わたしは年下の幼馴染に振り回されています
胸を高鳴らせながら玄関の扉を開けると、玄関を出ると明るい笑顔に出迎えられる。
「おはよう」
わたしは胸を高鳴らせながら挨拶をするが、彼はいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。
あのままメールなどのやり取りもしていないため、まだ恋人になったという実感は薄い。
「行こうか」
彼は優しく笑うと、歩き出す。
わたしは少し先を歩く拓馬を、手を握り締め呼び止めた。
「拓馬のこと好きだと言ったけど、受験だから、デートとかはできないと思うの」
わたしの言葉に拓馬は笑っていた。
「そんなのどうでも良いよ。美月が無理なく、一緒に居てくれるならそれが一番嬉しい」
わたしは彼の言葉に嬉しくなり、頷いた。
だが、周りから笑い声と、言葉が聞こえる。わたしたちを微笑ましいと言うものだったが、恥ずかしいことには変わりない。
わたしは拓馬の手を取り、早くいこうと急かした。
「朝から仲がいいですね」
落ち着いた声に振り替えると、そこには翔子が立っていた。
わたしは思わず拓馬の手を離した。
「別に照れなくてもいいと思いますよ。注目は浴びてますけどね」
わたしは誰にも言っていない。拓馬を好きだった彼女には言うべきか、判断に迷っていた。
いいかけてはやめるを繰り返し、結果的に口をぱくぱくさせるわたしを見て、翔子は笑い出した。
「妹さんからメールで聞いたので、知ってますよ。付き合い始めたんですよね」
「奈月から、何で」
「きっとお姉ちゃんは言わなきゃいけないと思って言い出すのに時間がかかるから、教えておくって書き添えられていました。おめでとうございます」
翔子は綺麗な笑顔を浮かべ、わたしの肩を叩いた。
その時、翔子は別の子に呼び止められていた。見た事のない子だ。
彼女はわたしたちに挨拶をすると、その子と一緒に歩き出す。
翔子は明るい笑顔を浮かべていた。
「あれから、良く笑うようになって、友達も結構出来たんだよ。松方先輩とか佳代先輩は顔広いしね。その繋がりで」
「佳代のこと名前で呼んでいたの?」
「本人の命令でね」
わたしは妙に納得した。佳代なら言いかねない。
「そっか」
今の楽しそうに笑う彼女を見ていると、きっと良いほうに状況が変わっているのだと実感した。
拓馬と別れ、教室に入ろうとしたとき、ふと嫌な事が頭を過ぎる。
翔子に言った奈月が彼女に言わないと問いかければ、わたしは即効ノーと答える。
案の定、教室に入ると、笑顔の里実と佳代に迎えられた。
「付き合う事になったんだ」
目を輝かせる佳代にこっちが戸惑う程だ。
「まあ、一応ね」
「ついこの間まで受験生だって言っていた人とは思えないね」
里実の言葉に胸が痛む。
胸の痛みから、顔を伏せるわたしの肩を、彼女はぽんと叩く。
「まあ、良かったよね。拓馬君も思いが実って」
「そこはわたしじゃないの?」
「だって、拓馬君は十年くらい好きだったんでしょう? 四年も美月に会えなかったのに。中学でも相当もてたと思うよ。あれは」
「否定はしないけど」
「拓馬君を泣かせないようにね」
そこはふつう逆だと思うが、今までの年月を思えばそう言い放った親友の気持ちは分からなくもなかった。
「頑張ります」
わたしは苦笑いを浮かべて、そう答えた。
「里実たちが館山君に頼んだの?」
「何が?」
「プレゼントのこと」
「何かもらったの?」
二人は不思議そうに首を傾げた。
ということは奈月と館山君の二人の独断だったのだろうか。
「ちょっとね」
わたしは告白のことは言い出せずにあいまいにごまかした。二人もそれ以上は興味がなかったのか、拓馬への話題に移っていった。
昼休み、館山君が教室を出て行くのを見計らい、わたしは彼の後を追った。
「昨日のこと、いろいろと迷惑をかけてごめんね。ありがとう」
「無事に付き合えたみたいでよかったよ」
「そうだね。きっと何もなかったら言い出せなかったままだと思う。奈月と何か話をしたの?」
「いろいろとね」
「でも、奈月も館山君にあんな嘘つかせるなんてね。本当、ごめんね」
わたしの言葉に館山君は意外そうな顔をした。
「嘘だと思う?」
「だってプレゼントだって」
彼は苦笑いを浮かべていた。
「妹さんに無理に嘘をつかされたわけじゃないから。彼と仲良くね」
わたしは館山君の言葉に頷いた。
放課後、拓馬と一緒に帰る約束をしていたが、昇降口についても彼の姿は見当たらなかった。
そのとき携帯にメールが届く。発信者は拓馬。
慌ててメールを開くと、そこには学校の近くの公園に来てほしいと書かれていたのだ。
わたしはその公園に行くと、自分の顔がひきつるのが分かった。拓馬の隣に立っていたのはすらりとした髪の毛を短く切った女性の姿がある。あの拓馬と一緒にいた中学の同級生だ。
二人は辺りを見渡し、偶然会った様子には見えない。
二人が待っているのはわたしだろう。
そう思うと観念して二人の近くまで行く。
「悪いな」
「あなたが美月さん?」
意外に高い声がわたしの耳に飛び込んできて、彼女はわたしの手を取った。
「可愛い感じの人なんだね」
「てことで、もう用事は済んだよな」
拓馬がわたしたちの間に入り、わたしの肩をつかんだ。
そのとき、彼女の手にしていたスマホからシャッター音が響いた。
「お似合いだね」
拓馬を見るが、嬉しそうな顔をしていて頼りにならない。
「あの、今わたしのことを写真に撮りましたよね?」
「撮りました」
彼女は悪びれた様子もなく笑顔で返事する。
「きっと他のみんなも『美月さん』を見たいだろうなと思ったので。だって美月さんってわたしの中学では有名だったんですよ」
「だからって」
「大丈夫。見たら削除するから」
妙なのりに押され、わたしはそれ以上強く消してくれと言えなくなった。拓馬にもこうして無理やり待ち合わせをして、わたしと会うことを迫ったんだろうか。
「じゃあね。これ以上二人の仲はじゃましませんから」
彼女は笑顔でその場を去っていく。
わたしたちはその場に取り残され、彼女を見送っていた。
「また、つり合わないって言われるかもね」
聞きなれた言葉だが、何度言われても心地良い言葉ではない。
「そんなことないよ。美月は世界一可愛いし、性格もいいし」
彼に同意を求めるのは諦める事にした。
彼はメールで付き合うようになったと伝えておいたが、学校が終わった時、彼女から近くにいるよ呼び出されたらしい。そして、いまに至るというわけだ。
「やっと高校で追いついたと思ったら大学で、大学出たら、美月は働き出すだろうし、ずっと追いかけっこだね」
「そこで終わりじゃないかな」
二十二歳になった拓馬がどうなっているかは全く想像できないし、二十四歳になったわたしはもっと想像できない。少しは「大人」になれるんだろうか。わたしと拓馬の関係も今のままでいられるのだろうか。今以下の関係になるのは正直考えたくない。
「そこから三年か四年くらいかな」
「何が?」
「結婚できるとしたら」
「結婚」
突拍子もない言葉に思わず叫んでいた。
「そんなに驚く事かな。俺は普通に考えているけど」
「気が早いよ。だいたいわたしも拓馬も高校生じゃない」
突拍子もなく、わたしを世界一可愛いとのたまう彼に、これからも振り回されていくんだろう。
それでも悪くないと思ってしまうのは「彼」だからだろう。
彼はもっとかっこよくなって完璧な人になっていくんだろう。その度に劣等感を感じるかもしれない。
周りに言われるかもしれない。
でも、私が彼と一緒にいたいと願うなら、劣等感を感じるだけではなく、わたしに甘い言葉を囁いてくれる彼に甘えるだけではなく、わたし自身が彼にもっとふさわしい女性になろう。
わたしはそう心に誓い、隣に並ぶ年下の彼を見て、笑顔を浮かべた。
終




