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向日葵の檻ー死にたい俺が君を探し当てるまでー  作者: みい


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12/22

ep.12

 

 「君、ちょっといいかい?」


 突然目の前に1人の警備員が現れた。

 血走った全身から急に血の気が引いていく。


 「え、あの……」


 どうやら不審者が居ると通報があったらしい。

 不審者ーー。

 俯瞰して見ると明らかだ。

 こんな夜に1人、大声を出しながら散策してる奴なんて、相当不気味だろう。

 警備員が目を細めて凝視していた。


 「すいません。亡くなった友人の事を思い出していて……」


 本当の事を言ったまでだ。

なのに、目頭が熱を帯びるのを感じた。

 亡くなった……

今の今まで口に出したことなど無かった。

俺のせいだと責め続けている間は、祐希が側に居てくれると、どこかで思っていたから。


 「そうか。その若さで友人を失うなんて、辛かったろう。弔い旅の途中に悪かったね。ただ、大声は出さないようにだけ頼むよ」


 そう言って警備員はポンと俺の肩に触れた後、去っていった。


 弔い旅。

 まるでエコーのように鼓膜を揺らす。

 目から流れた雫が影へ落ちた。

 死んだ祐希、命があるのに生気の無い俺。


 一体どちらを弔っているんだろう。


 いつの間にか周りにあった観光客の姿は消え、夜だけが静かに更けていった。


 また続きは明日にしよう。

 俺には持て余すほどの時間だけはある。

 影を見つめた後、駅前のネットカフェへ向かって足を踏み出した。


 頭上には無数の星とぼんやり浮かぶ月。行き交う車に酒の臭いを放つ酔っぱらい。2人の世界に入り込むカップルに、ただ騒ぎ立てる若い奴ら。

 倉敷の街並みと、どこまでも広がる暗い夜空は、俺を1人きりだと告げていた。


 学校で寂しかったあの時の、救ってくれた祐希への想い。

 ただ毎日が楽しくて、これが永遠に続くものだと思い込んでいた。

 あの時の俺はニ度と孤独に戻りたくなかったんだ。


 建物の影に入ると、俺のシルエットは飲み込まれた。影は……もうそこには居なかった。


 駅前には暗闇を裂くネオンが光る。

 たちまちうるさく映る街並みに、大きなため息が落ちた。

 そのままビルの中へと足を進める。

 ネットカフェの自動ドアが開き、受付を済ませると、鍵付きの個室へと向かった。


 施錠をし、リュックを床へ置くと、思ったよりも疲弊している体に気付く。

 腰を下ろし、横になると俺はそのまま眠ってしまった。

 ポケットに入れたスマホからの通知音など聞こえる事もなく。



 その日は久々に夢を見た。

 倉敷を祐希と2人、笑いながら散策していると、突然霧の中へと迷い込んだ。その中で離ればなれになった祐希を探すべく、俺は叫びながら走った。どこまでも晴れない霧に焦る内、俺自身が薄れて消えた。でも消えて、霧と同化した事で祐希が見えたんだ。


 「霧になって見つけるなんて、律は冴えてるよ。見えてるところしか探せなかった僕とは違うね」


 やられたと言わんばかりに、苦笑いを浮かべた祐希が俺へ手を伸ばす。

 その手を握り締めた時、目が覚めた。


 天井の白い壁に、一瞬どこか分からなかった。寝ぼけた脳が理解するまでのほんのわずか、さっきの言葉が浮かぶ。


 見えてるところと、見えないところ……。

 俺は何かを見過ごしてる気がしてならなかった。

 頭をぼりぼりと掻いた瞬間、汗臭さが鼻を掠める。

 シャワーつきの個室にして良かった。

おもむろに立ち上がると、昨日の汗をしっかり流した。


 濡れた頭にタオルを被せながらスマホの画面をタップする。画面は黒いままバッテリー切れのマークだけが点いた。


 「くそ、ダル」


 リュックからモバイルバッテリーを探し出すと、充電を始めた。

 その間に持ってきたパソコンでブログを確認しようと開いたが、電源が入らない。表面に付着する砂利や埃を叩くと、リュックを覗いた。普段からの雑さが仇となったのか、充電端子に何かが詰まっている事に気付いた。それに、角が傷付いている。

 どこかでぶつけた……?

 濃厚な昨日を思い出していると、自然と舌打ちが出た。

 岡山駅で筋肉男にぶつかって、尻もちをついた時だ。きっとその時にリュックも勢いよく打ち付けたんだろう。

 苛立ちが思い返された。


 だが、パソコンは無職の俺にはもう要らないのかもな。


 怒りに情けなさが混じる。壊れた端子と傷ついたボディを指でなぞった。唯一あった社会人としての装置さえ、ガラクタに成り下がった。パソコンを雑な手つきでリュックへ落とすと、スマホの電源ボタンへと触れる。


 早く点け。


 黒から白に切り替わる画面を、睨みを効かせながら凝視した。


 通知が1件。


 頭にかけたタオルをもぎ取り投げる。

 昨日寝落ちたせいで気付かなかった自分に腹が立つ。

 急いでタップすると、彼女の最新のブログが表示された。


 「妹」


 たった一文字と、庭先で優雅に咲く花の写真。

 3枚の大きな黄色の花びらに、中央には茶色の虎のような模様が目立つ。そこからはアンテナのように伸びる何かがあった。インパクトの強い外観だが、鮮やかな黄色がヘッダーの向日葵のようだった。

 そのすぐ側には金持ちの家にあるような立派な池が見えた。大きな木の幹が反射して見える。


 分かっている。調べたら、意味なんてすぐに。

 でも、この一文字の異質さが手を震わせる。理解してしまうのが途端に怖くなった。

 刻み始めた鼓動は体をノックする。早く、お願い……と聞こえるようだった。

 落ち着かない心臓はスピードを上げていく。


 頼むから、待ってくれ。


 悲鳴を上げ始めた。

 すっかり空になった胃袋から切りつける痛みを感じる。乱れていく呼吸と同時に、濡れたままの髪にまた湿り気が加わる。

 浅く呼吸を繰り返し、心拍を落ち着かせる事にだけ集中した。


 大丈夫、大丈夫だ。


 何がかは分からないが、とにかく言い聞かせる。

 少しずつ、呼吸が深く出来るように整い始めた。

 じめっとした指先の緊張感は残ったまま、画面をタップし検索へと移った。


 チグリジアの花言葉は「誇らしく思う」「あざやかな場面」「私を愛して」。


 まただ。

 どれもが違和感でしか無い。

 妹に対しての思いもあるのだろうが、これではないと、指先が動く。

 スクロールした先で見えた文字に、乾いた唾を飲み込んだ。


 怖い花言葉……「私を助けて」


 視界に飛び込んできた瞬間、またカーテン越しの祐希が浮かんだ。小刻みに震える手と、涙をぬぐう仕草。助けを求める口の動きが脳にこびり付いている。

 その上に重なるように"妹"という一文字と、あの影が交わった。祐希では無いのに、それ以外に思う事すら脳が拒絶する。また内から脈が速度を上げて流れ出す。

 だが、そんなまやかしに騙される俺じゃない。祐希はわざとこの言葉を使って、あの頃のように俺を試しているんだ。鋭い牙を隠し続けながらーー。

 岡山への誘導、花、色、このなぞなぞの出し方……これは祐希から俺への最後の挑戦状。

 是が非でも彼女を助けろ、と言ってるようだった。


 スマホの画面には続けて文字が並ぶ。

 どうやらチグリジアはたった1日しか咲くことのできない花のようだ。「もっと咲いていたい…だから助けて」といった願いから来ているのか。


 『見えてるところしか探せなかった僕とは違うね』


 ふとさっきの夢を思い出す。


 「祐希、ヒント……なんだろ?」


 リュックにつけたお守りを指先で弾くと、笑うように揺れた。

 ブログを飾るヘッダーの向日葵。その花束に祐希の顔を重ねた。1、2、3……全部で15本。その一つずつに色んな表情が浮かび上がった。


 でも流暢に浸っている時間など、

 俺には無かったんだ。



 それを知ったのは……

 限りなく近い未来だった。


 アスファルトに列を成す蟻たちが

 ゴミくずへと這う。


 それは俺の脳の溝を、黒で埋め尽くす。


 ゴミを漁るカラスの鳴き声だけが、


 あの瞬間の


 たった一つの日常だったんだ。



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