35.ハルのユニコちゃん
「みんな!そろそろルビーちゃんを探しに行こう!」
十分に休憩を取ったハルが、元気に立ち上がって仕切り出す。
ハルの掛け声にハッとカーマインが今は緊急事態だった事を思い出した。
「そうだ……。ルビーを探しに行くぞ。確かこっち方向にその馬は飛んで行ったんだ」
カーマインが指し示す方向は崖地ではないけれど、ハルの背を越えた草が生い茂る道なき方向だった。
『進むの大変そう……』とカーマインの示す方向を見たハルは、すぐ近くに道がある事に気づく。
カーマインが指さす方向より少しズレてはいるが、その道はほぼ同じ方向に続いているようだった。
山を観光するための道なのか、細い道ではあるがとても綺麗に整備させている。
茂みを進むよりも、ある程度まではこの道を進んだ方が断然早く進めるだろう。
「こっちに綺麗な道があるよ。同じ方向だし、絶対この道から進んだ方が早いよ。こっちこっち!」
ハルは道を見つけると同時に足を踏み出し、みんなに声をかけながら先陣を切った。
しばらく歩いただけで開けた場所に出た。
目の前の場所はさっきまでの崖地とは違って、可愛い草花が咲き乱れる平地だった。少し離れた所に、澄み渡る湖までが見えている。
「うわ〜綺麗な場所だね。ここで休憩すればよかったね。ね、パールちゃん、ピュアちゃん」
ハルはすぐ後ろに付いていてきてくれているはずの双子に声をかけたが、返事が返ってこない。
「パールちゃん?ピュアちゃん?」
不思議に思って振り向くと、そこには誰もいなかった。
ハルだけが立っていた。
もしかしたらハルの呼びかけに気づかず、一人で歩いてきてしまったのかもしれない。
『いけない、みんなが心配しちゃう。すぐに戻らなきゃ』
急いで引き換えそうとして、湖のほとりの木の下で、一つのツノを持つ翼の生えた馬――ユニコーンが立っているのを見つけた。
パステル調の虹色のたてがみが、風にそよそよと揺れている。
『あのたてがみをブラッシングしてみたい!』
今ハルの中では、熱くブラッシングブームが巻き起こっている。
ハルは美神ブラシ使いのプロだ(※ハルの主張)
ハルならば誰よりも素晴らしい腕で、あのたてがみをブラッシングする事が出来る。
ハルはユニコーンを驚かさないように、そっと近づいて、なるべく優しく聞こえるように声をかけた。
「こんにちは、ユニコーンさん。私はブラッシングが得意な、黒戦士をしているハルです。もしよかったらこの美神ブラシでブラッシングさせてもらえませんか?
あ、この美神ブラシは新品ですよ。ケルベロちゃんとオルトロちゃんは、別の専用ブラシがあるから安心してください」
優しい声で話しかけて、ハルはユニコーンの反応をじっと待つ。
こうして向かい合ってじいっと観察すると、ユニコーンはメルヘンな毛色と姿にかかわらず、なかなか迫力のある顔をしていた。
だけどケルベロスやオルトロスに比べたらまだ優しい顔つきだ。
じっと真剣な目で見つめるハルに何かを感じたのか、ユニコーンがハルの近くに歩いてくる。
―――と同時に、ユニコーンの後ろにしゃがみ込んでいたルビーが見えた。
「あれ?ルビーちゃん?」
「黒戦士……!!こんな所まで助けに来てくれたの……!?」
「え?あ、うん」
驚いた顔でハルを見つめるルビーは、泣き腫らした顔だった。一人で心細かったようだ。
ハルは確かにルビーを助けに来たが、「こんな所まで」と感謝されるほど苦労はしていない。
とはいえそんな言葉は、今話す言葉ではないだろう。
適当に相槌を打っておいた。
「ルビーちゃん、カーマインさんもターキーさんもすごく心配してたよ。早く帰って安心させてあげないとね。あの道から来たんだ。すぐに会えるよ」
魔法のカバンからハンカチを取り出して、ルビーに手渡すと、ルビーは噛み締めるようにお礼を伝えてくれた。
「……ありがとう、黒戦士」
「じゃあ行こっか。とりあえずみんなに会わないとね」
ルビーがヨロリと立ち上がり、ハルが通ってきた道へハルと一緒に歩き出す。
「あ。先に行ってて。このまま真っ直ぐ進めばすぐだよ」
ハルは「あっちだよ」と進むべき方向を指差してルビーに声をかけた。
ルビーに気を取られて、すぐ近くにいるユニコーンを忘れていた。
ハルはユニコーンとの会話の途中だった事を思い出す。
「ユニコーンさん、探してた子が見つかったから、みんなの所に戻るね。ブラッシングは残念だけど、またの機会にするよ。バイバイ、ユニコーンさん」
ユニコーンに挨拶をして背を向けると、ユニコーンはハルのワンピースの裾をカプリと噛んで引っ張ってハルを引き留めた。
「……?ユニコーンさん、もしかしてブラッシングさせてくれるの?」
ハルの問いかけに、ユニコーンが頷いたような気がして、ハルは大きな声で先を歩いて行ったルビーに声をかける。
「ルビーちゃーん!私ちょっとユニコーンさんのブラッシングをしてから戻るねー!」
ハルの立つ場所からはもうルビーは見えなかったが、まだすぐそこにいるはずだ。きっとみんなに伝えてくれるだろう。
「ユニコちゃんのたてがみは可愛い色だね〜。パステルカラーが素敵だよ。尻尾もお揃いカラーだね。良い子だね〜」
ハルはすぐユニコーンと仲良くなった。
ユニコーンは座ってくれて、パステル調の虹色たてがみと尻尾も、真っ白な身体も、念入りにブラッシングさせてくれた。
鋭く長いツノだって、湖で濡らしたハンカチでキュッキュッと磨かせてくれた。艶々のピカピカになったツノは、早くもハルのお気に入りの部分になっている。
ユニコーンは、ケルベロスとオルトロスに次いで、可愛いしかない子だった。
「ほら見て。こっちのボールがパステルユニコボールで、こっちがホワイトユニコボールだよ。どっちも最高に可愛いボールだよね。ユニコボールは新しい聖なる缶に入れておくね。宝物にするね。
あ。この缶はね、さっきまでモスグレイ山クッキーが入ってた缶で、休憩で食べ終わった時に聖なる缶にしてもらったんだ」
よしよしとユニコーンを撫でると、翼がパタパタと動く。
「ユニコちゃんの羽は格好いいね。大きくて真っ白で、すごく温かそう。ちょっとだけ撫でてもいい?」
ハルが尋ねると、ユニコーンが翼をハルのために下ろしてくれた。
翼は想像した通りにふんわりと温かかった。
そうっと撫でるととても気持ち良くて、ハルは顔を近づけると、お日様のにおいがした。
「ユニコちゃんの羽はお布団みたいだね。干したお布団みたいなお日様のにおいがすごく良いね。眠たくなりそうだよ……」
翼に顔を埋めていると、ユニコーンは翼でハルを包んでくれた。もう布団に入っている気分しかない。
『みんなが待ってるし、そろそろ戻らなきゃ。眠っちゃダメだ……』と思いながら、快適ユニコ羽根布団の中でハルは眠りに落ちていった。