61. こんな感じのハッピーエンド
ビーーッと車のクラクションが鳴った。
呆然とシアンの顔を見ていたハルは、ハッと現実に引き戻される。
『車のクラクション?――遊園地に?』と周りを見回すと、ハルの近くにパンダカーならぬユニコーンカーが停まっていた。
パンダの背中に乗って遊ぶ、あの電気で動く乗り物のユニコーン型だ。
「最近はユニコーンカーもあるんだね。パンダカーってクラクション付きだったっけ?」
「パンダカーですか?」
シアンが不思議そうに聞き返す。
「子供の頃に乗ったことない?」
「パンダがよく分かりませんし、こういう乗り物は初めて見ましたね」
「300円だって。お父さんに小銭もらってるんだ。せっかくだからちょっと乗ってみようよ。シアンさん、先に乗ってみなよ」
「いえ、私は別に――」
ハルに誘われて断ろうとしたシアンは、ユニコーンカーの目の部分が、暗く光ったのを見逃さなかった。
暗い目が、『お前は乗るな。お前なんかは私のこの可愛さと不釣り合いだ。大人しく地獄に落ちておけばいいものを』と語っていた。
「ハル、一緒に乗りましょうか。さあ行きましょう」
シアンはハルににっこりと笑いかけ、ひょいとハルを抱えてユニコーンカーにまたがった。
「え、ユニコーンカーって二人乗りだっけ?……あ。二人でパンダカーに乗ってる人もいるね。大丈夫みたい。じゃあ出発!」
ハルがチャリンチャリンと小銭を入れると、明るい音楽が鳴ってユニコーンカーが歩き出した。
テクテクと歩くユニコーンカーはまるで、あのログハウスからハルを乗せて歩くユニコーンの背中の上のようだった。
――快適な乗り心地だ。
羽布団のようにハルを温かく包んでくれる翼はないが、ぎゅううっとハルを後ろからシアンが抱えてくれるので、背中が温かくてハルは眠たくなってきた。
『眠たい』
いやいや違う。ここはドキドキするところだろう。
『えっと確か今さっきシアンさんに告白されて――』と考えながらハルはウトウトしてしまう。
国宝級美貌の彼とお付き合いすると、嫉妬の嵐に巻き込まれる危険がある。
ドロドロした厄介ごとNG派なので、出来れば穏やかな人生を選びたい。
『だからシアンさんへの返事は――』と思いながら、ハルは眠りに落ちていった。
「ハル。そろそろ目覚めなさい」
ハルは自分を呼ぶ優しい声に目を覚ます。
「あ。神様、こんにちは」
ハルはパチリと目を覚まして、見慣れてきた神様に挨拶をする。
輪郭がハッキリしない神が優しく微笑む。
「世界を越えると、この世界の記憶は夢のようなものになってしまうものですが、ハルはこの世界をちゃんと思い出してくれましたね」
「あ、だからかぁ……。みんなの事がよく思い出せなくなったのは、世界を越えたからだったんですね」
「どちらにも気持ちを残していては辛くなってしまいますからね。この世界を思い出す事がなければ、元の世界の方がハルにとって選びたい道だったという事になります」
この世界の記憶が曖昧になったのは、元の世界に戻る事で起きた現象のようだ。
だけどハルはこの世界を思い出して、この世界を選んだ。
「ハルはこの世界を選んだのですね」
「はい」
家族や友達と会って話すことも出来た。その上で選んだ道だ。もう迷う事はないだろう。
ハルは神様の顔を見て、しっかりと頷いた。
「ところで――少し相談なんですが」
「相談ですか?」
『神様が?』と不思議に思いながらハルは聞き返す。
「青い英雄シアンですが。どうでしょう、彼の想いを受け入れてみませんか?」
「え!!………あの、シアンさんって神様の推しなんですか?」
神様からの思ってもみない提案に、ハルは目を見開いた。
シアンから告白を受けるより衝撃的な話だった。
「あ、いえいえ。もちろんハルの気持ちが最優先ですよ。だけどもし、青い英雄の事をお嫌いじゃなければ、ぜひとも引き取っていただきたいのですが……」
「引き取る……んですか?」
なんだか思っていた感じと違う話になってきた。
祝福されてる感が全くない。
「あの、神様。シアンさんに何かあったんですか?」
ハルの質問に、神様の顔にサッと影がさす。
ハルは急いで周りを見回してシアンを探したが、確かに一緒にいたはずの彼の姿が見えない。
――シアンに何かあったようだ。
「神様、シアンさんは大丈夫ですか?私の世界に来る前にも、シアンさんは地獄を通っちゃったみたいなんです。今も大変な目に遭ってるかも。シアンさんを助けてあげてください」
いくらハイスペックな英雄の彼でも、こんな未知の世界にいては危険すぎるだろう。
ハルは焦って神様にお願いする。
「彼は無事ですよ。怪我一つありません。……それよりも地獄の方が大変な事になっているのです。
地獄の鬼が彼に討伐されて壊滅状態なんです。このままでは青い英雄によって地獄が滅ぼされてしまうかもしれません。
もしハルが青い英雄を少しでも好ましいと思われるなら、どうぞ彼の近くにいて彼を収めてもらえませんか?」
「シアンさん、無事だったんですね」
ハルはホッと息をついてから、神の言葉をもう一度よく思い出す。
――シアンは無事だが、地獄がヤバいようだ。
だけどここはハッキリ伝えなくてはいけないところだろう。
「あの、神様。国宝級美貌のシアンさんとのお付き合いは、嫉妬の嵐に巻き込まれちゃう危険があるし、ちょっと無理だと思うんです」
「えっ………」
ハルが断りの言葉を伝えると、神は小さな動揺を見せた後、まるでハルの断りのニュアンスなど気づかなかったように言葉を返した。
「ではハルに嫉妬を浄化する能力を授けましょう。これで嫉妬被害の心配なく、安心して青い英雄とお付き合いする事が出来ますね。世界の救世主ハルの英断に感謝します。お二人はとてもお似合いですよ」
「………」
シアンに返事もしないうちに、ものすごく駆け足感ある感じで神公認のカップルになってしまったようだ。
どうやらシアンは神に持て余される存在になっているらしい。
さああっと神が神聖な聖力をハルにかけると、ハルの左手の薬指には、いつの間にか指輪がはまっていた。
繊細な光を集めたかのようにキラキラと輝く、とても美しい指輪だった。
「青い英雄シアンとお揃いの指輪です。その指輪があれば、青い英雄と共にいる事で向けられる嫉妬は全て浄化されます。それにハルがどこに行っても、指輪があれば青い英雄は最短距離でハルを迎えに行く事が出来るでしょう。
ほら、お迎えが来ましたよ。さあお帰りなさい」
「え。あの、神様―」
「青い英雄には、もう決して地獄に立ち寄って鬼を討伐しないように言ってやってくださいね」
神様は「言いたい事は全て言い終えた」とばかりに、スッキリした笑顔でスウッと姿を消した。
――戸惑うハルを残したまま。
「ハル、見つけました」
神様が消えた場所をじっと見つめていると、シアンに声をかけられた。
シアンは相変わらず何もなかったかのように涼しげな顔をしている。
「シアンさん、また地獄に行っちゃったの?」
「そのようですね。また二日くらいあの空間の中で過ごしてました。
向こうはだいぶん片付いて明るくなってきましたよ。もういっそ全てを綺麗に片付けようかと思ったら、ハルが近くにいる事が分かったのでこちらに向かったんです」
どうやら本当に地獄滅亡直前だったらしい。
『神様も急ぐはずだよね』と納得しかない。
「あのね。その指輪を付けてたら、私とシアンさんが最短距離で繋がるんだって」
「指輪?……いつの間に」
シアンの手を指差すと、指輪に気づいたシアンが不思議そうに指輪を眺めた。
「神様からの贈り物みたいだよ。私とお揃いだって」
「それは……私とハルが神に祝福されたという事でしょうか」
輝く笑顔を見せるシアンは、国宝級美貌が眩しいイケメンだ。
いつもにも増して眩しいシアンに、ハルは目を細めてふと思う。
――祝福。
そうだろうか。
どちらかというと地獄滅亡阻止の意味合いが濃い気がする。
「シアンさん、地獄の鬼はもう討伐しないでって神様言ってたよ」
とりあえず神からの忠告をシアンに伝えておく。
完結後の世界で、ぼんやりと目指してたところにキタ!の達成感を、ハッピーエンドタイトルで伝えてみました。
エンドじゃないけどハッピーエンド主張。