度となく放たれ、飲み込んでいく。

 そしてその度に、伊奈は息を荒くし、顔を伝う汗も増していく。


「はあ、はあっ……」


 魔獣に追われる形となり、怜使の少し後方を走りながら魔法を撃ち続ける金髪の魔法少女。その周囲には常に星々が舞い、杖の先端から発され続ける光は少しずつ弱々しくぼやけていく。

 しかし無情にも、魔獣の濁流は止まらない。


 倒しても倒しても押し寄せる怪物たち。それを撃ち抜く魔法少女。這い出ては、灼き、這い出ては、滅し、その度に光は霞んでいく。



 どれほど走っただろう、日は大きく傾き、人の気配もほとんど消えていた。

 追い縋る魔獣の数も幾許か減っている。しかしそれ以上に、伊奈も、怜使も限界であった。


 もう走れない。そんな思考が、ずっと前から怜使の頭を支配している。脚は重く、呼吸もままならず、とうに身体中が悲鳴を上げている。


 それでも、伊奈は決して諦めない。小さく弱り、仄かに揺れる程度の光。もはや一撃では魔獣を止めることのできなくなったそれを振り絞り、ひとつひとつに魂を込め、ぶつけ続ける。ただ、怜使を守り抜くために。


 迫り来る魔の手を引き離し、向かいくる巨躯を撃ち堕とし、かけられる毒牙を砕き抜いて、何度も、何度も、何度も、何度も繰り返して_____ついに、光が消える。


「っ……!」


 その瞬間、伊奈がバランスを崩し、前のめりに倒れ込む。杖が手から落ち、からん、と木とアスファルトのぶつかる軽い音が、暗い路地に鳴り響く。

 地に伸び、僅かに身じろぐ小柄な少女。その体から光の粒子が溢れ、華やかな魔法少女の衣装が剥がれていく。


「伊奈ちゃっ……うあっ!」


 その光景に気を取られ、後ろを見ていた怜使も地面に躓く。横に倒れ、幸いにも大きな痛みはないが、もう脚に力が入らない。

 そんな二人に酌量することなく、にじり寄ってくる魔獣たち。奥にもいくつもの影が見え、その数は減ってなお底が見えない。


 恐怖と絶望の瞳でそれらを見上げる怜使。身動きすら取れず、ただへたり込むだけの彼女の視界の端に、不意に紫の光が映り込んだ。


「……だいじょーぶ、だよ、れーちゃん」


 魔獣の足元、地面の上に杖をつき、立ち上がろうとする伊奈。その全身は再び魔法少女の衣に包まれているが、けれどその全身からは淡い光の粒が漂っていた。


 杖に体重を乗せ、震える脚を__否、全身を必死に奮い立たせる。この場の誰よりも小さな体に、鞭を打って。


 先ほどとなんら変わらず、伊奈はもはや戦える状態にない。途切れた変身を必死に繋ぎ止め、体裁を保っただけの虚像。怜使にも見ればわかるほど、その姿は明らかに弱り切っている。

 それでも彼女は、藤咲伊奈は、魔法少女だった。


「れーちゃんは、あたしが守る……ここから先には行かせない、からっ……早く、走ってっ……!」


 血を吐くような少女の叫び。しかし、怜使の方ももう体を上手く動かせない。

 疲労だけではない。魔獣への恐怖が、異質な状況への動揺が、そして伊奈を、友達を見捨てて逃げ仰ることへの抵抗が、怜使の全身を縛って離さない。


 魔獣の手が、伊奈の小さな体を掴まんと延ばされた、その時。


 ふと、怜使の頭に、伊奈の笑顔がよぎった。



「___ああああぁぁぁ!」


 気づけば、怜使は大きく吼えていた。


 鞄から、一本の黒い棒を取り出す。同時に勢いよく立ち上がり、魔獣に向かって走り出した。


 突然のことで、驚いた伊奈が怜使に振り向く。


「れーちゃんっ!?なんで!?」


 目を丸くする彼女を他所に、怜使は手に持つ棒を振りかぶる。


 なんで、と言われても、そんなことは怜使にだって分からない。怖くて手は震えているし、脚もすぐにでも止めてしまいたい。

 あんな怪物に、怜使が立ち向かっていいはずがない。力も、頭脳も、何も持たない怜使に、何ができるものか。


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。飛び出したはいいものの、何か打算があるわけでもない。疲労しきった両脚は動きが鈍く、今にも再び倒れ込んでしまいそうなほど、全身に力が入らない。



 それでも、伊奈を見捨ててのうのうと生きられるほど、怜使の心は強くなかった。



 上段に構えた手元の棒__以前、彩から受け取ったスタンバトン、その持ち手を、右手の親指で探る。

 指先に僅かな違和感を捉え、それをもたらした突起物を力強く押し込んだ。


 バチバチッ、と大きな破裂音が鳴り、棒の先端が眩く光る。

 魔獣たちとの距離は、もう僅か3、4メートル。先頭で手を伸ばす、人型中背の魔獣に向けて、思い切り手中の棒を振りかぶった。


「うあああぁぁぁ!!」


 悲鳴のような叫びをあげ、全力でそれを振り下ろす、その瞬間。


 横殴りの衝撃が、怜使の右手を襲った。


「__っ、いっ、たぁぁっ!!」


 見ると、眼前の魔獣の左手が、怜使の右手を張り飛ばしていた。

 あまりの勢いに肩が外れそうになる。上体は強引に左側へ捻じらされ、バランスを崩した体は尻もちをつく形で地に落とされた。尾骶骨を打つ衝撃に苦鳴を漏らす。


 目を開けると、先ほどまで握っていたスタンバトンが遠くに転がっているのが見えた。


 はっとして魔獣の方を見ると、かの怪物は何事もなかったかのように、そこに立っていた。


「__っ」


 絶望が、怜使の心を襲う。

 怜使に何もできないなんて、最初から分かっていたことだ。魔獣と戦ったことなんてなくても、あれらと怜使では生物としての格が違うことぐらい、頭の悪い怜使にも簡単に察せられた。

 それでも、友達のために一矢報いるぐらいはと、期待したのに。


 思えば、どこかで勘違いしていたのかもしれない。特別な人たちが友人だと呼んでくれるなら、自分も特別なんじゃないのかと。彼女らといるうちに、自分の身の丈を知らない間に忘れてしまっていたのかもしれない。


 どこまで行っても、天音怜使は無力なのだ。__最後の最後で、それを思い出すことになるとは。



 魔獣がゆっくりと前に動き出す。

 死に際に思考が引き延ばされるという噂は、どうやら本当だったらしい。世界が異様にスローモーションに見え、魔獣が前に重心を倒すのが見えた。


 魔獣が両腕を伸ばす。そのまま、へたり込んで動かない怜使を握り潰さんと___



「___へ?」


 不意に、魔獣が前方に倒れ込んだ。すんでのところで両手を地面につき、完全に伏せるのは免れる。しかしその両腕は___否、全身は、大きく波打つように痙攣していた。


「まさか……!」


 視界の奥に打ち捨てられた、黒いスタンバトンを見やる。音も、光も、すでに消えてしまったその先端から、僅かに煙が上がっているのが見えた。

 魔獣に手を弾かれたあの時に、()()()()()()のか。


 その考えに行き着いた瞬間、怜使は再び勢いよく立ち上がった。

 咄嗟に伊奈の手を取って、後方へ走り出す。


「れ、れーちゃん……!」


「逃げよう、伊奈ちゃん!__一緒に、生き残ろうっ!!」


 伊奈の顔も見ず、必死に走り続ける。


 偶然でも、幸運でも奇跡でも、なんでもいい。二人で逃げ切って、また笑い合えるなら、なんだって。


 街灯に照らされるT字路を右に曲がる。そのすぐ目の前に、数体の魔獣が佇んでいた。

 後方からも、魔獣が近づいてくる音がする。


「挟まれた……!」


 怜使の呟きに、前方の魔獣たちが反応する。こちらの姿を確認すると、ゆっくりとにじり寄ってきた。


 三たび伊奈が変身し、杖を構える。変わらず光の粒子が溢れ続ける、ハリボテの変身。それに臆することもなく、魔獣たちは歩みを止めない。


 前から、後ろから、魔獣たちが迫り来る。



「_____ッ」


 __突如、怜使たちの前に立ち塞がる魔獣たちの頭部を、何かが貫いた。


 横から飛来したそれに頭を撃ち抜かれ、声を上げながら横に倒れ込む魔獣たち。どの個体も、地に全身が触れると同時に、霧と化して消滅した。



 呆気に取られる二人の前に、上から一人の少女が舞い降りる。


 あっという間に魔獣の群れを殲滅したのは、たった数本のか細い矢だ。一本につき一体ずつ、正確無比に魔獣の頭部を貫き、いとも簡単に魔獣を撃滅せしめた。

 そして、それを為した者こそ、眼前の少女。


「__あややっ!」


 名前を呼ばれた緑の少女__緋水彩は無表情のまま、怜使たちを瞳に映した。


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