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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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25/25

ep.25

 自宅へ戻るとリュックから本を取り出し、挟んでいたメモとポケットに入れた丸まったままの紙を机に置いた。

 無理に突っ込んでいたせいで皺だらけだが、点検報告書と紙切れをなんとか手で伸ばす。

 擦れた赤が若干薄くはなったが、やはり同じ色味だと再確認した。



 本に記された"◯"の意味は、井上が教えてくれた事と同じ。

 どの答えを選んでも"危ない"と忠告している。


 そして"✕"の意味。

 さくらが誤魔化さずに知らせてくれたキーワードは、俺の頭の隅にあったもの。


「千歳くん」


 名前を口にしたが、不思議な程に心は冷静だった。

 あえてはぐらかしていただけで、脳は答えを理解していた。

 ただ、"◯"と"✕"の意味はまだ解けない。


 なぞなぞの本を最初からゆっくり捲り、隅々まで見渡す。

 祐希の残した何かが、きっとまだあるはずだと信じてーー。

 部屋の蒸し暑さに乾き始めていたシャツは、また水分を含む。

 窓さえ開けるのを忘れるほどに見入っていた。


 最後の70ページ目。

 特に新しい書き込みを見つける事なく終えた。


「ヒントはもう無いのか……」


 本を閉じた時、額から汗が机へと垂れた。

 さすがに暑すぎる。

 エアコンをつけるためリモコンを押したが、電池切れなのか画面に何も表示は無かった。

 今までのだらし無さのせいだと、自虐気味に思いながら、扇風機のスイッチを押した。

 勢いよく吹き付ける風に、机の隅に置いてあった白紙が数枚飛ばされた。


 暑いからと"強"を押したせい。

 自分へ苛立ちながらも"弱"へ切り替え紙を拾った。


 白い紙……。

 待てよ、もう一冊あるじゃないか。

 俺はなぞなぞ本にしかヒントがないと勝手に思い込んでいた。


 白紙にリモコンを乗せ風対策を講じた後、リュックから折り紙の本を取り出した。

 机に置いて目的のページまで数枚捲る。


「あった……」


 それは届いた日に見つけた、黒い正方形のシールに白ペンで書かれた『しろ』。ここだけにある不自然な色の指定。祐希が好きだったかも知れない色。


「しまった。千歳くんに聞くのを忘れた」


 そのページにはサイの折り方が書かれてあった。勿論サイは白色じゃない。むしろグレーだ。

 色のなぞなぞに苦戦しながらも指定の「しろ」を、一緒に届いた折り紙の束から探した。

 白は最後の一枚だった。

 それは折り紙ではなく、白い紙を正方形に切ったもの。端には綺麗な字で方程式を消した跡が見え、所々にシワもある。丁寧な祐希にしては珍しいと思いながらも、手順通りに折り進めた。

 特に複雑な折り方もなく、3分程で完成した。


 サイなのに真っ白……。

 違和感しか感じず、そのページ全体に再度目を通す。右下の端にページ数を記す『100』、そのすぐ横には「◯」が1つ、手書きで記入されていた。


 何だ?


「これじゃ100ページ目じゃなくて、1000……」


 扇風機の首振り音に、窓の外からは求愛を欲する蝉の音。ドアの前を通るアパート住人の足音に、郵便受けに何かが落ちる音。

 その全てがまるで無音のようだった。

 カーテンの隙間から、あのとき希望に見えた陽の光が差し込む。あの人の名が記された名刺は風に飛ばされ、床に裏向きで落ちていた。

 今日の陽に真っ直ぐ照らされたのはーー

 完成した「サイ」と「1000」。


 分かってるよ、祐希……。

 もう分かってるから。


「1000」と「サイ」

 単純すぎるよ。


 1000歳って『千歳』ってことなんだろ?


 なぞなぞ本にもあったけど、何で危険なんだよ。

 ……本当の意味を教えてくれないと、俺、分からないんだよ。


 扇風機の弱い風では全く汗など引かず、いつの間にか何滴も顔から滴っている。一旦水分を取るためコップに水を注ぎ、半分ほど一気に飲んだ。そのまま机に置こうとしたが、俺は何故か震える手に気付かなかった。コップは倒れせっかく折ったサイは頭部が濡れてしまった。

 最悪だと思いながら手を伸ばした時、異変に気付いた。


 何だ……?


 サイの頭に薄っすらと文字のようなものが見える。


「白い紙から浮かび上がる文字……」



 祐希と休み時間に眺めていた図鑑に、そんな実験のようなものが載っていた。

 確か白い紙に洗剤を付けた綿棒で文字を書く。そして、乾かすと文字は見えなくなり元の白い紙に戻る。

 これを水につけると文字が浮かびあがるという暗号めいたものだ。

 2人だけの秘密事を書いてみようかと話していたのを思い出した。


 それを施しているんだとしたら……。


 俺は染み込んだ水分をティッシュで優しく抑えた。

 室内でも纏わりつくようなこの暑さだ。乾かすのに時間はかからなかった。机に置いて破れないよう注意しながら折ったサイを広げていく。

 それを水を入れた洗面器にをそっと浮かべた。

 現れた文字に、目は瞬くことを忘れた。扇風機が往復し何度も顔に風が流れる度、ひりつく瞳は思い出したように慌てて瞬きを繰り返す。

 身体が臓器ごと揺れているような感覚。それほどに心臓の鼓動は、けたたましく暴れている。自分の震え出す手を見て、あの人の笑顔が剥がれ落ちていった。



 祐希……

 本当なんだよな?



 胸の奥で何度も尋ねた。



 震えを止めようと両手を合わせ、ぎゅっと握り締めた。



 間違いであってほしいと

 どこかで思ったんだ。



 でも



 これがずっと求めていた



 たった一つの答え。



 浮かんだままの紙は、文字がぼやけ消えてしまいそうだった。

 震えながらもゆっくりと両手でつまんで水から引き上げる。 滴る雫はまるで祐希の叫びのように、洗面器に波紋として何度も広がってゆく。


 最後の一粒が落ちた時、

 気付けば俺の目からは熱いものが流れていた。

 水のような冷たさではなく、確かな温度を持つ雫が。


 消えゆく文字へ、ただ真っ直ぐに視線を送る。



 決めた。


 答え合わせをしよう。


 絶望しか見えないはずなのに、手の震えは完全に止まっていた。



 君の遺した、たった5文字の


 秘密の暗号ーー


『ころされる』




 祐希……



 今度こそ、必ず正解してみせる。



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