恋心と親心
久しぶりに普通の恋愛っぽいシーン書いた気がして違和感が。
ナトゥーラのとある町。そこの宿のある部屋でミラと、三人の瀕死寸前の弟子がいた。
「死にかけました」
時刻は夕方4時。樹海から戻ってきたケイトが倒れた姿勢でミラに文句を言う。ミラはどこ吹く風というようにケイトをあしらった。
「はいはい。お疲れ様。全員生きて戻ってきたんだし別にいいじゃない」
「ミラさんは悪魔ですか!?」
シルヴィアとサラも半分瀕死状態で倒れている。一応意識はあるが今にも気絶しそうだ。
「実際、本当に危なかったらちゃんと助けられるようにおまもり渡しておいたでしょ? そして一度も発動してないんだから本当に死ぬようなことはなかったはず」
「そう! です! けど!」
やっぱりちょっと納得いかない。
「だいたいあんたたち揃いも揃って素質悪くないのにいまいちぱっとしないんだもの。ちょーっと死にかけたほうが成長するする」
「ミラさん基準でやると俺たち本当に死ぬかも知れないんですけど……」
ブツブツと文句を言いつつ、しっかり成長しているのでミラは少しだけ満足そうに頷く。
「ま、貧弱なりに成長しているようで何よりだわ。そもそもシルヴィアいるんだし、サバイバルに関しては心配なかったもの」
「その点は確かに問題なかったですけど! あの! 帰らずの大森林本当にやめてください!!」
樹海、というか通称ナトゥーラ名物帰らずの大森林。生きて出てこれないと言われている魔窟である。実際戻ってこれたので看板に偽りありかもしれないが。ミラが3人をいきなり転移ジュエルで樹海のど真ん中に転移させたせいでサバイバル生活を余儀なくされたのである。
飢えた魔物がうようよしており、幾度となく襲われたため、一瞬たりとも気を抜けなかった。
「ま、しばらくゆっくりしなさい。サラ、シルヴィア。お風呂入ってくる?」
「入ります……」
サラが息絶え絶えながらもふらふらと共同浴場へと向かう。シルヴィアもそれについていくように千鳥足で部屋から出ていった。
「俺は少し寝ますね……」
「夕飯には一度起こすわよー」
男部屋は隣らしいのでケイトは隣の部屋へと移動する。そのまま糸が切れた人形のようにベッドに倒れ込んで、眠りへと身を委ねた。
「ただいまもどりましたー」
町へ買い物に行っていたユリアが宿に戻り、ミラのいる女部屋へと入る。
「あら、ユリア早いわね」
「あんまり気になるものがなくって……」
不満そうに呟くユリア。ここ数日この町に滞在しているのだから若干飽きてきてるのかもしれない。
ルカは修行以外は本屋に入り浸り、アベルはこっそりスイーツを食べに行っている(のをこっそりチェックしていた)のだがユリアは初日こそ色々なものを見て回っていたものの、特定の場所に留まることはなかった。
「ああ、そういえばケイトたち帰ってきてるわよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
身を乗り出さんばかりに反応するユリアにミラは苦笑する。ユリアはこういうところがわかりやすくて好感が持てた。
「サラとシルヴィアは今お風呂中よ。ケイトは男部屋で寝てるわ。……起こさないようにね?」
「は、はい」
起こさないように、とは言ったが部屋に入るなとは言っていない。
ユリアは女部屋からそそくさと出ていった。
「……ユリアって本当に恋愛感情ないのかしら」
つくづく疑問を抱かせる二人の関係性であった。
男部屋に軽くノックをして、ユリアは扉を開ける。
ベッドで眠っているケイト以外にはまだ誰もいない。アベルとルカもまだ帰ってこないだろう。
「お、おじゃましまーす」
音を立て内容に扉を閉め、ゆっくりと足音を消してケイトのもとへと近づく。
「ケイト君だぁ」
心底嬉しそうにベッドの横にしゃがみこむ。うつぶせで寝ているため、ケイトの寝顔が見られない。
「ケイト君おかえりなさい」
ほとんど、無意識のうちにケイトの手に触れる。
ぴくり、とケイトが反応すると慌てて引っ込めるが、起きたわけでなく、寝返りをうっただけだった。
横向きになったケイトの寝顔はあどけない。本人にとっては残念だが、普通に女装が似合うのも納得の顔だ。
「ケイト君……」
ずっとそばにいてください。
声にしようとして、なぜかそれが出ない。ユリアは自分のおかしな矛盾に首をかしげる。
(……? あれれ?)
よく考えたら自分はなんでそばにいてほしいのだろう。
恩人だから安心する?
本当に、それだけ?
(……よくわからないや)
自分の気持ちが、わからない。
したいことをしてみればわかるだろうか。
(寝てますし、ちょっとくらいは……)
わずかに邪な心が働き、してみたいことに挑戦してみる。
とりあえず手を繋いでみる。
(……安心します)
次は髪をなでてみる。少しごわついているのは樹海帰りだからだろう。それでもユリアは少し癒されたように微笑む。
(……楽しい)
次に頬をつついてみる。少し鬱陶しそうにケイトが顔をしかめたが起きる気配はない。だいぶ疲れているようだ。
気を使うならこの辺でやめておくべきなのだろうが、ケイトに久しぶりに会えたからか、ユリアは抑えが効かなくなっていた。
「ケイト君……」
眠っているケイトにユリアの顔が近づく。ケイトの唇へとユリアの唇が近づいて――
「はぁ、いい本なかっ――」
無遠慮に開かれた部屋の扉。そこには部屋の中を見て固まっているルカがいた。
ルカの視点では、寝ているケイトになにかしようとしているユリア。というか寝込みを襲っているようにしか見えない。
ルカとユリアの視線が交わる。
ふっと、慈愛に満ちた微笑みを浮かべたルカは顔を背ける。
「……しばらく誰も入れないようにしとくよ」
謎の気遣いがありがたいんだかよくわからない気持ちにユリアは顔を伏せる。
自分は何をしているんだ――!
恥ずかしさで顔を床に打ち付ける。下の部屋の住人がびっくりしたがそれはユリアにはわからないことだ。
そしてその音のせいか、ケイトは煩わしそうに目を開ける。
「なんだ……?」
「ひえっ!?」
ケイトの声にユリアが飛び上がる。
「けけけけっけけけけ」
「なんだ、変な笑い方して……」
焦ってうまくしゃべれないユリアに対し、全く状況が分からずケイトは首をかしげる。
「け、ケイト君おかえりなさい!」
「お、おう。ただいま」
静まり返る部屋。いたたまれないのかユリアが顔を赤くしながらケイトから離れる。
「お、起こしちゃってごめんなさい!」
それだけ言って、ユリアは男部屋から逃げ出した。
「なんだったんだ……」
そもそもなぜユリアが男部屋にいたのかが謎だ。そしてなぜ顔が赤かったのだろう。
ユリアは可愛いと思う。特に自分の好みではあった。
なのに、なぜだろう。最近全くドキドキしなくなってきた。
(……ああ、やっぱり親子だからか)
ユリアは出会った頃から子犬のようで、懐いてくるのは親を慕うそれにしか見えない。というかユリアの言動の基本はそれだ。
だからだろうか。純粋に慕ってくる相手に、恋愛感情を持つことすら悪いことのような気がして。
自分はユリアを拾った、親で。ユリアは純粋な子供で。
そう思うと、恋愛感情なんて考えるのがバカらしく思えてくる。
(期待するから、いけないんだ)
これは恋じゃないのかもしれない。その答えはまだわからない。
「ひゃああああ!! あああああああ!!」
町の外れ。公園のようなところでユリアは木に頭を打ち付ける。あまりにも真に迫りながらガンガンと打ち付けているせいで周囲の子供がドン引きしていたが、ユリアにはそんなものは映っていない。
「私は悪い子です私は悪い子なんですうううううう!! でもケイト君が!! ケイト君が寝ているから!!」
今更ながら後悔しているのか、よくわからない言い訳をしながら謝り続ける。子供たちがそっと公園から避難しだしたがやっぱり気づかない。
彼を見ると、ドキドキする。こんなこと、前はなかったのに。
(どうしてでしょう……病気かな……)
そばにいると安心して、離れると不安になる。
出会った時から優しくて、頼りになって、守らなきゃって、思うようになって。
自分にはいないはずのお父さんみたいで、安心すると思ってた。
でも、違うのかな……?
(普通の好きと、恋の好きって、何が違うんだろう)
これは恋なのだろうか。その答えはまだ出ない。
ユリアはまだちょっと自分のことがわからない。