第五話 レンの初プレイ
side:レン
「レンくぅーん! お待たせー!」
待ち合わせ場所にいると水樹さんの声がふってくる。
隣で葵羽さんが赤面してうつむいていたのは言うまでもない。
そう! 今日はついについにのサーカス当日。張り切って来たのはいいけど、張り切りすぎてないかなぁ? ちょっぴり心配になる。
でも……ね、服なんて多分普通だし(白のシャツに青のジーパン。そして黒のジャンパー。完全無欠の地味コーデである)。
気になって二人の服装を見てみる。
葵羽さんはダボッとした黒の長袖と長ズボンにネックレスをつけていて、服のところどころに白い模様がついている。なんか、もう、オシャレ上級者感がバンバンでてる。
水樹さんのは、白のシャツの襟もとに黒の紐っぽいリボンがついていて、その上に黄色い毛糸のカーディガンをはおっていた。
藍色のスカートも膝が見えるか見えないかぐらいの長さで、まぁ、単刀直入に言うとかわいい。
「おはろー」
「お、おはろー……?」
ナゾの挨拶を満面の笑みで吐く水樹さん。
とりあえず彼女にあわせて挨拶してみる。
「レンくん、あんまりムリに水樹に付き合わなくてもいいよ」
「えぇーっ! なんでぇーっ? そんなこと言うなら葵羽とは突き会いたいんだけど」
「恐怖でしかない」
葵羽さんの冷たい表情はスルーして、水樹さんはふっふっふ、と笑う。
メンタル鋼だなぁ。
「いやぁ~、サーカス! いいね、この雰囲気! 人もたぁぁぁぁぁっくさんいるよ!」
ニコニコ辺りを見回す水樹さん。その瞳は幼い男の子のような、好奇心たっぷりのものだった。
確かに僕らの周りは人、人、人、人。
人は人でもお客さんがいたり、ピエロがいたり、受け付けの人がいたり、ゾウがいたり(←人じゃないじゃん)様々だ。
他に目立つのはカラフルなテントたち。
赤や黄色などの明るいテントがいっぱいで、たまに目がチカチカする。
いたる柱という柱にスピーカーがあってそれから『剣闘士の入場』が大音量で流れていた。
BGMが大きいせいか人間の声も大きい。
まさにサーカスって感じだ。
僕としては結構うるさいなーって思っちゃうけど、まぁ、さすがに言うのは良くないかなって思って言わないでおいた。
「じゃぁ行こうか」
「うん……あ、」
葵羽さんに誘われ僕が動こうとした途端、
ガラガラガラガッシャーン!
リュックの中の荷物がリュックの底を突き抜けて出てきた。
うぅ、やっぱり張り切りすぎて荷物多かったかな?
恥ずかしくなって顔を両手でおおう。もう声も出ない。
ぽくぽくぽくちーん。
僕と葵羽さんと水樹さんの周辺だけ盛大な沈黙が流れる。
きっとフォローの言葉が出なかったんだろう。
「すみません……!」
なんかとってもいたたまれなくて頭を下げた。
あぁ、嗤われる。
僕は覚悟して目をつぶった。
しかし葵羽さんたちはそんな嫌な人じゃなかった。
二人は目をあわせるなり、
「っははは!」
「ふふふふふふっ!」
と笑いだした。
絵文字で例えるならこれ↓
'`,、('∀`) '`,、 '`,、('∀`) '`,、
え? え?
予想外のことに僕はあたふた視線を右往左往させる。
「いや、レンくん荷物多すぎだよ~」
「すみませんっ」
「謝ってほしいんじゃなくて……その、面白いなって」
嗤っているんじゃなくて笑ってくれている。
純粋に、ただただ楽しそうに笑ってくれている。
「レンくんなにこれ~、着替え? 下着まで! しかも五着ずつあるし!」
「もし雨が降ったら怖いなぁって思って……」
「服の色が全部同じなのすごいなぁ」
「いやいや! このフライパンは?」
落ちた荷物を拾いながら二人がおかしそうに聞いてくる。
「もし地震が起きて家に帰れなくなったときにあったらいいなぁって」
「「ガチの心配性だ」」
葵羽さんと水樹さんが顔をあわせて同時につぶやく。
「荷物は、どうする? まだまだ落ちてるよね。リュックは壊れてるし……」
「はーいはいはーい!」
水樹さんが勢い良く手をあげた。
すごく自信たっぷりの表情。
水樹さんっていざというときに役立つんだよね。
僕は人間観察が得意だからよく知ってる。
「私ね! エコバッグ十個持ってきたから貸すよ」
「なんで十個もあるの?」
「レンくんがつっこめることじゃない……」
とりあえずありがとう、とエコバッグを借りることにした。
「いやー! 準備しておいてよかったぁー!」
水樹さんは嬉しそうにうなずく。
人って貢献すると幸せになれるらしいからね(急な哲学)。
「今度こそ行こっか」
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チャーララチャーララー
陽気なBGMがテントに響く。
ライオンが火の輪にめがけてジャンプ。火の輪の火は、ライオンが通ったときにおきた風になびいた。
スタッと着地すると観客席からワーっと歓声があがる。僕も歓声をあげた一人だ。
ひやひやした……。いや、今もひやひやしてしょうがない。
と思いながらライオンを見ていると、
「あっ」
幕の後ろで動物使いがライオンにエサをやっているのが見えた。
ただそれだけのことなのになぜかとても切なくなった。
エサのために見せ物にされて、しかも命がなくなるかもしれないのに……。
なんか胸の奥がじわわわわと熱をもったなにかに侵食された感じがする。
体はすごく熱いのに表面だけには冷気がただよっているみたいだ。
そんな僕の想いはムシして公演は続く。
「こんにちは、みなさん」
動物はいなくなり、新しく女の人が出てきた。
道化師だろうか? 派手な紫と黄色のチェックの衣装をまとっている。
まぁ、普通の道化師だろう。
僕はポップコーンを口に含んで道化師を眺めていた。
しかしこの後すぐに、僕の予想が間違っていたと気づかされるのでした。