77.青い英雄と救世主のエンディング
青い英雄と呼ばれるシアンは、沸々と湧き上がる怒りを自分自身でも抑え切れないでいた。
結婚しても何も変わらない事をドンチャ王子や戦士の皆に主張したが、誰も自分を信用しようとしなかった。
結局ハルとの結婚は「次回の討伐完了後」だと強く決定付けられて話が終わってしまった。
本当に忌々しいとしか言いようがない。
確かにハルとの結婚後に、戦士である他の男達との共同生活を認める事は出来ないだろう。
だけどそこは、あの男達が空気を読むべきところではないか。
「結婚したんだしな。討伐は残り少ないだろうし、後は俺達で頑張るから気にするな」とか、英雄とまで呼ばれる者なら寛大さを見せるべきだろう。
そんな思いは隠したつもりだったが、抑える事が出来なかった苛立ちの魔力に、皆が何かを感じ取ったようだ。
ハルを連れてシアンが逃亡を図る事を懸念したドンチャ王子に、新たな神託が下るまでの間も、他の英雄達とのログハウス生活を義務づけられてしまった。
今は王城は出ているが、神託の討伐もないのに、戦士達と以前と変わらないログハウス生活を続けている。
全く不本意極まりない。
「ユニコーンのぬいぐるみとケルベロス付きなら、二人での時間もたまに許す」などとフレイムが許可を与えてきたが、そもそもフレイムにハルとの時間を許可されるいわれなどない。
今はせっかくのハルとの時間を過ごしているところだったが、シアンは苛立ちを深めていた。
近くの広場に散歩に来たが、ハルはシアンが一緒にいる事も忘れているようだ。
辺りには綺麗な小花が咲き乱れているというのに、ハルはケルベロスとぬいぐるみのための花輪を作るのに夢中になっている。
シアンはこれから先の将来を予想してみた。
今はハルは自分との結婚を認めてくれているが、長い時間が経てばその思いは変わるかもしれない。
自分も英雄と呼ばれる者だが、あのログハウスには各方面において一流と評される男達が揃っている。
ドンチャ王子もハルに好意を向けているし、白戦士アッシュともこまめにハルは連絡を取っている。
敵が多すぎて、状況はいつ変わるか分からない。
神託の討伐が始まってしまえば、あとは討伐をさっさと片付けて終わりにしてしまえばいいだけだが、神託はまだ下らない。
もしかしたらあの忌々しい馬が、地獄の復興を遅らせているのかもしれない。
そうなったらいつまで経ってもログハウス生活が終わる事はないだろう。
プツッと頭の中の何かが切れた気がした。
……いっそ。
邪魔なもの全てを消し去ってしまおうかと、そんな思いが頭をよぎる。
憑依の媒体になるぬいぐるみも、ログハウスでハルとの時間を邪魔する英雄達も、自分達の結婚を禁ずるドンチャ王子も片付けてしまおうか。
なんなら復興など考えられないくらいに、地獄そのものをを消し去ってしまおうか。
――世界の全てを滅ぼしてしまおうか。
シアンから禍々しい魔力が立ち昇り、天にも届こうとしていた。世界の全てを呪うような強い思いに、辺りが陰っていく。
ケルベロスが警戒して低く唸り出した。
グルルルルという唸り声に、花輪作りに集中していたハルは顔を上げる。
それまで差していた日の光が陰っていた。
少し曇ってきたようだ。
ケルベロスがシアンを見ながら唸っている。
シアンは今、木にもたれながら眠っているようだ。
ケルベロスは「雨が降りそうなので、起こしてあげた方がいいよ」と言っているように見える。
「ケルベロちゃん、今日は雨は降らないよ。すぐに晴れると思うよ。よしよし、ケルベロちゃんは良い子だね」
ハルはケルベロスを撫でて、シアンの様子を見にいく事にした。
足音を立てずに近づいて、しゃがんでシアンの顔をじっと見つめた。
シアンの眉間に深いシワが入っていた。
彼は今、悪い夢を見ているのかもしれない。
「シアンさん、寝てるの?」
小さな声で尋ねてみたが、彼は動かない。
やっぱり眠っているようだ。
ハルは手を伸ばして、シアンの眉間のシワをそっと伸ばしてみる。
シワが少し薄れたので、「起きたの?」ともう一度小さく聞いてみる。
何も言わないシアンはまだ目覚めないようだ。
ハルはじいいいっとシアンの顔を眺めた。
見慣れた顔だけど、相変わらずシアンはとても綺麗な顔をしている。
シアンは涼しげな顔立ちのクール系イケメンだ。
しかもただのイケメンではない。国宝級美貌を持ったイケメンだ。
イケメンには嫉妬の危険がつきものだけど、シアンといる事で受ける嫉妬の危険は、ハルの指にある指輪が解決してくれる。
シアンはハルが安心して側にいられる、貴重なイケメンだった。
ハルはシアンの頬に触れてみる。すべすべのツヤツヤだ。
こんなに間近で見ているというのに、肌には毛穴ひとつ見つからない。
長いまつ毛も、つけまつ毛なんかではない。
目を瞑ったまま眉間にシワを寄せていても、彼は国宝級美貌を誇っている。
動かないシアンは、動かないハニコぬいぐるみのように、そっくりな作り物のようだった。
ハルはチュッとシアンの額にキスをした。
「あ」
違った。彼はぬいぐるみなんかではない。本物だった。
よくハニコぬいぐるみにキスをするので間違えた。
『ヤバい!』とハルはサッと立ち上がって、距離を取る。
シアンは動かない。
どうやら深く眠っているらしい。
『良かった』と安心して、ハルは足音を立てずにケルベロスのところに戻っていった。
シアンが気づいてないなら、何もなかったという事でいいだろう。
「………」
シアンは当然起きていた。
そもそも眠ってなどいなかったし、たとえ眠っていたとしても、戦士であれば人が近づく気配があれば目を覚ますものだろう。
ハルが近づいてくるのは分かっていたが、あまりに苛立ち過ぎていて、余計な事を口走らないように眠ったふりをしていただけだった。
ハルがあまりにもじっと顔を見つめているので、目を開けるタイミングを逃してしまったが、思いがけずハルがキスしてくれた。
ハルが自分に明らかな好意を見せたのは初めてだ。
しかもあのハルがキスをしてくれるなんて、好意どころの想いではないだろう。
自分だけの想いではなかったと、走る喜びにそれまでの不安が消えていった。
『わざわざ世界など滅ぼさなくても良さそうだ』とシアンは口元を緩ませる。
ハルが置き忘れた、邪悪なぬいぐるみが足に噛みついているが、こんな奴は寝ぼけたフリをして足で潰してやればいい。
シアンは今目が覚めたように体を動かし、体勢を変えるフリをしてぬいぐるみを力強く足で潰してみせる。
「あ!シアンさん!ハニコちゃん潰してるよ!」
ハルに再び駆け寄られるシアンの、天まで届くほどの禍々しい魔力はとっくに霧散していた。
神託の討伐撮影を担う黒戦士ハルは、救世主ハルとも呼ばれている。
救世主ハルは、今日もまた知らず世界を救っていた。
第二章完結です。
と書くと第三章もあるのかという感じになりますが、今は完結と考えています。
第一章も「これで完結」と考えながら、後に二章を続けたくなったので、今回は完結作品カテゴリーには入れないでおこうと思います。
ここまで戦士達と旅していただいてありがとうございます!