ENDING
帝国首都、その中央にある巨大な学園──フィオーレ学園。将来有望な魔法使い、騎士見習いの生徒達が切磋琢磨し、学び、成長するその場所の1つ、東側の校舎がほど近い中庭で大きな爆発音が起きる。
一般的な学校であれば事件だと言われるような音だったとしても、この学園では数日に1度程度は聞こえるような日常的な音だった。
「す、すみませ~ん……また失敗しちゃいました……」
栗色の髪の生徒が、魔法を失敗させて土埃を被った状態でこちらへ駆け寄ってくる。
「大丈夫だよ~、これくらいならすぐに直せるから」
彼女は失敗した生徒が作った穴を見て、笑顔でそう言うと杖を取り出して穴に向かって杖を振る。
「星霊さん、あの大きな穴を直して欲しいな。お願いしてもいい?」
彼女の声を聴いた星霊は、生徒の作った穴の周囲の土を動かしていき目に見えるほどの速さで穴を塞いでいく。
その様子を見ていた生徒は感動した様子で彼女に、
「す、凄いです……私が呼びかけるとこんなに正確で丁寧な感じにならないから……」
「んー……私が見た感じだとね、貴女の呼びかけだとちょっと星霊が力を入れ過ぎちゃってるから、あんな風になってるのかなって思うな」
「力を入れ過ぎちゃってる……ですか?」
生徒の言葉に彼女は優しく頷いて
「うん。呼びかけ方は合ってるんだけど、貴女の言葉はこうして欲しい~っていう気持ちが強く伝わり過ぎちゃってる……って感じかな。もちろん、それは悪い事じゃないけど魔力の消費も荒くなっちゃうから、もう少し丁寧に呼びかけて見るともっと良くなるかもね」
彼女は優しくそう生徒に教えていく。その言葉を聞いて、生徒は目を輝かせて再び星霊術の練習に戻っていく。
「お休みの日なのに色々な事を教えてくれて本当にありがとうございます、シエル先生!」
ペコリとお辞儀をして再び練習場へ小走りで戻っていく生徒を見ながら、シエルは笑顔で手を振って見送る。
それからシエルは校舎の中に入って、すれ違う生徒達にあいさつを交わしながら工房区へ顔を出す。そこには数人の生徒とドワーフ達が作業に励んでいた。鉄を打ち付ける音、木材を削る音などの中で時折奥からドワーフや生徒たちの叫び声のようなものが聞こえてきた。
「ありゃ……? まだ戻って来てないのかな……」
シエルが工房の中をふらふらと生徒たちの様子を見ながら見て回っていると、ガタイの良い一人のドワーフがシエルに話しかけてくる。
「今は何を探してんだい? 嬢ちゃん、ああ……そういやもう先生って言った方がいいのか?」
「別にどっちでもいいよ、アトラの呼びたいように呼んで。生徒の時からの付き合いだもん」
「はっはっは!! そうかい。じゃあ嬢ちゃんの方が呼びやすいからそっちだな! んで、今日は何の用事なんだ?」
「エリーを探してたんだけど……まだ戻って来てないのかな~って」
シエルがそう訊ねると、アトラは不思議そうな表情をして
「ん? エリーの嬢ちゃんならちょっと前に見たぞ? どういう状況かよく分かんねぇけど入れ違いになったんじゃねぇかな」
「えー……そっかあ……分かった、ありがとうアトラ」
「おう、また何か作って欲しいものがあれば俺を頼ってくれよ、あんたらならいつでも歓迎するぜ」
シエルはアトラに手を振って工房を出る。エリーが行きそうな所を考えながらシエルは学園内を歩いて回る。その間にも、シエルは学園内でも人気が高く、歩いているだけでも生徒たちに声をかけられたりしていた。星霊魔法という今はまだ広まっていない分野の教鞭を取っているのだが、それでもシエル本人の雰囲気や人柄で人気を集めていた。
(えー……ほんとに見つからないんだけど……どこにいるんだろ……)
シエルは学園の中を歩き回って他の教師や生徒達にも話を聞いてみるが、どうにも入れ違いになってしまっているようだった。
それからしばらくの間歩いて回り話を聞くも、やはり入れ違いになっているようだった。他にエリーの行きそうな場所を探し続けて最後にたどり着いた場所は、
「……ここに居なかったら、わかんないかな!」
かつてシエル達が所属していた部活、迷宮探査部の離れの一室。通称宝殿だ。
名前の由来はシエルとエリー、そしてルリとクオンの4人が集めた迷宮戦利品の数々が詰め込まれている部屋だ。あらゆる迷宮の魔道具や魔物の素材が雑多に置かれて保管されている場所で、生徒たちが入る事も出来ない訳ではないが、強力な素材には魔力が宿っているものが多い為普通の生徒は近づくだけでも倒れてしまう危険性がある。
なので基本的にはシエル達4人か、彼女たちが信頼している人間以外には入らない様に伝えられていた。
「エリーいるー?」
扉を開けてシエルが呼びかけるも中からの返事は無く、いつものように埃の混じった空気の匂いがシエルを迎え入れる。定期的に順番で手入れをしている為埃を被っているような物は無いが、魔道具や処理済みの魔物の素材などが雑多にかつ大量に辺りに置かれている。
「んー……ここにもいない……?」
シエルがため息をついてもう一度エリーを探しに行こうとしたその時、
「あ! シエル、やっと見つけたわ……」
「私もだよー……ずっと入れ違いになってたよね」
「ほんとにね……こういう時は運が無いわよね、私達」
2人はそう言いながらくすりと笑う。エリーは宝殿の奥へ入っていきいくつかの素材を持ち出すと
「……待たせたわね。ようやく全部揃ったわよ」
「ほんと!?」
エリーの言葉にシエルの表情がパッと輝く。
「ええ、だから一先ず開けた場所へ行きましょう? 広い場所の方がいいのよね? 確か」
「うんっ、外に行ってから始めようっ」
シエルがエリーを連れて外へと出る。校舎から少し離れた人気のない所に向かい、シエルは地面に魔法陣を投影し始める。慎重に魔力を流し魔法陣を構築していく。
その様子をしばらくエリーが眺めていると、準備が完了したのかシエルがエリーの方を向いて、
「エリー準備できたよ!」
シエルのその言葉を聞いてエリーはシエルの作り上げた魔法陣の上に素材を置き始める。エリーが持ってきた素材を置き終わると、最後にシエルが小さな翡翠色の宝石のようなものを置く。
「……これで、成功するはず……お願い」
シエルはぎゅっと目を閉じて祈るような仕草をしてから、覚悟を決めて魔法陣と向き合う。
『今亡き風の女王。彼方よりの盟約を以て、今一度我が元へ。その風を今再び世界へ吹かせよ!』
シエルの詠唱により魔法陣が光を放つ。シエルの置いた翡翠色の宝石を核とするように置かれていた素材とシエルの魔力が溶けて混ざり合い、宝石に吸い込まれていく。
濃密な魔力が魔法陣を中心に渦巻いて、徐々に人の形が作られていった。その形が完成すると、魔法陣の光と渦巻く魔力も落ち着いて霧散していく。
そして現れた姿は、宝石と同じ翡翠色の髪と海のような蒼い瞳。──あの時と変わっていない彼女の姿だった。
「……う……あれ……? 私……」
魔法陣の中心で座り込む彼女が状況を飲み込めていない様子だったが、シエルはその姿に感極まって思わず抱き着きに行ってしまう。
「シルフィード……っ!」
「へぁっ!? し、シエル……!?」
驚いているシルフィードをよそにシエルの瞳からは嬉しさと安堵の涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「え、えっ……どうして泣いてるの!? っていうか……私……え、ええ……?」
シルフィードが全く状況を分からないまま狼狽えていると、エリーが横から
「シルフィード、貴女はどこまでの事を覚えてる?」
「どこまでの事……? えっと……確かシエルを助ける為にあの女と戦って……それで……」
「うん、記憶が混じってるとかは無さそうね。安心したわ」
「……ってことは、やっぱり私、死んでた……よね? っていうか……2人とも、なんかイメチェンした? 髪も伸びてるし……大人っぽくなったって言うか……」
シルフィードが不思議そうにそう言うと、シエルが涙ぐんだ声でシルフィードの胸から顔を上げて
「だって、8年もかかっちゃったから……」
「そ、そんなに……!? 」
「そうだよー、シルフィードの身体を作るためには星霊魔法……って私が言い出したんだけど、星霊の事をもっとよく知って、シルフィードの身体を作れるだけの素材を用意して……ってしてたらこれだけかかっちゃった。でも……シルフィードを蘇らせる事が出来たって事は……他のみんなにもまた会えるって事だよ!」
シエルがそうシルフィードに力説する。シエルにとって、いやシエル達にとってシルフィード達霊姫はかけがえのない仲間だった。だからこそ、何としても取り戻したかったのだ。
「だから……もう一度みんなと、会いたいんだ……だから、手伝ってほしいの、シルフィード」
「うん、もちろん。任せてよ、シエルの頼みだしね」
「私もいるし、ルリとクオンだっているからきっと何とかなるわ」
◇◆◇◆◇◆◇
真っ白な空間に2人の少女がいた。1人は夜闇のような黒い髪、もう1人は純白のドレスを身を纏い虚空を見つめていた。
「……随分と長かったね、今回は」
「うん。ようやく……僕の願いが叶ったんだ」
「そう……なんだ。よかったね、ロキ」
黒髪の少女、ロキはもう1人の少女に微笑む。
「うん、本当にありがとう……どうしても、諦めきれなかったからさ」
「満足、した?」
少女はロキに儚げに笑う。
「とても。僕の我が儘に付き合ってくれてありがとう、シエル」
「気にしないで、どうせ……暇だもの。この世界を見続けるのも飽きちゃってたから……エリーの為なら、これくらいお安い御用だよ」
シエルの言葉にロキ──いや、エリーは驚き目を見開く。
「……気づいてたの?」
「うん。どれだけ一緒にいたと思ってるの?」
シエルのその言葉にエリーは苦笑して
「確かに、ずっと一緒だったからね」
「どこかの世界の私たちには、これからがあるんだよね」
「うん。僕が……ううん、僕と……向こうのシエルと私が掴んだ未来が続いてるよ」
「……そっか、それなら……私が頑張った意味もあったんだね」
シエルの言葉を聞いてロキはシエルの頭を優しくなでる。
「……ううん、シエルはずっと頑張ってたよ。私が、証明するよ」
ロキの言葉にシエルはにこりと笑う。
「……じゃあ、膝枕して。ちょっとだけ、眠りたいの」
ロキは静かに頷いて座り込む。
「はい、どうぞ」
ロキの膝の上にシエルはそっと頭を乗せるとゆっくりと瞼を下ろす。
「おやすみなさい、エリー」
「おやすみなさい、シエル」




