第20話 新型機
「中佐! 第507特務中隊、配属された部下たちです!」
副官のラインハルト・サカモト少佐が前に出る。
中隊長
カイ・イサギ中佐(愛機:アスラ)
副長兼副官
ラインハルト・サカモト少佐(カイの元教官)
オペレーター
ミナ・フェリシア曹長
【第一小隊】
ハインリヒ・シュミット大尉(ゲルマー出身)
ジョセフ・カサイ准尉(日和極東連邦出身)
【第二小隊】
ニルット・プラサード中尉(マライカ出身)
アラン・バティスタ少尉(スター・アイルズ出身)
【第三小隊】
チャルン・ピチット大尉(シムラーシュ出身)
ユキヤ・サトウ准尉(日和極東連邦出身)
【第四小隊】
ニュエン・フォン・マイ少尉(ガンダルヴァ出身)
タケシ・サカモト准尉(日和極東連邦出身)
「……以上の十名、本日よりカイ・イサギ中佐の指揮下に入ります!」
サカモト少佐が敬礼のあと、ニヤリと笑った。
カイは彼らを見つめ、かつてアスラ単騎で戦場を彷徨っていた自分を思い出した。
今は、背中を預ける仲間がいる。
「諸君、これよりブリーフィングを開始する。我らの戦場は、バルラート洋の彼方ケルゲレン島だ。……諸君、地獄へ行く準備はいいか!」
「ハッ!!」
「出発は三週間後だ。その期間内に、全員、この新型の起動をマスターしてもらう。一部を除き、諸君らは選抜エリートと聞いている。未熟な自分に、力を貸して欲しい」
カイは一呼吸置き、かつての同期たちを睨みつけた。
「そして……大人の都合で、この最前線確定のエリート部隊に所属した諸君。誰だかは分かっているだろう?」
カイは背後に控える己の愛機、『Y-S01w アスラ』を指し示した。
「安心して欲しい。訓練弾薬は本国がたんまり用意してくれた。私が、みっちりとこのアスラで、戦闘機動の何たるかを教え込んでやる。時間外労働も覚悟しろ」
「このアスラの機動を、諸君らのフェンリルでどこまで追えるか。……死ぬ気でついてこい!」
八名の戦士の咆哮が、マライカの埠頭に響き渡った。
「第一小隊、シュミット大尉。機体停止。……判定、戦死。速やかにハッチを開放してください。内部温度が限界値を超えています」
演習場を見下ろす仮設指令部。
ミナ・フェリシア曹長の声には、一点の乱れもなかった。
右手のゲルマー製精密義手が、カチリと無骨なトグルスイッチを切り替える。
有線通信の受話器からは、激しい金属音とマンガニスの焼ける異臭、そして呪詛に近い喘ぎ声が漏れ出していた。
「はぁ、はぁ、はぁ……化け物が……ッ!」
ゲルマー最強のトップエースを自負していたシュミットにとって、それは無様な敗北であった。
ハインリヒ・シュミット大尉は、油煙が立ち込めるコクピットの中で、レバーを握ったまま崩れ落ちた。
フェンリルの胸部装甲には、アスラが叩き込んだ訓練用パイルバンカーの打撃痕が、鋼鉄を飴細工のように歪ませて刻まれている。
衝撃吸収ダンパーが底突きし、漏れ出した作動油が加熱されて白煙を上げていた。
大尉は、肺の空気をすべて強制的に吐き出させるような凄まじい衝撃に、意識を保つのが精一杯であった。
「第一、第二小隊全滅。訓練終了。次、続いて第三、第四小隊前へ。訓練開始。中佐機、後退します」
ミナの目の前で、各国のエリート精鋭が次々とカイに「遊ばれて」撃破されていく。
『我が国最強』として送り込まれた隊員達のプライドは初日から地の底まで落とされていた。
カイの操縦が規格外であることは聞いていたが、現実はその想像を絶していた。
彼女は、紙の航跡図に踊る無残な撃破マークを見つめ、戦慄していた。
「……ああ、もう! クラッチが噛みませんわ!」
ニュエン・フォン・マイ少尉が、悲鳴混じりの怒声を上げた。
彼女のフェンリルは、独立マンガニス推進機構の荒々しい爆発力を制御しきれず、産まれたての小鹿のように不格好に震え、地面を激しく跳ね上げた。
「マイ少尉、その機のクラッチは繋ぐ瞬間だけ素早く入れるんだ。鋼鉄の重みを感じろ!」
カイの鋭いアドバイスが飛ぶ。
それと同時に、タケシとユキヤ機が意地を見せた。
左右から肉薄し、訓練用ライフルの火線を交差させる。
だが次の瞬間、カイの『アスラ』は全機の視界からかき消えていた。
「良いぞ、新型をよく動かしている。……だが、三次元的に戦場を俯瞰しろ!」
頭上。
通常機十五メートルの跳躍限界を越え、アスラは二百十メートルの高高度から強襲してくる。
訓練用弾丸をばら撒きながら、位置エネルギーをすべて破壊力に変えて迫るアスラ。
それは訓練用とはいえ、回避不能な死の雨であった。
「うおおおおおっ!」
タケシは必死で回避レバーを蹴り飛ばした。
生身の体にのしかかる強烈な重力に顔を歪め、鋼鉄のレバーを両手で引き絞る。
ドォォン!!
訓練用ライフルの凄まじい反動が、タケシ機の装甲を内側から揺さぶった。
それは同時にマイ機、ユキヤ機をも正確に捉えていた。
「何ですの! あの機動は!? わたくしの機は最新型のはずではなくって!?」
「マイ少尉、タケシ准尉、戦死判定。……逃げられませんよ」
ミナが冷徹に告げる。
ドォォォォォォン!!
最後に残ったピチット機の旋回も虚しく、アスラがその背後を訓練用パイルバンカーで突き、訓練を終わらせた。
「ピチット大尉、戦死です」
「はぁ、はぁ、はぁ……どうなっているんだ。勝てるどころか、照準に捉えることすらできない……ッ」
ユキヤがコクピットの中で、汗と脂にまみれて絶望を口にする。
「第三、第四小隊、全滅」
アスラが着地した瞬間、演習場そのものが激しく揺れた。
土砂が数十メートル舞い上がり、視界は茶褐色の闇に包まれる。
「……甘い」
外部スピーカーから、カイ・イサギの低く、冷徹な声が響く。
「レバーの感触を信じろ。機体は死んでいない、お前たちが殺しているんだ。……もう一度やろう。今度は全機でかかってきていいぞ」
開始の合図とともに、アスラが再加速した。
突っ込んできたタケシ機を訓練用パイルバンカーで跪かせ、次の瞬間には、マイ機のコクピット部、アラン機とニルット機のエンジン部へ訓練ライフル弾が吸い込まれていく。
さらに肉薄したハインリヒ機に対し、再装填の終わったパイルバンカーが突き刺さる。
そして仕上げに、アスラの訓練用パイルバンカーが、呆然と立ち尽くすユキヤ准尉の胸部に撃ち込まれた。
ガツンッ!!
鉄が擦れる絶叫。
近距離で打撃を受けたユキヤの機体が転倒する。
「ぐっ……あああああッ!!」
断線した配線から火花が飛び散り、熱気が一気にパイロットを包み込んだ。
ユキヤは衝撃で額を切り、流れる血が目に入るのも構わず、倒れた機体を立て直すため、重いキックレバーを何度も踏み抜いた。
「……ミナ曹長。各機の状況は」
「全機、冷却水の残量が規定値を下回りました。……ですが、中佐。あと一度だけ、仕掛けられます。皆様の気圧計はまだ死んでおりません」
「よし。……もう一戦、やろうか」
隊員たちは天才エースの機動を、毎夜夢に見るほどその身体に刻まれていった。
ミナは、義手の指先でペンを握り、カイが放つ各機の弱点や改善点を、震える手で書き留め続けた。
彼女の左手には、鏡のように磨き上げられた銀の指輪が光っている。
彼女は知っていた。今、この演習場で流す血と汗、焼けるマンガニスの匂い、そしてこの極限の恐怖だけが、ケルゲレンの霧の中で彼らを繋ぐ唯一の導綱になることを。
「全機、再起動を。……立ち上がってください。皆様なら、まだやれます」
ミナの冷徹で、しかし慈愛に満ちた声が、満身創痍の戦士たちを再び鋼鉄の座席へと縛り付けた。
マライカの埠頭に、再び重油の黒い煙と鉄が擦れる凄まじい咆哮が響き渡る。
それは洗練とは無縁の、剥き出しの「暴力」の研磨であった。
破壊神のしごきは、隊員たちの機動に「神の力」を添える血塗られた儀式であった。
これは破壊神と、彼に寄り添う戦乙女が作り上げる最強の中隊の産声であった。




