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ミラージュオブフェイト  作者: 黄原凛斗
第一部 8章:監獄の罠
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狂戦:ケイトVS下っ端ルーシー




 一方、ルカに落とされたケイトたちは落ちる瞬間、不幸な事故に見舞われていた。

 なんと、偶然か罠かわからないが、サラとシルヴィアはどうにか受身を取れたものの、サラが魔法で落下の衝撃を拡散させる受身を取ったせいでケイトが落ちる床にヒビが入り、ケイトだけ更に階下へと落ちてしまった。

 1階ごとの高さがそれなりにあるのと、床をぶち抜いて落ちたせいでケイトの背中に鈍い痛みが蓄積する。そして、とうとう3階から1階までの落下体験が終わり、派手な音を立てた。


「あだっ!?」


 受身をとりそこねたせいで床に思い切り叩きつけられる。しかし、思ったよりたいしたダメージはなく床も先ほどの突き抜けた床はなんだったのかというほどしっかりしている。一瞬、地下があると聞いたことあるなと思ったが地下は頑丈な作りなのだろうかと考える。

 とりあえず背中をかばいつつ起き上がるとどうやら休憩室のような場所だった。それなりに広い部屋でソファや机も質素ながら配置されている。

 とりあえずルカの逃がそうとしてくれた気持ちを無駄にするまいと外に出ようとするが――


「……んー?」


 もぞもぞと衣擦れの音と、寝起き特有の間の抜けた声が響く。

 恐る恐るソファの方を見やるとソファに寝そべる人物が起き上がろうとしていた。

「あー……ん? 誰だようるさいな――」

 開いた雑誌で隠された顔が部屋の明かりで眩しそうに目をつぶりながら現れる。

 どこにでもいるような茶髪と茶色の瞳。特徴といえば中性的な容姿だろうか。ワイシャツ姿で、どうやらジャケットを枕にしていたらしく起き上がってそれを掴み、肩に羽織った。

「てか騒がしい……あっ」

 目が合う。驚きというよりも「マジで?」みたいな何とも言えない表情でこちらを見てくる監獄官。動かないとヤバイと思っているのに体は言うことを聞かない。

 ふと、がちゃがちゃと部屋を開けようとする音。この部屋に鍵が掛かっているのか外からは怒声のようなものが。それを聞いた監獄官らしき人物は無表情で即座に窓を開けて俺を無言で用具入れに押し込んだ。

「余計な事するなよ」

 そのまま用具入れから気配が遠ざかり、部屋が開けられ、ばたばたと人が二人ほど入ってくる音。

「おい、ルーシー! 今ここにミラ・エルヴィスの弟子が落ちてこなかったか!?」

「んあー、それなら私の顔見るなり窓から逃げましたよー」

「止めろよ!! てかお前サボりかよ!! 識別結界中は、外に繋がる窓と扉の類は監獄官しか開けられないんだから不用意に開けるなよ」

「いやだって面倒だったし。寝起きだし。……ていうかそうでしたっけ」

 思い当たることはあった。窓はどうやっても開かなかったしルカが壁を壊そうとしてもうまくいかないらしかった。しかし、ユリアが監獄官を吹き飛ばしたときは監獄官ごと壁を破壊していたし、もしかしたら破壊も監獄官を使えばできるのだろうか。

 窓を閉める音が用具入れに響く。乱暴に閉められたのだろうか。

「ったく……。お前も仕事しろよ! 結界もあるから大丈夫だろうけど、万が一逃がしたりしたら大目玉だからな!」

「はいはい、わーってますよ」

 人が走って遠ざかっていく音と、こちらに近寄ってくる足音。数拍置いて用具入れが開かれ、仏頂面の監獄官が淡々と言った。

「とりあえず大丈夫っぽいけど」

 監獄官はそのまま用具入れから離れて羽織っていた上着に手を通す。しっかり着用しているとは言い難いがまだマシな着こなしをしている。上は女性服だが下は男服で妙なアンバランスさがあった。

「あ、ありがとうございました」

「あー? うん、まあなんか追いかけっこしてるっぽいね?」

 どうでもよさそうに答える中性的な監獄官。声から察するに女だろうか。後ろ髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて眠そうにあくびを噛み殺している。

「あなたは?」

「私は動くのだるいし」

「そ、それじゃお邪魔しました」

 背を向けないように後ずさりながら扉の方へと向かう。ドアノブに手をかけようとし、恐る恐る腕を動かし――

「でも」

 一言、呟いた監獄官はこちらを見ずに、ドアノブめがけて投擲されたナイフがドアノブを破壊した。

 ぞっとすると同時に振り返ると監獄官と目が合う。


「最初から逃がす気なんてないけどな」


 淡々と無表情で言う監獄官は先程までの気だるげな様子が嘘のように動く。

 素早い動きで俺の背後まで回り込んだ監獄官。とっさに剣で防御しようとするが、ナイフの方が早く僅かに服を切る。しかし紙一重とも言うべきか服だけしか切れておらず、そのまま至近距離で横薙ぎに剣を振るった。

 だが、相手はもはや剣の軌跡を見ることもせずそれをかわしバックステップと同時に投擲ナイフを三本投げつけてきた。

 一本はよけて、二本は剣で弾いてみせたがまだストックがあるのか両手に小ぶりのナイフを構えている。指に挟んで片手3本ずつ計六本。

「な、なんで攻撃してくるんですか!」

「え? だって私監獄官だし」

 当然といえば当然の返答。彼女は表情ひとつ変えず続ける。

「というかなんで敵陣で相手の言葉を鵜呑みにするのか理解に苦しむわ」

「……返す言葉もございません」

 全くを持ってそのとおりである。悔しいが認めるしかない。しかし、さっき別の監獄官もいたのになぜわざわざいなくなるのを待って俺に攻撃したのか。それがわからない。

「じゃあなんでさっきの人たちから――」

「私一人で捕獲して、んでサヨさんにでも渡せば手柄独り占めじゃん? そしたらサボってたのもバレないし?」

「思ったよりひでぇ理由!!」

「こちとら立派な社会人で社会に奉仕してるんで有給と特別ボーナスが欲しいんだよ。働かないで楽に生きたいんだよ」

「俗物だ!! 俺隠す必要なかったでしょうが!!」

 都会の社会人の闇を見た。

「ついでにちょっと顔が好みだった!!」

「すげぇ本当にどうでもいい理由!!」

 扉は開きそうになく窓は先ほど閉められたので余程強い力で壊さない限り突破できないだろう。というか詰んでる。ユリアやルカ、アベルほどの火力を持たない俺にはあまりに絶望的な状況だ。

「さて、まあそろそろ遊ぶのはやめとくか」

 手のひらで弄んでいたナイフを二本ほど空中に放って残りを手からクロークにしまって空中のナイフをそれぞれキャッチしてみせる。

「痛い目にあいたくなければ動かないでいれば? それでも反抗するなら知らないけど」

 二本のナイフは右足と左腕めがけて飛んでくるどうにか横に跳んでよけるが第二撃とばかりにナイフが次々と飛んでくる。ナイフ投げの的になった気分だが笑ってられない。

 壁や床に刺さるナイフ。恐らく魔力で強化もしているのだろう。刺されば無事ではすまなそうだ。

「ちょこまかと……」

 監獄官は焦れたのかナイフを接近戦用のものに変えて逆手に持つと腕を狙って切りつけた。

 今度は服だけでなく僅かに切られた感覚。血が飛んで服に滲むのが視界の端に映った。

 致命的な怪我ではない。が、左腕が重くなったような錯覚に陥る。

「っ――麻痺毒か!」

「チッ、掠っただけか。殺しはしないんだから大人しく――しろっ!」

 鈍った左腕を再び斬ろうと迫る。が、冷静に彼女の動きを見て修業中の手合わせを思い出した。

 動きが全く見えなかったミラさんの動き。それを最近になってようやく少しだけ視認できるようになってきたのだ。それと比べたら――!

「ミラさんより遅い!」

 ナイフを必要最低限の動きでかわし、カウンターのように監獄官の腕を切りつけた。

 監獄官は咄嗟に避けようとして体を傾ける。しかし、避けきれなかったのか切っ先が監獄官の腕にかする。意外と当たり所がよかったのか、右の二の腕部分の服が切れて血が滲んでいた。

 しかし、それが最大の失敗だと思い知る。

 傷を見て監獄官は傷を見て痛そうに顔を歪めたかと思うとにやりと笑う。


 そして、たったそれだけの傷なのにも関わらず倒れてしまった。


「え?」

 仰向けで倒れた監獄官。気絶したふりではなさそうだ。しかし、たいしたことない傷なのにどうしてこうなったのかはわからない。

 あっけにとられてしまったが、なんとかやり過ごせたならいいかと思い、部屋から出ようと監獄官に背を向ける。

 扉は取っ手を壊されているのもあるがうまく開いてくれない。壊そうとしてもびくともしなかった。どうしたものか。


 瞬間、背後に殺気の塊が迫る。


「っ!?」

 咄嗟に剣でガードしようと振り返ると、そこには瞳から正気の色を失った監獄官が。

「あはっ、はははははっ」

 狂った笑い声をあげながら間合いを的確に詰め、ナイフによる連続攻撃が繰り出される。かろうじてかわすことはできたが、何よりもその変貌ぶりに思わず頭を抱えたくなる。

「な、なんだよこれー!?」






 バッドステータス、バーサク状態。いわゆる狂暴状態で理性と意識が失われる代わりに通常状態より戦闘行為に優れるというものだ。バッドステータスは魔法での付与や生まれついての体質、呪術などの呪いによる条件発動。

 彼女、監獄官ルーシーの発動条件は出血を伴う負傷。

 敵味方問わずに攻撃し、周囲を混乱させるはた迷惑な一種の呪いで本人にはどうすることもできない。

 ケイトはそんなことを知るはずもなく、変貌した彼女、ルーシーに翻弄されていた。



ふたりの戦いはまだ続きます

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