占い師の叫喚
「とりあえず、カルラさんたちの救出は成功しました……が、問題は彼ですね」
ケイトを救出するための作戦会議。ひとまずアベルとカルラを隣部屋で休ませ、落ち着いた頃にモニカはその議題を切り出した。
「今あいつ……カリマが情報を探っていますが……やはり、オークションの日を狙うしかないようです」
「結局それか……」
ミラがモニカを睨むような視線で注視しているとモニカが気まずそうに視線を逸らす。圧倒的プレッシャーに耐え切れなかったのだろう。
「ユリアが情緒不安定だから早めに取り返したいなぁ」
「そういえば、ユリアちゃんは?」
モリアがモニカに尋ねると首を振るだけで何もわからない。すると、そこにサラが隣の部屋からやってきた。
「はー……カルラは結構ぴんぴんしてましたけど、アベルが少しきつそうですね。とりあえず手当は大丈夫です。あとはシルヴィアに任せました」
ミラは内心、カルラのことを呼び捨てにするサラにちょっとだけ驚いたが、カルラの性格を考えると意外でもないのかもしれない。
「お疲れ様。ところでユリアは?」
こういった話にはケイト関連のせいで鬼の形相で絡んでくるはずなのだが、見当たらない。隣の部屋にいるのだろうかとミラが聞くとサラは少しだけ表情を曇らせる。
「ミラさんたちが救出作戦言ってる間、薬買いに行ってもらったんですけど、帰ってきてから様子がおかしくて……。今はシルヴィアと一緒にいますけど」
「嫌なものでも見たのかしらー。この町だもの」
モリアが言うとサラも顔をしかめる。この町は吐き気を催す、影の国ウンブラの一角。悪意と欲望で塗れた国だからこそ、他国とは違う発展を遂げた独裁国家。
ミラはこの国の長に恨まれている……というか付け狙われているためこの国限定で指名手配扱いだ。それを差し引いてもこの国に近寄ろうとは思わないが。
「ケイト……無事だといいけれど」
「言いたくありませんがオークションでの商品の扱いがいいとは言えませんね。この町は特に売人の質も悪いですから。ケイトを捕らえたのはアニムスですが預かっている奴隷商はこの国でも大手です。しかし、あくまで支部なので……」
もっとしっかりした大手なら奴隷の扱いに気を遣うだろうが末端は粗野でことの優先順位がわかっていない荒くれ者や、商売よりも憂さ晴らしに売り物をいたぶる者もいるという。命は問題ないだろうがやはり心配は尽きない。
「どうしても待つんですね?」
「本音を言えば今すぐにでも助けにいきたい」
ミラは迷いなくそう答える。しかしすぐに自分の言葉を否定した。
「だけど、それをしたらいけないってことはわかってる。前みたいに……」
「そーねぇ。ミラちゃんってば昔この国でやらかしてるからねー。二度目はさすがにまずいわ」
「……いったい何したんですか」
サラは胡散臭そうにミラとモリアを交互見る。モリアはどこか楽しそうに微笑むだけでミラは気まずそうに視線を逸らした。そこに、モニカが口を挟んでくる。
「奴隷狩り……普通の子供たちを攫って奴隷として商会に売る人間の皆殺しと……市場を血に染めた『奴隷市の惨劇』でしょう?」
その言い方はどこか畏怖の感情と、化物を見るような嫌悪が入り混じっていた。
サラはこの時、普通の人がミラへと抱く感情について理解した。
(ああ……ミラさんはやっぱり違う世界の人なんだな……)
今こそ弟子という形で(それも一部無理やり)ついていっているが自分たちとは格が違いすぎる、言い方は悪いが『化物』だ。
モニカのように普通の人間からしたら恐ろしい、考えのわからない存在なんだ。
(……アタシたちはどこかズレてるんだよなぁ)
図々しく弟子をやっている自分たちはどこかおかしい。もしかしたら――
「ところで」
モリアが真剣な声音と鋭い眼差しでミラを見つめる。サラはその声で我に返りふたりを見やる。
「……ミラ、あなたにききたいことがあるの」
「な、なに?」
ただならぬ雰囲気を醸し出すモリアに気圧されたようにミラが後ずさる。いったいなんなんだろう。
「……私は少しあっちの様子を見てきます」
モニカはなにを思ったのかそのまま部屋から出ていってしまう。サラは出遅れて出づらくなってしまった。
(えー……えー……?)
にじり寄るモリアは目がギラギラしており、ミラはひきつった顔で聞く。
「えっと……何?」
「……ミラ、あなた……」
顔同士がぶつかりそうな近距離でモリアは張り裂けんばかりの声をあげた。
「カースの居場所を知っているわね!!」
一瞬の静寂。ミラも、サラもその意味を理解することができずに首をかしげたのだがモリアはもはや気にせず自分の思いの丈を発散し始める。
「ずっと気になってたのよー! ああ、愛しのカースの魔力の残滓……いい香り……」
ミラに抱きついたかと思うとすんすんと匂いをかぎはじめてミラの産毛がぞわりと逆立つ。しかし下手に動けないのかミラは戸惑いながらモリアを引き離そうとする。
「も、モリアこれは――」
「ねえ、カースはどこ? ああ、カースったら私と会うのが恥ずかしいのね。まったくもう、照れ屋さんね。でもいいの。カースは一緒にいると堕落しちゃうって私の心配をして離れているのよね。うんうん、素敵よカース。地盤をひっくり返す勢いで調べたのに見つからないなんてさすがの呪術ね。ああ、そんなあなたも素敵……カース……。でもそろそろ会ってもいいわよね? もう何十年会ってないか思い出せないほど時間が経ったわ。会いたいわぁ……会いたいわぁ……」
サラは一連の台詞を聞いてざっと後ずさる。本能的な恐怖がサラを刺激したのだ。
あ、この人やばい人だ。
目は子供のようにキラキラと輝いているが奥ではドロドロした欲望が渦巻いている。愛情で片付けるには生ぬるすぎるだろう。手は震え、呼吸は乱れて「ハアハア」とだいぶ危ない光景だ。
「ああ! カース! 私のカースはどこにいるの!」
私は今、この部屋の置物になりたい。そう切実に思った。
「というわけでミラちゃん! 今回の件が片付いたらカースの居場所、教えてねっ」
『協力してやるから絶対に居場所吐きやがれ』
まるでそう脅しているようにも聞こえる。幻聴であろう。幻聴であってほしいとサラとミラは心の底から願った。
モリアが浮かれて近場の店に情報収集と買い出しに行ったのを確認してからミラは深く深くため息をつく。
「……うわぁ……モリアにカースの場所バラしたら……カースにキレられるな……いやでもモリアを敵に回すくらいならバラしたほうが……」
「……えっと、カースさんとモリアさんってどんな関係なんですか?」
好奇心が勝ったサラはおずおずと今にも死にそうなミラに尋ねる。するととても複雑そうな表情でミラは答えた。
「えっと……モリアは昔からカースのことが大好きらしいのだけれど……カースはモリアのことが苦手で逃げ回っているのよね。あと、モリアの愛情表現はちょっとその……オーバーだからついうっかりで抱きしめて骨を折ったりしちゃうらしくて……」
「それオーバーじゃなくて殺しにかかってません?」
「あと二人は幼馴染らしいんだけど……モリアがつい照れて崖からカースを突き落としたり、湖に沈めたり……そんな感じのことしたらカースがモリアと関わりたくなくなったそうよ」
「むしろ今の話だけだとカースさんが正しいと思います」
今度カースさんに会う機会があったら優しい対応をしよう。そうサラは心に決めた。
カースとモリアは幼馴染ですがこの大陸出身ではありません。




