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第十四話 一瞬の隙


 六月のはじめ。中間テストが終わり、生徒たちはみなその結果に一喜一憂する。天音怜使も、そんな普通の高校生の一人だ。

 結果としては、大体どの教科も下の上。高校生活最初の定期テストにして、ひとつも赤点がなかった点はまずまずと言える。

 なお、現代文だけは日々のラノベ鑑賞のおかげか、なかなかいいところまで行けていたりする。基本勉強も運動も不得手な怜使の、数少ない自慢である。


 ともかく、補習は回避したことで一安心。今日のところは寄り道もせず、そそくさと帰ってゲーム三昧と洒落込もう。

 世間一般から見れば散々な結果ではあるが、それなりに勉強もしてはいたので、これは正当なご褒美というべきではないだろうか。


「怜使ちゃん、お疲れ様」


 不意の呼びかけに顔を上げる。もはや聞き馴染んだその声の主は白髪の少女、白金瑠華だ。

 彼女は学年中、どころか学校中にその名を轟かせる優等生。今回のテストでもほぼ全ての教科で満点を取り、学年順位ダントツトップに君臨した。さすがというべきか、もう生まれ持ったものが違う気がする。


「お、お疲れ様、瑠華ちゃん」


 こちらに向かいながら返答を受けた瑠華は、席に座る怜使の前で歩みを止めると、形のいい眉を僅かに寄せて両手を合わせた。


「ごめん怜使ちゃん、私今日は生徒会の集まりがあるから一緒には帰れなくて……でも、彩ちゃんと伊奈ちゃんに頼んであるから、ちゃんとお家まで送ってもらってね」


「う、うん……ありがとう……?」


 前から思っていたが、妙なところで過保護である。例えるなら、孫と接するおばあちゃんみたいだ。

 まあとはいえ、瑠華の心配するところは分かる。というのも、彩や伊奈、そして瑠華にしか対処できない人外の脅威__『魔獣』の存在だろう。


 白金瑠華は、魔法少女である。超常の力を持つ彼女は、同じく超常の力を持つ魔獣と日々人知れず戦っている。それは、同じく魔法少女である緋水彩、藤咲伊奈も同様。

 そして、何の因果か彼女らに課された数奇な運命を、謎の使命感で見届けようと着いて回るパンピーJKこそ、天音怜使である。


 原則、瑠華が同行していない場合は真っ直ぐ家に帰る。これが、戦うどころか自衛する力もない怜使が、彼らの魔獣退治をそばで見学する条件である。今日のような場合はまさに、日々帰宅部で培った帰宅力の見せどころだ。


 魔獣がどこから発生するのか、なぜ人を襲うのか、今のところどちらも不明。それ以外にも生態など分からないことが多いらしく、対応はもっぱら後手に回ることになるらしい。__というのが、ここ一ヶ月で学んだ魔獣退治の現状である。


 とはいえ、というかだからこそ、怜使にそこまでの人員を割いていいのだろうか。

 これまでそれなりに魔獣と出くわしてきたとはいえ、そのほとんどは瑠華たちに同行したが故のもの。偶然魔獣に襲われたのは最初の一回のみである。

 そもそも、瑠華たちに出会うまで、これまでの15年の人生で魔獣と遭遇したことなど一度もないのだ。それほどまでに低い確率を憂うより、俗に言う公共の福祉というやつを優先すべきなのではないだろうか。


「じゃあ怜使ちゃん、また明日」


 物思いに耽る怜使の頭上に、澄んだ鈴の音の声が降る。天使のような笑顔をたたえた瑠華が、小さく手を振っていた。


 まあ瑠華としても、それだけ怜使を心配してくれているということだ。当然悪い気はしない。ここはありがたく、素直にその厚意を受け取っておこう。

 ぎこちなく微笑み、手を振り返した。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 ここ一週間、怜使たちの通う更底高校では、いわゆるテスト週間というやつの最中にあった。

 最後に魔獣に遭遇したのは、それが始まる前日。その日も瑠華たちの魔獣退治に同行していた。そしてそれから一週間、一度も件の怪物とは出くわしていない。

 つまり、怜使が自ら魔獣に近づかなければ、その恐ろしい姿を見る可能性は非常に低い。


 と、思っていたのだが。


「……そんなことってある?」


 人通りもなく、家も多くない閑静な町の一角。

 目の前に聳えるのは、怜使のおよそ三倍はあろうかという巨大な岩。かろうじて人の形と認識できるその巨躯の中でも、さらに不釣り合いに大きな上半身から生えた剛腕がその脅威を十二分に物語っている。

 およそ人智を超えた異形。言わずもがな、魔獣である。


 今日は本当に寄り道もせず、ただ最短ルートで家路を辿っていただけなのに、奇しくも瑠華の案じた通り魔獣に遭遇した。

 それも、別に悲鳴が聞こえたとか、魔獣の気配を感じたとかで自ら近づいたわけではない。ただただ、街角ばったりというやつである。

 しかし、そのことに驚きはあっても、不安や恐怖は感じない。


「__もうっ、また岩!?」


 右隣から、可愛らしい声が聞こえる。視界の端に、小さな影が映り込む。

 金色の髪を靡かせるその影__藤咲伊奈が魔獣を見据える。と同時に左からもう一人、少女が前へ歩み出る。

 眠たげな瞳の少女だ。緑の髪を揺らす彼女の名は、緋水彩。

 次の瞬間、二人の少女の体が眩い光に包まれた。一瞬の間をおいて光が晴れ、中から可愛らしい衣装に身を包んだ二人の少女__否、魔法少女があらわれた。


 彼女らこそ、瑠華に頼まれ怜使の護衛についた二人の魔法少女にして、日々魔獣と戦う瑠華のチームメイトである。

 二人の実力は折り紙つき。伊奈の攻撃魔法の威力も、彩の機転の利いたサポートも、魔獣を圧倒するに足るものである。あくまで、ただの野次馬である怜使から見て、の話だが。

 ともかく、そんな二人に守られていれば、不安も恐怖も抱きようがない。


「れーちゃん、危ないから下がっててっ!」


「う、うん」


 伊奈の警告に従い、戦場から少し距離を取る。その声に反応したのか、魔獣が重い音を立てて伊奈の方へ駆け出した。

 一挙手一投足で全身の岩がぶつかり、擦れ合い、ゴリゴリと削り合う音がする。


 その瞬間、ギンッ、という音と共に、魔獣の頭が大きく弾かれ仰け反った。

 見ると、彩がライフルを構えて腰を落としていた。銃口の先にはサイレンサーがついており、さらにその先からはゆらゆらと僅かに煙が伸びている。

 固有魔法によるライフルの創造、魔獣の頭部を撃ち抜く正確な狙撃能力、あまりに器用で迅速な対応に舌を巻く。


「__硬い」


 しかし、魔獣は倒れることなく体勢を立て直し、すぐさま猛進を再開。よく見ると、銃弾に撃ち抜かれたはずの場所には弾痕こそあれ、深い傷は見当たらない。

 あの岩の体表に、銃弾の方も弾かれたようだ。結果として、彩の初撃は魔獣を僅かに怯ませるに留まった。

 しかし、その一瞬の隙が趨勢を分ける。


「だったら、これでっ!」


 声の方を見ると、伊奈が大きな杖を手に構えていた。魔獣に向けられた杖の先端には虹の光が集約し、小さな星々の奔流が少女の体を包み込む。

 その光は、これまでに見たいずれのものよりも大きく、眩い。彩が作った時間を最大限利用した、渾身の一撃。


 光が膨れ、溢れ、放たれる。



「__『プリズムバースト』っ!」



 瞬間、魔獣の体が極光に覆われる。

 あるいは大気をも焼き焦がさんほどの一撃。一筋、と呼ぶにはあまりに大きく、あまりに眩いその光に呑まれ、魔獣の姿は影すら目視できない。


 数秒経って光が消える。周囲には突風で巻き起こった土煙が漂っていた。


「ふぅっ!一件落着だねっ!」


 煙が晴れ始め、中からあらわれた伊奈が砂埃を払いながら一息。

 相変わらずの威力だ。彼女の関わる戦闘はいつも一瞬で片付くので、見ているこちらとしても安心である。今回もこうして__


「__!伊奈!」


「え?」


 彩が声を上げたその瞬間、煙の中から大きな何かが飛び出す。伊奈が彩の声に反応すると同時に、それは目にも止まらぬ勢いで少女の胴体に叩きつけられた。


「ぐぅっ!」


 苦鳴を漏らしながら、伊奈の小柄な体が吹き飛ばされる。勢いよく地面を跳ね、転がり、十メートルほど飛ばされたあと、静止した。


「っ!い、伊奈ちゃん!」


「ぅ、あ……けほっ、けほっ……」


 か細くも聞こえてきた伊奈の声に安堵するが、しかし混乱は抜けない。困惑するままに、伊奈が元いた辺りを見やる。

 先刻より、いくらか煙は晴れていた。何が起きたかと、目を凝らす。

 

 もやもやと漂う灰色の煙、その隙間__そこに、硬く拳を握った岩塊の腕があった。


 煙が晴れ、視界が広がる。それに伴い、腕から胴、胴から脚と、その全容が顕になる。

 伊奈の『プリズムバースト』を受けてなお、五体満足の岩の魔獣。ところどころが欠け、削れてはいるものの、先ほどと変わらぬ巨体で以って伊奈を殴り飛ばしたのだ。


「そんな……あれでダメなんて……」


 魔獣の剛腕、その一撃を受け地に伏す伊奈は、微かに身を捩らせてはいるものの、未だ立ち上がるどころか起き上がることすらままならない。

 困惑と絶望に揉まれながら、再度魔獣に視線を移した。その巨体を見回し__魔獣と、目が合った。


「ひっ……」


 声が出ない。呼吸もできない。身体が動かない。

 それまでのあらゆる感情を、思考を、ただ恐怖だけが塗りつぶしていた。


 魔獣がこちらに向き直り、ゆらりと動き出す。そのまま徐々に加速し、迫ってくる。


 ギンッ、と音を立てて、またもや魔獣の頭が横に弾かれる。視界の奥では、彩が再びライフルを構えていた。

 しかし、弾かれただけだ。先刻と同様、銃弾は岩を貫かない。伊奈は未だ動けず、一瞬の隙も意味を成さない。

 魔獣が体勢を立て直し、再び駆け出す。それでも、怜使は恐怖に支配され、硬直した身体は一歩たりとも動かない。


 気づけば、魔獣がすぐそこまで来ていた。

 巨体ゆえに鈍重な魔獣の猛進。それでも、怜使にとって彼我の距離が詰まるまでは、ほんの一瞬のことであった。


 魔獣が拳を振りかぶる。

 世界がスローモーションに見える。しかし、死の瀬戸際に立ち、本能が警鐘を鳴らし、感覚が鋭敏に研ぎ澄まされた今この瞬間でさえ、怜使はその破壊を避けられない。

 横から剛腕が振り抜かれ、少女の脆弱な体が砕かれ、ひしゃげ、潰されて__


「__っ!?」


 その直前。  

 怜使の体が、何かに優しく突き飛ばされた。


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