63.主張を重ねていく男
「そうでした。みなさんにお土産があるんですよ。ハルの世界のお菓子で、私達のお母さんからです。
このお煎餅も、ハルがこの世界に来る時に食べていたものですよね?」
シアンが懐からエコバッグを取り出して、その中に入れていたお煎餅を戦士達に見せた。
「シアンさん、それ食べなかったんだ。あれからまた二日も地獄にいたんでしょう?全部食べちゃってよかったのに」
「せっかく私達のお母さんからいただいた物ですから。みなさんにも食べてもらうべきでしょう?」
「そっか。私もお土産持って帰ればよかったな」
シアンの「私達のお母さん」主張が強い気がするけど、ハルはとりあえず流しておく。
聞き慣れない言葉だから気になってしまうだけだろう。
『コイツ……』
菓子を見せるように装いながら、指輪を目立たせるように見せつけてくるシアンに、戦士達が殺気立つ。
手に持つ菓子も、「私達のお母さん」という言葉を言いたくて、わざわざ取っておいたに違いない。
戻ってきた時から、涼しい顔をしながらも浮かれた様子を隠しきれないシアンに、戦士達は忌々しさしか感じなかった。
「おいハル、お前コイツに騙されてんじゃねえぞ」
「そんな適当にしか見えない流れでシアンを選ぶのは間違ってるだろう?」
「そうですよ。神にもちゃんと説明して、その指輪を外してもらうべきです」
「そうよ。ハル、責任なら私も取れるわよ。考え直しなさい」
戦士達がややこしい事を言い出した。
シアンがハルの目の前に立ったので、ハルからみんなの姿は見えないが、シアンと一緒にいるべき事情は伝えておかなくてはいけない。
「神様にシアンさんをお願いされたんだ。この子、地獄を通りながら鬼を全滅させちゃうとこだったんだよ。
この指輪が、地獄の滅亡と嫉妬の危険を解決してくれるみたい。地獄を通らなくても、最短距離ですぐに会えるんだって」
ハルの言葉にシアンが微笑む。
「私のハルを想う気持ちが神にも届いていたのですね」
「うん。もう地獄に入らないでほしいみたいだね」
戦士達は、ハルとシアンのやり取りを聞いて、神から指輪を受けた理由を理解した。
またシアンが自分勝手に、神の領域でもやりたい放題やってきたのだろう。
「テメェふざけんなよ!」
「それは祝福じゃないでしょう?」
「お前は勝手すぎるだろう!」
「は?言いがかりは止めてもらえませんか?」
「何の事だ」と心外そうな顔を見せるシアンに、戦士達の苛立ちが募る。
「アンタ、神への冒涜よ!」
「神に厄介がられただけでしょう?」
「何言ってるんですか。私は神とハルに選ばれたんですよ。神の祝福だからこそ、ハルとお揃いの指輪がこんなに神聖な光を放ってるわけでしょう」
「ほら」とさらに指輪を見せつけて煽ってくるシアンに、戦士達がブチ切れた。
「ちょっとこっち来いや!」
「望むところですよ」
ワイワイと賑やかに戦士達はどこかへ行ってしまった。
ポツンと一人残されたハルは、先にログハウスに入っておく事にする。
色々こっちの世界の話も聞きたかったが、戦士達の姿はもう見えないし、ハルにはもっと優先すべき事があった。
「ケルベロちゃーん。ただいまー!」
扉を開けてケルベロスに元気に挨拶をすると、遠くでウォーンと鳴き声が返ってきた。
鳴き声はケルベロスの部屋の方から聞こえてくる。
急いでケルベロスの部屋に向かうと、扉に鍵がかかっていた。
「あ!鍵かかってる!誰?こんな事する子!待ってて、ケルベロちゃん!すぐ開けてあげるから!」
急いで鍵置き場に走って鍵を手に取ると、ガチャガチャと扉の鍵を開けてハルはケルベロスに抱きついた。
「よしよしよし、大丈夫?ケルベロちゃんを閉じ込めるなんて本当に酷い事するよね。ケルベロちゃんはこんなに良い子なのに!
よしよし、私の部屋に行こう。おやつがあるよ。スペシャルブラッシングもしようね。
あ!待って、ごめんね。先にお風呂入ってくる!私の部屋でおやつ食べながら待っててね」
匂いの話を思い出して、『やっぱり先にお風呂に入ろう』と、ハルはケルベロスを連れて自分の部屋に戻ることにした。
昨日ぶりに部屋に戻って、おやつの引き出しを開けるとほとんどが傷んでいた。
もしかしたらこの世界の時間は、ハルがここを出発してからずいぶん流れていたのかもしれない。
お風呂に入った後、ハルはスイーッスイーッとケルベロスを優しく丁寧にブラッシングしながら話しかける。
「おやつはまた新しいやつを買おうね。だいぶん留守にしちゃったんだね。ずっと待っててくれたんだよね、ごめんねケルベロちゃん」
「後で私の世界のお煎餅をみんなで分けて食べようね。お煎餅は、ケルベロちゃんと初めて会った日に食べてたお菓子なんだよ」
「もう遠くに行ったりしないからね。ケルベロちゃんとまた会えて良かったよ。よしよしケルベロちゃんは良い子だね」
ハルにとっては昨日ぶりのブラッシングだけど、ブラシに絡まる毛はとても多くて、ケルベロスと過ごす時間の中でもこの世界で流れた時間の長さを感じさせられた。
「わ〜今日のケルベロボールはスペシャルなサイズだね。……缶に入らないね。もっと固く丸め直さないと」
手の中でゴロゴロぎゅうぎゅうと丸めていると、ハルの部屋の扉がノックされた。
「はーい。あ、シアンさん。みんな帰ってたんだね。夕ご飯を呼びに来てくれたの?」
「はい。もうすぐ用意が出来るようですよ。ケルベロスのブラッシング中でしたか?」
扉を開けるとシアンが立っていた。
ちょうどいいところに声をかけられたと、ハルはシアンにお願いしてみる。
「シアンさん、このケルベロボールをもうちょっと小さく出来ないかな?もう缶がいっぱいで入らないんだ」
「小さくですか?こんな感じに?」
ハルが差し出したケルベロボールを手に取って、シアンがキュッと軽く握ると、ボールは固く小さな粒に変わった。
「少し形が歪になってしまいましたね」と、キュキュッと丸め直すと、ケルベロボールは鈍く輝く、シックなエスプレッソ色の真珠みたいに変化した。
「ケルベロジュエルだね……」
英雄レベルになると、宝石だって生み出せてしまうものらしい。