03.シアンの母と姉とその仲間
痛い目に合わされているシアンの前で、ハルは気配を消していた。
英雄と呼ばれるシアンをあれだけ力強く押さえつける姉だ。「止めてください」とハルが間に入ったら、ハルも一緒に押さえつけられてしまうかもしれない。
それはちょっと――いやかなり怖い。
こういう時は「家族の団欒」と受け止めて、微笑ましいものを見ている感じで微笑んでおくべきだろう。
静かにシアン達の様子を眺めるだけのハルの前に、さらに人がやってきた。
もう一人の若い女だ。シアンの姉と同じ髪色と同じ顔をした、二人目の若い女だった。
シアンの姉は双子だったようだ。
「ママ!やっぱコイツここにいたんだ。コソコソ木の陰に隠れやがって、コイツ本当に変わらないわね」
『お母さんなんだ!』と、二人目の女の言葉で、シアンの頭を押さえつける若い女は、母親だという事に気づく。
英雄の母ともなると、歳を取らないのだろうか。
確かにメイズの母ピサンリも若かった。
「放せよ!」とシアンが母親の手を振り払ったところで、また二人の女がやってきた。
続々と人が増えてくる。集まった四人の女の背が高い。
人の魔力を全く感じる事が出来ないハルだったが、四人の女から漂うパワーが、圧倒的な強者を主張していた。英雄とも違う、力強い何かを感じる。
ハルは大人しく席に座りながら、さらに気配を薄めておいた。
気配を薄めたハルの前で女達がしゃべり出す。
「やっぱりここにいたわけ?シアンって本当にリアンと行動似てるわね。リアンもすぐこの席に隠れたがるんだもの。木の陰に隠れようとするなんて、本当に情けない弟だわ。やる事がセコイのよ」
「リアンの顔は私に似たけど、こういうセコイところは、あの人に似たのね。本当にうちの男どもはしょうがないわね」
今度の二人は今度の二人で、顔も年代もよく似ているが、こっちも親子のようだ。
そこにも驚きだが、それよりも気になるワードを聞いた。
「―――リアン?セルリアンさん?」
ハルの呟きに、四人の女の目がハルに向く。
「あら?あなたが黒戦士のハルちゃんね。大人しい子なのね。気が付かなくてごめんなさい。挨拶が遅れたわね。私はシアンの母のラピスよ。この子が娘のアクアよ」
「シアンの姉のアクアよ。よろしくねハルちゃん。ねえハルちゃん、この子と付き合ってるんだって?
もう少し考えた方がいいわよ。コイツ英雄とか言われて調子乗ってるだけのセコイ男なんだから」
「ハルちゃんはセルリアンとも会った事があるんでしょう?あの子も今朝帰ってるの。後で会ってあげて?
私はリアンの母のベロニカよ。ラピスとカフェを共同経営していて、私達4人で店を回してるのよ。この子は私の娘のサルビアよ」
「リアンの姉のサルビアよ、よろしくね。わ〜なんか思ってたよりちっちゃい子ね。リアンが気にいるのも分かる気がするわ。
まあ、あんな気が弱い男はやめた方がいいけど。今出てくる時も、「一人でこんな店回せるかよ」とか泣き言言ってたわよ。アイツ討伐者のくせに情けない男でしょう?」
「リアンも本当に変わらないよね。なんでうちの男どもはみんなヘタレなのかしら」
ハルは挨拶を返す隙を見つけられないままに、「本当にそうよね」「ホントそう」と四人の女が盛り上がっていた。
シアンを見ると、冷めた目で4人を見ている彼のおでこは赤くなってもいない。さすが英雄。国宝級美貌に一筋の乱れも見られなかった。
シアンが話していた「母親のカフェの共同経営者」は、以前会った事がある、シアンの幼馴染のセルリアンの母と娘だったらしい。親子で仲が良かったようだ。
メンズはメンズで気が合うのだろう。シアンとリアンが討伐でチームを組んでいた過去に納得しかない。
何も喋らなくても、みんなの関係性が見えてきた。
シアンとリアンの家は、女性が圧倒的に強いらしい。
「ハル。挨拶も済んだ事ですし、そろそろ私達は行きましょうか。こんないい加減な事を話す奴等の相手などする必要はないですよ。話も通じない野蛮な奴等ですから。
これ以上ここにいると、ハルに悪い影響を与えかねませんし、急ぎましょう」
話しながらシアンがハルに伸ばした手は、ガシッとシアンの母に捕まれた。
掴まれて―――そのまま窓際まで引きずられ、開けた窓から投げ出されてしまった。
「あ………」と、飛ばされるシアンを目で追うと、何事もなく着地していた。さすが英雄だ。
「さ、行きましょうかハルちゃん。あんないい加減な事を話す男なんて放っておいたらいいわ。
それに昨日ドンチャヴィンチェスラオ王子から、ハルちゃんをよろしくって電報が届いてね。朝から待ってたのよ。私達の店に歓迎するわね。
――あ、あなたがハルちゃんの護衛のミルキーさんね。あなたの事も聞いてるわ。あなたも一緒に来てちょうだい」
ハルと同じく存在感を失くしていたミルキーが、「はい……」と覇気なく応えていた。
賑やかにおしゃべりをする女達の歩きはとても早い。
シアンは母と姉にガッチリ掴まれて、引きずられるように連れられている。
どんどん小さくなっていく彼女達の後ろ姿を眺めながら、ハルはミルキーと一緒に歩いていた。
「ミルキーさん。ドンちゃん、シアンさんの家に連絡してくれたみたいだね」
「そうですね……。見張りを増やしてくれたみたいですね。私一人でハル様をお守りするのは、魔力に限界があるのではないかと思っていたのですよ……」
一人の護衛はプレッシャーがあったのかもしれない。
ホッとため息をつくミルキーの顔色が悪かった。もしかしてここまでの移動中も、何か魔法を使ってくれていたのかもしれない。
ピュウッと吹いた一陣の風が、ミルキーの柔らかな白い長髪を揺らした。髪が目に入ったのか、立ち止まったミルキーがぎゅっと目を閉じている。
さらに強い風がビュウツと吹くと、目をつぶったミルキーの細い体が小さく揺れていた。
ハルはミルキーに手を伸ばして、そっと背中をさすってあげた。なんだかとても可哀想に思えたからだ。