三度目のキス
「君みたいに不安な気持ちを相手に押し付けるのはどこか違うと思うよ」
拓馬は唇を噛んだ。
不安という言葉にわたしはドキッとした。
拓馬は完璧で何かを不安に思うことなんてないと思っていた。
わたしを好きだと言っても、得意げで自信たっぷりだとどこかで勘違いしていたのだ。
館山君がわたしに目くばせした。
わたしは思わず声をあげそうになる。
「俺は帰るよ。返事はまた今度聞かせてくれればいいから」
彼はそう言い残すと、そのまま昇降口の外に出て行った。
拓馬はわたしの手をつかむ。
「帰ろう。あの人は何だよ。最初から」
彼のプレゼントはわたしへの告白じゃない。「きっかけ」だったのだ、と。
わたしは動き出さなかった。
拓馬は虚をつかれたようにわたしを見た。
「美月だって、とっとと断れよ。あんなやつと付き合ったりしないだろう」
「拓馬はわたしの気持ちを考えないの?」
思わずそんな言葉が出てきた。
「そんなの」
拓馬は口ごもる。
彼を責めたかったわけじゃない。
拓馬がこうやって強引なのも、彼のもともとの性格もあるだろう。だが、きっとわたしが彼に何も言わなかったのもいけなかったんだろう。
不安なのはわたしだけじゃない。拓馬だって同じだったのだ。
館山君のあの言葉はわたしにも向けられていたんだろう。
「だったらあいつと付き合うつもりなのか?」
「そんなことは言ってない」
「だったら」
何を言えばいいんだろう。わたしの中にあるいろいろな気持ち。
けれど、その根底にあるのは……。
「わたしは拓馬が好きなの。だから、誰かとは付き合わない。拓馬がもうわたしを思っていなかったとしても変わらない」
オブラートに包もうとしたのに、ストレートな言葉が零れ落ちてきた。
拓馬の気持ちがわたしになければ、もうこの関係も壊れるだろう。
でも、ああやって怒ってくれたことが、わたしに勇気を与えたのだ。
これもプレゼントの一部だったのだと今なら分かる。
拓馬は目を見張る。
わたしと拓馬が見つめあう状態になっていた。
「好きって」
「そのままの意味だよ」
わたしは寂し気に微笑んだ。
拓馬が全く反応しなかったから。
「奈月と待ち合わせてから、帰ろうか」
きっと館山君の好意を無駄にしてしまった。わたしがずっと素直にならなかったから。
歩きかけようとしたわたしの手を拓馬が掴む。
振り返り、わたしは拓馬の顔が真っ赤になっていたのに気付いた。
「拓馬?」
わたしの声に反応するように、拓馬はわたしを抱きしめていた。
わたしはとっさのことに頭が混乱する。
「拓馬、学校なんだよ。誰かに見られたら」
「別に俺は構わないよ。美月が相手なら」
わたしがもがくと、彼の腕の力が強くなっていった。
強い力。もう小学生のときの頃とは違うと改めて感じさせる。
彼が離す気にならないとダメなんだろう。
「本当に強引なんだから」
わたしはあきれ声を漏らす。
そのとき、拓馬の手が離れた。
「拓馬?」
「だから、あいつにああいうことを言われるんだよな」
拓馬は髪の毛をかきあげた。
彼なりに館山君が言っていたことを気にしていたんだろう。
「でも、美月が俺を好きでいてくれるとは考えたことはなかった。今日から俺の彼女か」
拓馬は顔をくしゃくしゃにして嬉しそうに微笑んだ。
「彼女」
自分で口にして顔が赤くなるのに気付いた。
だが、わたしは拓馬と一緒にいた女の子のことを思い出した。
両想いになったからといってすんなり現状を受け入れることなんてできない。
「拓馬と一緒にいた女の子は誰なの?」
「千江美じゃなくて?」
「夏休み明けに、きれいな女の人と近所のスーパーで。拓馬は頭を撫でらていた」
拓馬は腕組みをすると、あごに手を当てた。
「鈴木のことかな」
拓馬は苦笑いを浮かべた。
「誰?」
「前、同じ中学だった人で、夏休みからこっちに越してきたらしいんだ。それで連絡をもらって何度か会ったことある」
「でも、親しそうだったから。それに言ってくれなかったでしょう。彼女に会った、と」
「そうだっけ?」
「そうだよ。だからわたしは拓馬に何も聞けなくなった」
拓馬が笑うのが分かった。
「ごめん。そこまで深刻に考えているとは思ってもみなかった。美月がクラスメイトにスーパーで会っても俺にわざわざ言わないだろう。それと同じ感覚だったんだよ」
言われてみるとそうだ。例えば佳代に会ったとしても拓馬にわざわざ言ったりはしない。
「美月は早とちりしすぎなんだよね。まあ、本人から否定してもらいたいなら、してもらってもいいよ。向こうも美月に会いたがっていたからね」
「どうして? わたし、知らない人だよ」
彼はわたしの良く知る彼になっていた。悪戯っぽく、少年のような瞳。
「告白されるたびに、美月の事を言っていたから、美月は有名人なんだよね。彼女も美月に会いたがっていたよ」
「何で、そんな人に言いふらすのよ。おかしんじゃないの」
「もう十年以上好きでいつづけたんだ。おかしくくらいなるよ」
拓馬はそういうと、わたしの頬をつねった。
拓馬の顔が近づいてきて、わたしは目を閉じそうになり、我に返る。
わたしは拓馬の口を塞ぐ。
「ここ学校だから。ありえないから」
「じゃ、俺の家にくる?」
拓馬は残念そうに微笑んだ。彼には羞恥心はないんだろうか。
でも、心の中に思い描くその後はわたしも一緒で、拓馬の言葉に首を縦に振った。
「その前に奈月と待ち合わせしないと」
随分時間がかかってしまった。彼女も待ちくたびれているだろう。
そう思い、携帯を手に取った。
だが、携帯には一通の新着メールがあった。
差出人は奈月からだ。
そこには拓馬と仲直りできた? わたしは先に帰るから拓馬と帰るといいよ。じゃあね。
そう書いてあった。
ということは館山君のプレゼントは奈月も知っていたんだろう。
二人はお互い顔くらいは知っているだろうけど……。
二人か、それ以上の人がかかわっている誕生日プレゼントだったのだろうか。
「じゃ、帰ろうか」
「やっぱり少しだけ」
拓馬はそういうと、わたしの唇に軽くキスをした。
優しく触れるだけのキス。だが、わたしの胸の鼓動は早いテンポで刻み続ける。
再会した時のキスは驚きが上回り、それどころじゃなかった。
今はどきどきのほうが数倍上だ。
わたしの顔が赤く染まっていたと思う。
「拓馬」
「誰も見ていないから大丈夫」
拓馬はわたしの手を握る。
「学校だから」
わたしは彼の手を振り払おうとするが、拓馬はわたしの手を離そうとしない。
わたしは観念して、誰かに会わないことを祈りつつ、彼の手の感触を味わうことにした。
拓馬の家に寄り、家に帰ったわたしは千江美と奈月に出迎えられた。
「じゃ、わたしは家に帰るね。ばいばい」
千江美はそういうと屈託のない笑みを浮かべ、拓馬と一緒に帰っていく。
「わたし」
「付き合うようになったんでしょ? 拓馬を見ていたらすぐに分かった」
「いつもと変わらないと思ったけど」
「そんなことないよ。すごく嬉しそうだった」
「そっかな。でも、お父さんとお母さんにはしばらく言わないで」
わたしが鈍いのか、彼女が良く見ているのかは分からない。
だが、わたしは彼女には叶わないんだろうと何となく感じ取っていた。
両親は幸いまだ家に帰っていない。
「分かった。わたしがそこまで口に出すこともでもないしね」
「でも、何で分かったの? 拓馬は一言も言わなかったよね」
わたしの言葉に奈月が笑う。
「修行が足りないんじゃない?」
「修行?」
予想外の言葉に、問いかけ直していた。
だが、わたしを見て奈月は笑う。
「冗談。多分千江美も気づいているよ」
その名前を聞き、胸がちくりと痛んだ。
「千江美は拓馬のことは割り切ったみたいだから大丈夫だよ。
お姉ちゃんは自分がいない時の拓馬がどんな顔をしているのか知らないだけなんだよ。お姉ちゃんと一緒の時はすごく嬉しそうにしているよ。今日はいつも以上に幸せそうだった」
奈月はそういうと、優しい笑みを浮かべていた。




