73.神からの贈り物
「朝食の時間だから」とシアンは、朝の四時半にハルを迎えに来てくれたが、王城での朝食の時間には早すぎたようだ。
結局いつもの朝食の時間になるまで、ハルはシアンとお喋りしながら皆が集まるのを待っていた。
先にシアンに神様との話を話していたが、全員揃ったところで、食事の前に改めて昨夜の話をみんなに話した。
神様とはしばらく話しただけだ。
それほど時間のかかる話でもなかった。
神から注意されていたにも関わらず、夜も明けないうちにシアンがハルの元へ向かったと聞いた英雄達は、シアンに冷ややかな目を向けていたが、シアンは全く気にしていないようだった。
ハルも冷たい目が自分に向けられているわけではないので、気にする事はなく、美味しい朝食にもぐもぐと口を動かす。
早起きしていつもよりお腹が空いていたのだ。
食事中も続く英雄達の冷ややかな雰囲気に、ミルキーは体が冷えていくように感じて、温かい紅茶を飲みながら、ホッと息を吐き出した。
「わあ!何が入ってるかと思ったら、ほぼ豆煎餅じゃん。お母さん、神様にお煎餅渡しすぎだよね」
ハル宛ての荷物が、聖堂にある祭壇にいつの間にか置かれていたらしい。
朝早くに発見されていたらしいその荷物を、朝食後にミルキーが運んでくれた。
運ばれたダンボールは、両手に抱えるほどの大きさだった。
中には、緩衝材を詰めて完璧に梱包されたお煎餅が綺麗に詰められている。
さすが引っ越し業者を装ってハルの母に挨拶に行った神様だけある。
緩衝材に包まれたお煎餅は、一枚も割れていない。
ダンボールに貼ってあるガムテープにも歪みがない。
神の梱包の腕はプロ並みだった。
もしかしたら神様はすでに回転焼きの仕事を辞めて、もっと時給のよさそうな引越し業のバイトをしていたのかもしれない。
「このお煎餅の袋はお醤油味で、こっちが薄塩味。これはエビ塩味で、これがネギ味噌味。こっちは黒胡椒味で、これがカレー味。これは梅味で、こっちは同じ梅でもはちみつ梅味だって。限定の柚子胡椒味もあるよ」
箱に詰められているお煎餅を、上から順番にテーブルに並べていくと、最後に虹色の紙で綺麗に包装された物が出てきた。
「あれ……?お煎餅じゃないやつがある。なんだろう?ちょっと大きいね。プレゼントかな?綺麗な包み紙だね」
包装された物を、箱から取り出そうと両手で掴んだら、とても軽かった。
ハルはそーっと丁寧に包み紙を開けてみる。
「あ!!!」
思わず声が出た。
包まれていたのは、小脇に抱える事ができるサイズの、可愛いユニコーンのぬいぐるみだった。
「うわ〜……。ユニコちゃんにそっくり!すごく可愛い!みんな見て!こんな可愛いミニユニコちゃんもらっちゃった!」
「やったあ!」と嬉しくなって、ハルはみんなに見えるように、両手でユニコーンのぬいぐるみを抱え上げた。
「まあ!ユニコーン様にそっくりですね!」
「本当に。ミニサイズの愛らしいユニコーン様です」
「確かに、ユニコーン様のように神々しいぬいぐるみですね」
双子とアッシュが、ユニコーンのぬいぐるみを褒め称えてくれた。
ハルは白戦士達の言葉に嬉しくなって、「そうだよね!すごくそっくりだよね!」とはしゃいでしまう。
ドンチャ王子は、ハルが手に持つ神からの贈り物をじっと眺めた後、口を開いた。
「神がハルに仰った「ユニコーンの代わりになるもの」というのは、それなんだな。そんなにそっくりなのか?
ハルの話していた通りに、とても美しい姿で、とても愛らしい顔をしているのだな」
ドンチャ王子は話に聞いていユニコーンの姿が、ハルから聞く話と、ミルキーや英雄達からの報告に、大きな違いがある事を知っていた。
ハルは「ユニコちゃんは顔もすごく可愛いんだ」と話していたが、ミルキーはユニコーンを「恐ろしいお顔です」と震えながら話し、英雄達は「凶悪を極めた顔」と表現していた。
あの獰猛なケルベロスやオルトロスを、「可愛い可愛い」と可愛がるハルの美的感覚の方を疑っていたが、今回ばかりはハルの話しているユニコーンの方が正しかったようだ。
ぬいぐるみの、ぱっちりとした潤んだようなつぶらな瞳がとても愛らしい。
まさに神の使い――誰からも愛される天使のようだとドンチャ王子は感じていた。
「どこがそっくりなんだよ。あの凶悪そうな顔の面影すらねえじゃねえか」
「確かにあれはちょっと美化しすぎですよね……」
「神は目が悪いのか?」
「メイズ、それは畏れ多い言葉よ。あれユニコーンが作ったんじゃない?神界には鏡がないのかしら?」
「ああ。でも色はそっくりですよ。私の持っている毛を足しても分からないんじゃないですか?」
ハルと白戦士達がわいわいと盛り上がる中、英雄達がはははと笑いながら雑談をする。
途端。
凄まじいまでの聖力が、ユニコーンのぬいぐるみから溢れ出した。
ぬいぐるみのつぶらな瞳を暗く光らせて、禍々しいまでの神力を英雄達に向けていた。
「あのぬいぐるみ……!」
ヤバい!と英雄達が体を強張らせる。
確かにさっきまでは、ただのぬいぐるみだった。
ハルがぬいぐるみを取り出した時、『まさか分身か?』と警戒した英雄達だったが、さっきまでは本当にぬいぐるみでしかなく、何も感じられなかったのだ。
いつぬいぐるみにユニコーンが宿ったのかは分からないが、神の話では「たまに」ユニコーンを遊びに行かせると、ハルに話していたらしい。
『そういう事か』と英雄達は気づく。
どうやらたまに、送られてきたぬいぐるみに、本物のユニコーンが宿るらしい。
英雄達が失言を重ねすぎたせいか、禍々しいまでの神力が部屋にいる者全てを包み込んでいた。
ミルキーが誰よりも早く立ち上がり、ドンチャ王子を庇うように身構えた。
双子も「ハル様、ぬいぐるみをお放しください!」と声をあげる。
シアンもハルの手からぬいぐるみを奪って、外に投げ捨てようと動いた時。
ひとり何の魔力も感じる事が出来ないハルが、じいいっと見つめながら、ぬいぐるみに話しかけた。
「可愛いミニユニコちゃん、これからよろしくね」
可愛いすぎるぬいぐるみのユニコーンの額に、ハルはチュッとキスをした。
「もう本当に可愛いよね!」とぎゅううううっとユニコーンを抱きしめる。
その瞬間、嘘のように禍々しい神力が霧散した。
部屋の中には清々しい神力が溢れているだけだ。
「救世主ハル様………」
ポツリと呟いたミルキーの言葉が、静まり返った部屋に響く。
救世主ハルが、再び世界を救った瞬間だった。