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黒の遺産と昔話

読まなくても平気な内容です。



 弟子たちを置いて、一人ヒモトへと転移する。


 友人に逢いにいくために。





「久しぶり」

 誰もいない、大きな墓の前で呟く。

 英雄、カズキ――と、ユリシアの墓。

「随分間空いちゃったね。ユリィってば怒るかな? カズキはそんなことないよね」

 虚しい独り言。返ってくるはずがないと、何度も理解しているはずなのに。


 英雄カズキとユリシアは愛し合っていた。

 カズキはヒモト国王位継承権を放棄し、ユリシアとともに生きようとした。子供も生まれたし、とても、幸せだっただろう。

 カルヴィア歴1000年。あの時は全ての戦いも終わって、おそらく一番穏やかだったと思う。

 しかし、二人は死んでしまった。

 カルヴィア歴1003年。その事件は起こった。

 英雄たちが何者かの手によって惨殺された。

 継承権を放棄したとは言え、伝説に残る王族関係者ということもあり、カズキは王家の墓に入る予定だったが、当時、半狂乱でミラがそれを阻止した。


 ――お願いだから、ユリィを独りにしないで。二人を引き離さないで。


 結局、カズキの弟の手助けもあり、二人は一緒の墓に入れることができた。今では、ヒモトの小さな記念公園にひっそりと佇むその二人の墓は供えるものが絶えないとの噂だ。

 レイフィアの墓も、本当はどうにかしたかったが、どうにもできなかった。

 ルイスとカイルの墓はない。


 二人の遺体はどこにもなかったから、墓を作っても遺品しか入れられない。なにより、ミラが墓を拒絶した。


 ――遺体がないなら、まだ生きてるかもしれないのに!


 今思えば、無茶苦茶なことを言っていたとミラは思う。だって、ミラは二人が刺し違える瞬間を見たのだから。





 ふと、人の気配がして振り返る。

 そこには、険しい顔をした一人の青年がいた。

「また、きていたのか」

「……お邪魔してるわ、クロ」

 クロユキ・サザナミ。黒目黒髪で、ヒモト人らしい顔立ち。ヒモト特有の和装を台無しにいじくった服装は、顔がいいから許されている感がする。

 二人の残された子供。

「……あんたも飽きないな」

「クロもね。両親の墓参りも、900回以上してたら飽きそうだけど」

「……ああ、飽きたよ」

 そんなことを言うくせにクロは花を持って墓の前に乱暴に投げつけた。あまりよろしくない、というか罰当たり極まりない。

「でも、結局俺はここに戻ってくる」

 どこか寂しそうな声、つい目をそらしたくなる。

 クロが両親から愛される前に独りになってしまったのは自分のせいだと、ミラは思っている。

 1歳にも満たないクロが二人の葬式でカズキの弟に抱えられているのを見て、当時はどうやってクロに詫びようかとずっと考えていた。

 クロは二人の死後、ルーチェであることが発覚した。そして、カズキの弟に引き取られ、きちんとした教育を受けた。その時、怖くて仕方なかったが、一度しっかりと謝らないといけないと思い、この二人の墓の前で再会した。

 けれど、ミラが何か言う前に、クロはそれを遮った。


『あんたの謝罪はいらない』


 凛とした、前を見据えるその瞳に圧倒される。


『俺はあんたが悪いなんて微塵も思っていないし、殺した奴にも復讐なんて馬鹿げたことを考えるつもりはない』


 クロは強かった。自分が思っていたよりも。


『俺は二人の息子だ。そして二人よりもずっと長寿だ。なら、俺は世界を回る。二人が生きられなかった分まで、俺は生きる』


 自分よりも、ずっとずっと強い子だった。





「クロは今何をしているの?」

「……相変わらず適当に各地を回ってるよ。でも最近は今の所も飽きてきたな」

 公園のベンチでなんとなく会話を続ける二人。クロは無愛想だが機嫌が悪いわけではなく、どういうふうにミラと接すればいいかわからないだけらしい。

「あんたは?」

「私? 今ねー、弟子が6人いる」

「ふーん。教えるの下手なあんたがね」

「……あ、あまり昔の汚点は掘り返さないで欲しいんだけど」

 まだクロが幼い頃に一度指導をしたことがあるが教え方が壊滅的に下手だったらしく、それ以来、人に教えることをよく考えるようになった。

「ま、いいんじゃないの?」

 どういう意味で言ったのかはミラにはわからない。ふと、クロを見ると、無感情な瞳をわずかに揺らしていた。

「……ジェシカ、見つけたんだろ」

「……ええ、見つけた、と言っていいのかはわからないけど」

 ミラは先日のできごとを告げる。ジェシカがアニムス側についたこと。自分を憎んでいること。確実に強くなっていること。

 泣き虫なままのことも。

「……そうか」

 クロは幼い頃、少し成長したジェシカと一緒に遊んだりしたこともある。特別仲がいいわけでもなかったが、やはり気になるのだろうか。

「あいつは、本当は迷っているんじゃないかな」

「迷って……?」

「あいつ、あんたに懐いてただろ?」

 確かに懐いていたと思う。しかし、すっかり変わってしまったジェシカはもはや慕っているとも思えなかった。

「きっと、あんたの言葉を待っている」

 それだけ言って、クロは立ち上がり、背を向ける。

 何も言わずに去るのかと思えば、クロは何か紙を渡してくる。

「俺の連絡先。一応、最近は情報収集もしてるから。あのジョン・スミスや協会諜報部にはさすがに劣るけど。……気が向いたら呼べよな」

 それだけ言って、クロは今度こそ去っていった。

「……まったく。素直じゃないところは誰に似たんだか」

 少なくとも両親とはそのへんは似ていない。

「両親に似て綺麗な顔してるっていうのに女の気配もないし、本当相変わらずなんだから」

 微笑みながら、渡された紙に目を通す。

 連絡先が本命ではない。そう、クロの最初の情報提供だ。



『監獄 及ビ 協会ガ 強硬手段ニ 出ル 恐レ 有リ』


 思わず握りつぶしたくなるような事実。しかしミラは目を通さなければならない。


『監獄ニ 気ヲツケロ』


「……言われなくてもわかってるわよ」




 修行が一段落した後の目的地は決まっている。





クロはミラのこと好きなのですが両親の親友ってこともあって言い出せないかわいそうな子。まあいい大人なんですけどね……。

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