22.誤解される方が悪いのか
フォレストとメイズとマゼンタの三人の戦士は、街へ買い出しに出たまま、その夜そのまま帰って来なかった。
フォレストとメイズに関しては、それぞれの買い出しの後に偶然街で出会い、そのまま二人で飲みに出かけていたからだった。
少し店に立ち寄るだけのつもりだったが、フォレストの馴染みの店に顔を出すと、多くのフォレストの友人達が集まり出し、メイズも集まった彼等とすぐに打ち解けて、結局皆で朝まで飲み明かした。
飲み明かす中で皆が騒ぐ話題の中心となっていたのは、ハルの噂話だった。
『黒戦士が街で注目を浴びていた』と聞いた瞬間、フォレストとメイズもハルのパジャマ姿が嘲られたかと苦々しい思いがしたが、どうやら嘲りでは無いらしい。
ここマラカイト国の緑色のワンピース姿であった事が皆から好意的に受け取られていて、更にとても似合って可憐だったと絶賛されていた。
ハルといえば一日中パジャマ姿の、ふてぶてしい態度しか二人の戦士達は思い出させない。
しかし街の者に意外すぎるほど高い評価を受けているのを見て、最初は『戦士仲間の自分達に気を遣っての言葉だろう』と思ったが、どうやらそうでもないようだった。
その姿を見たという者達が話す言葉に熱があるのだ。
確かに残念な姿しか見せないクロイハルだが、顔立ちは可愛らしいと認めていたため、『服を買ったなら、明日からはマトモな姿を見る事になるだろうな』と二人の戦士は笑い合った。
散々騒いで飲み会をお開きにして店を出た時には、すっかり外は明るくなっていた。
朝食の時間に間に合わなかったなと話しながら屋敷に向かって歩いていると、二人の横に馬車が止まる。
「あなた達も今帰りなの?一緒に馬車に乗って行きなさいよ」
窓から顔を出して声をかけたのは朝帰り中のマゼンタだったので、二人は馬車に便乗させてもらう事にした。
しかし馬車に入った途端、二人は顔をしかめる。
「マゼンタ、どれだけの女と遊んでたんだ?この中、混ざった香水の移り香が充満し過ぎだぞ」
「うふふ。しょうがないでしょう?可愛い子達がたくさんいるんだもの。女の子って良いわよねえ」
笑うマゼンタに、『相変わらずだな』と呆れて苦笑する戦士達を乗せて、馬車は屋敷に向かっていった。
今日のハルはパジャマ姿ではなく、ちゃんと着飾っている。
昨日の夕食時に、セージがハルに今日のお出かけを色々と提案してくれたのだ。街には他のドレス店や宝石屋もあると言っていたが、そこには興味を待てなかったので人気の雑貨店やお菓子屋に行く事にした。
『せっかくだから届いた服を着て、皆で出かけないか』というセージの言葉もあって、気合いをいれて用意を整えた。
可愛い物を買う時は、可愛い服を着て気分を盛り上げていくものだ。
今日はフォレストグリーンのワンピースを選び、服に合わせて軽くメイクもする。戦士達と一緒にいてもメイクの必要性を感じられなくてしないだけで、ハルも普通にメイクは出来る。
久しぶりの自分のメイクもなかなか良い感じだし、深みのある色合いの今日のワンピースも、まあまあ似合っているように思える。『よし、可愛い物を買う準備は整った』とハルは鏡の自分に向かって頷いた。
今日のハルの装いを見て、フレイムとシアンが顔を綻ばせて褒めてくれた。
「なかなか似合ってるじゃねえか」
「これだけ濃い緑が似合うなら、インクブルーの服も似合いそうですね」
ハルは素直にありがとうと返しておく。たとえ相手の方が100倍美しくても悪い気はしない。
「昨日着て帰るのに、最後まで悩んだ服だな。とても似合ってるよ」
セージも褒めてくれて、ハルは三人に笑顔を見せた。
「朝食を済ませたら出発しようか」と話しながら食事の席に着いた時にダイニングの扉が開き、フォレストとメイズ、そしてマゼンタの三人が入ってきた。
朝帰りの三人の戦士達が、ハルを見て目を見開く。
「クロイハル?噂通りだな」
「見違えたわね!」
「僕の色を―」
三人が口々に褒めようとハルに近づいて来た途端、ハルは席を立って駆け出した。
「え……?」
皆が呆然とする中、ハルはダイニング中の窓を全開にし出す。ガタンガタンと次々に窓を開け、全ての窓を開け終わると、ハルは鼻をつまんで言い捨てた。
「臭いよ!女の子を侍らせ過ぎ!!…うっわ!くっさ!無理!!」
「………」
今日は風が強い。
ビュウビュウと風が吹き込んでくる。
大きく揺らすカーテンを背にハルが堂々と立ち、ワンピースの裾も大きく揺れている。
『テーブル席のナプキンが飛んでしまう』と、使用人達が窓を閉めようと動くと、そこに走って窓を閉めようとする使用人を止めに入る。使用人の手を抑えて、ハルは静かに首を振る。
『誰一人としてこの窓を閉めさせるものか!』
そんな強い思いを持って、いかなる者も窓に近寄らせまいと窓の前に立ち続けるハルを見て、使用人達が困った顔でセージに視線を送った。
「……フォレスト、メイズ、マゼンタ。少し匂いが移っているようだ。着替えてきなさい」
セージの声かけに、ハルの穢れた物を扱うような態度に傷ついた三人の戦士達は扉に向かう。
「ちゃんとお風呂にも入りなよ!」
ハルは三人の背にトドメの言葉を投げ捨ててやった。
三人が部屋から出て行き静寂が広がる中、使用人達はハルの様子を伺いながら窓を閉めていく。
今度は手を止められることが無かった。
乱れたテーブルの上も整えられて、改めて四人はテーブル席に着く。
「あの子達、休みだからって生活が乱れ過ぎじゃない?ちゃんと常識的な遊びの範囲を教えてあげなよ」
眉間にシワを寄せて話すハルに、珍しく素直にシアンが応えた。
「確かにそうですね」
『自分に害が及ばないからと、フォレストとメイズを見捨てたか…』
そんな思いでフレイムとセージは二人の会話を静かに聞いていた。
自分だって余計な口出しをして、ややこしい事に巻き込まれたくはない。
こうしてフォレストとメイズが、マゼンタと一括りにされて、ハルの中で『女好き』認定された日となった。