呪術師の口づけ
「さて、そろそろ行くわ。カース、頼んどいたのよろしくね」
「ハイハイ、わかってルッテ。ミラちゃんは小生ヲ便利屋と勘違いシテない?」
「勘違いじゃなくてお前便利屋だろもう」
港は歩いて少し先にあるという。ヴィオは港まで行こうか最後まで悩んでいたみたいだが寂しくなるからここでお別れするそうだ。
「じゃあな、ヴィオ」
「ヴィオちゃん、またいつか会いましょう」
俺とユリアが声をかけるがヴィオはどこか上の空で何か言いたいけど言い出せないようなそんな感じだ。
すると、そのまま俺たちがカースさん宅から離れようとするとヴィオは辺り一帯に響くような大声を上げた。
「紅雷! いや――アベル!」
ヴィオがアベルに駆け寄って背の高いアベルを見上げる。まるで決闘でも申し込む雰囲気だ。
しゃがめ、とでも言いたいのか手招きして自分の背丈に合わさせようとしている。アベルは仕方なくといった様子で少しだけ屈むと――
「呪いをあげる」
そう囁いてアベルの右頬にキスをした。
俺の国では頬のキスといえばただの挨拶だ。ちなみに絶対ではないので俺はしない。しかし他国、ルカやサラの国では恋人同士の親密なものだしシルヴィアの国、というか一族にとっては――
「き、きききききいいいいいいいすううううううう!?」
相当重要な意味合いがあるらしい。
それなのにヴィオはあっけからんとした様子でアベルに微笑む。どこか得意げな笑みだがなぜだろうか。
「呪術師の口づけだよ? 感謝してよねー」
笑顔のままのカースさんがものすごい怖い。ただならぬ殺気をアベルに向けている気がする。
アベルもそれに気づいているのか反応に困っているようだ。
「……ロリコン死ね」
シルヴィアの呟きはさすがに認めたくないようでアベルはシルヴィアだけを睨んでもう一度ヴィオたちのほうへと向いた。
カースさんが不意に口だけを動かす。何かを伝えようとしているようだが――
『泣かせたら呪い殺す』
口パクだけなのにはっきりと分かってしまった。確実にこの人脅しに来てる。
というかアベルの未来が心配になってきた。
「よかったねアベル。未来のお義父さん候補が最強の呪術師で」
「ルカ、それマジで言ってるならさすがに殴るぞ」
ルカの冗談(冗談だよな……?)に対しても辛辣なアベルはよほど余裕がないと見る。ルカには割と甘いからなこいつ。
「とりあえず、上手くかわすか大事にするかしないと死ぬよ……」
サラの忠告は的外れのような的確のようなよくわからないものだった。アベルは「何がどうなってんだよ……」と疲れのにじむ声で言った。
見えなくなるまで手を振るヴィオにもう一度俺たちは手を振り、港へと向かうのであった。
「……アノ子……アベルとかイウの気に入っタ?」
「ち、違いますもん! あれはそ、そう! 嫌がらせの一種です!」
「ふぅん……」
しかし明らかに別の意図が見え隠れするその表情にカースは眉を寄せる。
あの小さな子が色気づいちゃって。
「それに……紅雷はきっとまた会うことになるでしょうしね」
先ほどとは打って変わって真面目な声音のヴィオにカースは視線だけを彼女に向ける。
「紅雷は……私と違って根っからの『裏』の人間ですから」
ヴィオの手には小さな袋に入った錠剤が握られていた。
もう一度言います。アベルはロリコンではございません。
次話では別の勢力の視点です。敵か味方かはたまた……。
アベルは決してロリコンではありません(大事なことなのでもう一度)