24.ブレスレットの贈り物
お昼ご飯の予約を入れた店は、セージの馴染みのお店だそうだ。
そこも昔からの友人のお店なので、『戦士達を一目見るために、街の人が押し寄せる事がないように配慮してくれるから』と、セージはハルを安心させてくれた。
馬車が止まった先にあったのは、ハルが好みの小ぢんまりとした落ち着いたお店だった。
「わ〜可愛い緑のお店だね。お店の外観から素敵だけど、お店の中も綺麗な緑色していて森の中にいるみたい。落ち着く部屋だね」
ハルの喜ぶ様子に、店の店主も笑顔を見せてくれた。
「あれ、葉っぱかと思ったらこれお皿だ!お皿まで可愛いね。これも記録しておこう」
運ばれてくる料理のひとつひとつに感動して、国宝の遺跡のタブレットを操作するハルに、店主も張り切って見栄え良い料理を用意する。
『こういうなごやかな雰囲気を作れる所も能力のひとつなんだろうな』とセージは優しくハルの様子を眺めていた。
「あの朝帰り組のみんな、結局ここには来なかったけど、また女の子達と遊びに出かけたのかな。討伐する森の中にも女の子達がいれば、こんなに弾けちゃう事もないのにね」
ハルがやれやれといった様子で首を振る。
「まあ森には魔物しかいないからな、息抜きも必要だろう。早速昨夜も帰って来なかったしな」
「次の休暇までの遊びだめをしてるのでしょうね」
フレイムとシアンは、マゼンタを思い浮かべながら、「確かにな」と相槌を打つ。
セージは、フォレストとメイズも、ハルにとっては「マゼンタと共に女遊びする三人組」として一括りにしている事に気づいていたが、『あの二人なら何とかするだろう』と聞き流す事にする。
甥といえどいちいち訂正するのも面倒に感じたし、フォローするほどの事でもないように思えた。
「クロイハル、これを良かったらどうぞ。お菓子のお礼です」
食後のお茶を飲んでいる時にシアンから渡されたのは、淡く輝く繊細な作りのブレスレッドだった。微妙に色が違う2色のチェーンが組み合わさっていて、ホワイトゴールドのようなカラーが美しい。
「想いが込められた物は重い」と言い放ったハルに手の込んだ物を作って渡しても、突き返されるだけだろうと思っていたシアンとフレイムは、目立つ事の無さそうな極細のブレスレットを二人で作った。
繊細すぎるくらいのそれは、手軽に作った物だし拒否されたところで何とも思う事はない。お菓子のお礼を、ちょっとした形にしただけだった。
だからシアンもハルの受け取りを期待する事もなく『要らなかったら消すからいいですよ』、そう声をかけようと思っていた。
だけど思ってもみなかったハルの反応を見る事になる。
「え!何これ、すごく可愛い!繊細で綺麗な光り方してる…うわ〜こんなの作れちゃうなんて、本当にすごいね。嬉しい、ありがとう!」
早速手首に付けて、ブレスレットを感動したように眺めるハルに、念のためにフレイムが声をかけた。
「それは俺とシアンの魔力で作った物だぞ」
「え、そうなの?二人で作ったんだ。だから二色なのかな。すごいね、職人技じゃん。これが魔力のアクセサリーか〜。貴重なものだね、一生モノで大事にするよ」
「……」
嫌がるかと思ったが、予想外の反応だった。
そんなに喜んでもらえるなら、もっとちゃんと作れば良かったと悔やまれたが、あまりにも嬉しそうにブレスレットを眺めているので、二人はそのまま何も言わずにいた。
『また作る事があれば、その時で良いだろう』
喜ぶハルを見つめながら、そんな事を考える。
帰りの馬車の中でも、ハルが手首に付けたブレスレットを嬉しそうに日にかざしたり、触ってみたりする様子を見て、フレイムとシアンの機嫌は良さそうだ。
セージは、ハルと英雄達の様子を眺めながら『これで次の討伐地へ立つ時も心配なく見送る事が出来るだろう』とホッと息をついた。
今日の夕食時には皆が集まり、ワイワイとハルを囲む。
「あれ?ワンピースじゃないんですね」
「クロイハルのオシャレした格好、私もちゃんと見たかったわ」
フォレストとマゼンタが残念そうに声をかけ、メイズもハルに尋ねた。
「何でパジャマに着替えたんだ?」
「だって今日着てた服はお出かけ用だよ?すごく気に入った服ばかりだし、そういう服は大事な時に着る服でしょう?」
「………」
『何言ってるの、当たり前でしょう?』と、若干呆れを含んだように応えたハルに、三人の戦士達は黙った。
彼等もまた『自分達を前にする時は誰でも着飾りたがる』、それを自負する者達だ。
ハルの言葉に、自分達の前では着飾る必要はないという意思を示されて、蔑ろにされた戦士達は黙るしかなかったのだ。
「さあ、食事にしようか」
昨日に続き微妙な空気が流れ、それを断ち切るようにセージが明るい声を出す。
三人の戦士達はため息をついて、大人しく席に着いた。
今日の夕食の席はセージの陰に隠れる事なく、ハルはシアンが示した、フレイムとシアンの間に文句も言わずに座る。
いつもならば、絶対に呼ばれても二人に近づかないはずのハルに、フォレストが不思議そうに聞いた。
「その席で大丈夫ですか?」
「うん。ここでいいよ」
機嫌が良さそうなフレイムとシアンを見ながら、メイズもハルに尋ねる。
「今日はどこへ行ったんだ?」
「マカロン屋さんと雑貨屋さんに行って、可愛いレストランにも行ってきたよ。どのお店もすごく素敵で、本当に楽しかった〜。贈り物のお礼に、すっごく可愛いブレスレット作ってもらったんだ。これ!すごいでしょう?この可愛さは、一生モノの宝物レベルだよね」
自慢げに三人の前に突き出した手首には、フレイムとシアンの魔力を纏った繊細なブレスレットが光っていた。
「え」
「おい」
「ちょっと何よこれ。討伐中の仲間内恋愛は禁止のはずでしょう?」
三人の驚く声に、ハルが応える。
「何言ってるの?このブレスレットの可愛さは、恋愛越えだよ?」
「貰ったお菓子のお礼だ」
「今は討伐中じゃないですしね」
「………」
ハルのやれやれというような呆れた目と、フレイムとシアンの言葉に、理不尽な思いを感じる三人がいた。
クロイハルは相変わらずの態度だし、そのブレスレットに特別な意味も感じていないようだ。
誰にでも気軽に贈る物ではないが、別に恋愛要素が無くても贈れる物なので、確かに問題はない。
実際に深い意味など無いのかもしれない。ただ今までのように二人を避けるような態度を取らないハルが、珍しいだけなのかもしれない。
自分達だって別にハルに恋愛感情がある訳ではない。
だけど戦隊仲間に一線を引いているように見えるハルが、二人だけに気を許したような感じがして、三人の戦士達は何となくつまらない気持ちになってしまうのだった。
そんな三人にハルが追い討ちをかける。
「みんなは遊び過ぎて病気にならないように気をつけなよ」
「………」
酷い言い草にフォレストとメイズは衝撃を受け、マゼンタも黙るしかなかった。