第3話 ドキドキ!四天王ガチャ
山あいの林道に、巨大な車両が現れた。
道の先から走ってきたわけではない。つい先ほどまで何もなかった場所に、唐突にその巨体が出現したのである。
地面に接した車輪が砂利を踏みしめ、車体が重々しく揺れた。
車輪は三つ。前方の大きな一輪と、後方の左右に張り出した太い二輪で車体を支えている。
黒鉄で覆われた車体には、随所に金の装飾が施されていた。側面には魔王軍の紋章が大きく刻まれ、下部には複雑な機関が幾重にも組み合わされている。そこから伸びる太い配管や排気管が車体の外側を這い回り、鋭く張り出した装甲の隙間へと入り込んでいた。
だが、この車両の最も目立つ部分は、車輪でも機関部でもない。
車体の後方、高々と設けられた巨大な玉座である。
金で縁取られた背もたれからは、二本の大きな角が天に向かって反り返り、左右には翼とも刃ともつかない鋭い装飾が張り出している。座面の周囲にも幾重もの装飾が巡らされ、金属を積み上げた彫刻のようだった。
その玉座で、魔王は長い脚を組んでいた。
両腕を肘掛けに預け、背もたれへ深く身を沈めている。手甲も、大きく張り出した肩当ても、玉座の装飾に引けを取らない。胸甲に施された装飾が陽光を返し、長大なマントの深紅の裏地が、座面の左右に覗いていた。
高い背もたれの二本の角に挟まれて、鋭い突起の並ぶ王冠がそびえている。その下で魔王は顎を上げ、前方の山並みを見据えていた。横へ流した黒髪の下には切れ長の赤い瞳があり、髪の間からはわずかに尖った耳が覗く。
その若い顔には、行く手を楽しみにする笑みが浮かんでいた。
魔王を玉座ごと異世界へ運ぶこの車両こそ、パチル博士が開発した世界間跳躍探査機。
その名も「レッツゴー!魔王号」。
玉座のずっと下、車体の前方には操縦席があった。
魔王の秘書にして四天王の一人、〈一番星〉のベルが、そこでハンドルを握っている。白いブラウスに濃紺のベスト、揃いのスカートという姿で、手元の装置を一つずつ確かめていた。胸元の小さな赤いリボンが、身を乗り出すたびに揺れている。
確認を終えたベルは、後ろの玉座を振り返った。黒いリボンでまとめた淡い金髪が、肩の上で揺れた。
「まおー様、無事に到着しました!」
「うむ!」
魔王は大きく頷き、口元を吊り上げた。
「ク……クク……ククク……」
低い含み笑いが、次第に大きくなっていく。
「クワーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」
高らかな笑い声が、静かな山々に響き渡った。
「ついに来たぞ、異世界へ! 我ら魔王軍による、新たなる世界征服の幕開けである!」
魔王は玉座に座ったまま右手を高々と掲げた。黒鉄の手甲に、木漏れ日がきらりと反射した。
「おめでとうございます、まおー様!」
ベルが嬉しそうに拍手を送る。
「うむ。ベルも大儀であった。見事な操縦であるぞ!」
「ありがとうございます! でも、ちゃんと到着できてよかったですね。博士もきっと喜びますよ」
「そうだな。ふざけた名前はともかく、見事な発明品である」
魔王は満足げに玉座の肘掛けを撫でた。
周囲を見渡せば、道の両側には背の高い木々が生い茂り、その向こうには緑の山並みが幾重にも続いている。人影はなく、聞こえてくるのは木々のざわめきと、どこからか響く鳥の声ばかりだった。
「さて、ベル。まずはこの世界について調べておくとしよう」
「はい。お任せください!」
ベルは操縦席から降りかけて、魔王を見上げた。
「そういえば、まおー様。おヒゲ剃られたんですね」
「……うむ」
「そっちの方が似合ってますよ!」
「……そうか」
魔王は何事もなかったように玉座に座り直した。
* * *
到着から数時間が経っていた。
魔王号は林道の脇、道幅の広くなった場所に停められている。木々の間から差し込む陽光が黒鉄の車体にまだらな影を落とし、時折吹き抜ける風が魔王のマントの裾を揺らしていた。
魔王は相変わらず玉座に腰掛けていた。
「まおー様! ひとまず調べ終わりました!」
戻ってきたベルは玉座の脇に立ち、書記帳を開いた。
「ほう、もう終えたか。相変わらず仕事が早いな」
「えへへ、ありがとうございます! まだ大まかなことだけですけどね」
「うむ。聞かせてくれ」
「はい! 近くの町の図書館で、司書の方に地図帳を見せていただきました。こちらの世界にもいろいろな国があって、人々の暮らしも国によってずいぶん違うそうです」
「ふむ。それは我らの世界と変わらぬな」
「はい。ただ、世界そのものの形がちょっと変わっているんです」
「ほう?」
「この世界では、人々がとても大きな球の表面で暮らしているそうですよ。陸地も海も、全部その球の上に広がっているんです」
「球の表面に?」
魔王はわずかに眉を上げた。
「それは面白いな。ずいぶん変わった構造をしておる」
「私もちょっと驚きました」
「して、その世界は何という名だ?」
「地球、というそうです」
「地球か。ふむ、覚えておこう」
魔王はひとつ頷いた。
「それで、ベル。ほかに何か気になることはあったか?」
「今のところ、特には。まだわからないこともたくさんありますけど」
「うむ。初めて訪れた世界であるからな。追々わかってくるであろう」
魔王は玉座の上で脚を組み直した。
「さて、世界間跳躍は無事成功したが、もう一つ確認しておかねばならぬことがある」
「四天王の召喚ですね!」
「うむ。こちらの世界でも問題なく呼び出せるか、試しておくとしよう」
「それじゃあ、博士のガチャを使ってみましょう!」
元の世界に残る四天王たちは、皆それぞれの仕事を抱えている。支援を頼む際に、誰を呼ぶかを公平なくじで決める。その抽選を召喚装置自体に組み込んだのだ。
「……しかし、まさか異世界まで来て、くじ引きをすることになるとは思わなんだがな」
魔王は少しばかり渋い顔をした。
ベルは魔王号の操縦席へ戻ると、ハンドルの脇にある小さな蓋を開いた。
中には、真っ赤なボタンが一つ。
金色の文字で『ガチャを回す!』と書かれている。
「押しますよー!」
ベルがボタンを押した。
『ドッキドキのォォォォォ!!』
突然、辺り一帯に大音量の声が響き渡った。
魔王が思わず身を起こす。
『四天王ッ!! ガチャァァァァァァッ!!』
ジャンジャカジャーン!!
けたたましいファンファーレとともに、魔王号の全身が七色に輝き始めた。
車体の両側から金色のラッパが次々と飛び出し、前方の装甲が左右に開く。そこから巨大な透明の抽選機がせり上がってきた。中では色とりどりの玉が勢いよく回転し、互いにぶつかり合っている。
「わあっ! こんな仕掛けになってたんですね!」
ベルは目を輝かせた。
魔王は玉座に座り直すと、目の前の騒ぎを眺めた。
「……あやつめ。ずいぶん凝ったものを作ったな」
『さあさあさあ! 記念すべき最初の異世界遠征! 栄えある一番手に選ばれるのは、いったい誰なのかァーッ!?』
ワアアアアアア!!
割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。
人の気配ひとつない山中に、どこかの大劇場から持ってきたかのような喝采が響き渡る。抽選機の回転に合わせ、車体のあちこちで飾り灯が点滅していた。
ベルはすっかり楽しんでいる様子だったが、魔王は次第に呆れた顔になっていった。
やがて、実況の声がひときわ大きくなる。
『さあ! 運命の瞬間まで、あと三秒ッ! さーん! にーい! いーち!』
ガコンッ!
一つの玉が勢いよく飛び出した。
『決まったァァァァァッ!!』
バババババン!!
魔王号のあちこちから色とりどりの紙吹雪が噴き上がり、金色のラッパが一斉に鳴り響いた。空中には、玉座からも見上げるほど大きな金文字が浮かび上がる。
『今回の四天王は――』
ドロロロロロロロ……!
太鼓の音に合わせて、空中の金文字が激しく明滅する。
『〈胞子の女王〉!! エリィィィィィーン!!』
パパパパパーン!!
ラッパが一斉に鳴り、紙吹雪が再び噴き上がった。空中いっぱいに金色の光が弾け、歓声と拍手がひときわ大きくなる。
魔王は王冠に引っかかった紙吹雪を一枚つまみ、黙って払い落とした。
「……まったく、博士のやつめ」
すると、魔王号の前方に眩い光が集まり始めた。
光が人の形を取り、やがて一人の女性が姿を現す。
明るい桃色の髪を豊かな巻き髪にした、華やかな女性だった。金色の大きな瞳に、ふっくらとした唇。豊満な身体を包む赤と白のドレスは、裾がふわりと広がっている。
そして何より特徴的なのが、頭に生えた大きなキノコの傘だった。赤地に白い斑点が散り、縁の裏には細かなひだが並んでいる。
女性は一瞬きょとんとした顔をしたが、目の前の魔王とベルを見るなり、ぱっと笑顔になった。
「まあっ! まあまあまあ! わたくしが当たりましたのね!」
「エリーン!」
「あら、ベル! ごきげんよう♡」
エリーンはベルに大きく手を振ると、ドレスの裾をつまんで魔王に向き直った。
「魔王軍四天王が一人、〈胞子の女王〉エリーン! 魔王様のため、ただいま参上いたしましたわ♡」
「うむ。よくぞ参った」
「ああん! まさか記念すべき一番手に選ばれるなんて! わたくし、感激ですわ!」
両手を胸元で合わせ、うっとりと魔王を見上げる。
「しかも魔王様と異世界で二人きり……ではありませんけれど、素敵な遠征になりそうですこと♡」
「ふふっ、私もいるよー」
「もちろんベルも一緒で嬉しいですわよ!」
「うむ。喜ぶのはよいが、まずは仕事であるぞ」
「ええ、もちろん! このエリーン、魔王様のご期待に応えてみせますわ!」
エリーンは胸を張り、改めて辺りを見回した。
「それで、ここが新しい異世界ですのね?」
「うむ。地球という名の世界だ。まだわからぬことも多いが、最初の進出先としては悪くなさそうだ」
「地球! まあ、素敵なお名前ですこと!」
エリーンは楽しそうに笑った。
「では魔王様、さっそく皆様にご挨拶をしてまいりましょうか?」
「うむ。現地の様子を確かめつつ、制圧を進めよ。やり方はおぬしに任せる」
「かしこまりましたわ!」
エリーンは優雅に一礼した。
「この世界の皆様にも、とびきりのハッピーをお届けしてみせますわ♡」
そう言って、ベルにぱちりとウインクする。
「お仕事が片づいたら、三人でこの世界を見て回りましょうね!」
「うん、楽しみにしてる!」
「うふふ! では、張り切ってがんばりマッシュ!」
エリーンは両手を広げ、くるりと回った。華やかなドレスが膨らみ、頭のキノコの傘からきらきらと光る胞子が舞った。
「ノーっコッコッコッコッコ!」
朗らかな笑い声を残し、〈胞子の女王〉は初めての異世界遠征へと乗り出した。




