すれ違いざま
早朝市場がようやく始まろうとしているその頃。
人がまだまばらな町の道を歩きながらユリアは歩いていた。まだ体調が完全に良くなかったのか、ルカの具合が悪く、薬を買いに出かけていた。
いかにも治安が悪い、と印象付ける薄暗い町。煙は不愉快にまとわりつくし、道行く男たちは品定めするように見てくる。
そして、檻の中の子供たち。
ドクドクと心臓が壊れたように変な音を立てる。吐きそうなくらいの嫌悪感と、恐怖。
ユリアは檻を見ないよう顔をうつむけて宿へと進む。
急いで帰らなければと人にぶつからない程度に駆け足になるユリア。ちょうど、前方からフードを目深に被った人が来たため左側に避けるように進む向きをずらした。
すれ違う瞬間はほんの一瞬。ユリアは相手の顔など見えるはずもなくただ、通り過ぎようとして――
「随分と楽しそうだな」
その声は、普通なら聞き逃してしまうほどの呟き。
それなのにユリアにははっきりと耳に残り、通り過ぎた瞬間引きつった顔で振り返った。
覚えがないはずなのに、心臓が破裂しそうな恐怖。ユリアは、知らず知らずのうちに呼吸が乱れている。
ハーブの香りとはどこか甘くて鋭い。その香りはフードの人物のものだと直感的に悟った。
しかし、振り返ってもフードの人物は忽然と姿を消したかのように見当たらない。
「な、に……」
全身がガタガタと震える。指先が思うように動かず、息が思うようにできなくて喉の奥がひゅーひゅーと掠れた音を出していた。
本能的な恐怖に、まず考えるよりも体が反応していたこと。それは、きっと何か忘れてしまったことが関係しているはずで――。
赤い手。べっとりと手首まで真っ赤で、視界すらも赤く染まる。
冷たい床に染み付いた血と錆び付いた刃物。その刃は自分のもの。染み付いた血は――。
誰かの罵倒と憎しみに満ちた眼差し。それを切り捨てて、ゴミのように処分する。
終わりが見えない肉体への痛み。けれどいつの間にかそれも感じることがなくなった。
そして――
『出来の悪い人形はいらない』
思い出せない、思い出したくない、声。
「私は……何を、忘れているの……?」
手を強く握って震えを止める。体はまだ言うことを聞いてくれないのか、思うように歩くことができなかった。周りから監視されているように錯覚するほど、自分以外のものに恐怖を抱く。誰も、見ていないというのに。
「私は……ケイト君の……そばにいて……いいの……?」
漠然とした不安と恐怖に潰れないよう、強く、強く、自分の体をかき抱いてその場に俯く。
その様子を、フードの人物が、離れたところから見ているのに気づかないまま。
「エギル様~? どこ行ってたんすかー」
フードの男にブロルは軽い調子で声をかける。すると、フードの男――エギルの表情に気づいて言葉を噤んだ。
「何かありました?」
「いや……人形の様子を確認しただけさ」
エギルは一人不安げに震えるユリアのことを見て、一度だけ微笑んだ。
「で、エギル様どうします? フィアンマの……」
「ああ、放っておく。横からかっさらおうと思ったけど、彼女に奪い返されて騒ぎ立てる奴らを見るほうが楽しそうだ。所詮馬鹿の集まりが調子に乗るから……」
「えー……手駒にしておいたほうが」
「……それに、あのフィアンマはまだ別の方法で利用価値がある」
そう言って、エギルとブロルはこの町から去っていった。
短いかなーと思いましたがここは大事なところだと思っているのでこれだけです。




