57. 神からの贈り物
神が話す。
「ハルのこの世界における功績は計り知れません。お礼と言ってはなんですが、ハル、懐かしい人々と会わせてあげましょう。その先の道はハル自身で選びなさい」
――懐かしい人々?
「神様、それはもしかして――」
ハルは神様に話しかけようとして、その自分の話し声にハッと意識が戻る。
まるで自分の寝言に目が覚めた時のようだった。
気がつくとハルは、メリーゴーランドの木馬に乗っていた。
ハルが乗った木馬は、白い翼を持った白馬のユニコーンだ。立て髪と尻尾が、虹色のパステルカラーでとても可愛い。ツヤツヤのツノが日の光でキラキラと輝いている。
「あれ……?遊園地……?」
音楽に合わせて上下に揺れるユニコーンに乗りながら周りを見渡すと、ここはハルが子供の頃から何度も来た事がある、地元の遊園地だと気がついた。
音楽が止まるとユニコーンも止まった。
「ユニコちゃん……?」
そっと木馬に話しかけてみるが、木馬のユニコーンは何も話さない。無機質な作りもののユニコーンでしかなかった。
ハルはぼんやりと木馬に座ったまま動けなかった。
夢としか思えない飛躍しすぎる出来事だが、夢ではないと何故か分かった。
――スッキリした意識が、これは現実だと告げている。
「波留ねえ!」
かけられた声に、ビクッとハルの肩が跳ねる。
この声は―――妹だ。
声の方向に目を向けると、柵の外に妹の菜摘が立っていた。
「波留ねえ、音楽止まってるよ。後でもう一回乗ればいいじゃん。とりあえず降りなよ」
「波留ねえ、携帯の充電切れてんじゃないか?どんだけ適当なんだよ」
妹の隣で呆れたように話すのは弟の千秋だ。
「もう波留ったら先に遊んでないで、着いてたなら挨拶くらいしなさいよ。お父さん入り口見てくるって行っちゃったじゃないの」
「もう本当にこの子ったら」と母がため息をつきながら、父に携帯でメッセージを送っていた。
「すみません。次のお客様が入るので、降りてもらえますか?」
遊園地のスタッフさんに声をかけられて、思いがけなく再会した家族を呆然と眺めていたハルは、ハッと我に返ってユニコーンの背からおりて出口へと向かった。
「波留ねえって変わらないね。今でもメリーゴーランド好きなんだ」
「あ、うん。ユニコーンは可愛くていいよね。……ね、なつ。今日って何でみんなここに集まってるんだっけ?」
みんなで歩き出しながら、ハルは菜摘に尋ねた。
「え〜波留ねえが集合かけたんじゃん。この遊園地も今度閉園しちゃうから、その前にみんなで行こうってメールくれたの波留ねえでしょ?」
「え、そうだっけ?」
「波留ねえが珍しくみんなを誘ったから集まったのに、覚えてないのかよ」
「うーん。そう……だっけ?まあいいや。みんな久しぶりだね。元気だった?」
「みんな変わらないわよ。波留こそ元気そうで良かったわ。全く、旅行に行くのはいいけど、たまには連絡くらいしなさいね。ほら、お母さんの充電器貸してあげるから、携帯も充電しときなさい」
「あ、うん。携帯持ってたかな?」
寝ていたところを起こされて、そのまま身一つで戻ってきた元の世界だ。
目の前の出来事を整理する間もなく、みんなに次々と話しかけられて、いまだに何が何だかよく分からない。
だけどとりあえずパジャマのポケットを探ってみると、右のポケットに携帯が入っていた。
父とも合流して、「元気そうだな」「うん」と短く会話をして、ハルは何事も無かったかのように家族との時間を過ごしていた。
子供の頃からそうしてきたように、みんなでコーヒーカップと観覧車に乗って、ベンチに座ってジュースを飲んで休憩してから、ハル以外のみんなは絶叫系ジェットコースターに並んでいる。
ハルは一人ベンチに座って、売店で買ってもらったポップコーンを食べながら、緑の国で双子と食べたポップコーンを思い出す。
突然に元の世界に戻ってしまった。
元の世界は、以前のように自然にハルを受け入れてくれている。
あれだけ長い間異世界にいたと思っていたのに、こうして元の世界にいると、あれは長い夢だったようにも思えてきた。
異世界で出会ったみんなに挨拶もできなかったけど、神様からハルの状況は伝えてくれているようだ。
――何故かそれが分かって心は穏やかだった。
『神様は最後になんて言ってたんだっけ?』
神様は確かに何かを言っていた。
だけど夢から覚めた直後は、ハッキリと覚えている夢が時間が経つと忘れていくように、異世界の出来事が少しずつおぼろげな記憶になっていく。
ふと思い出す。
『そういえばあの時、私を呼んだのは――』
何かを思い出そうとした時、充電された携帯がピロンと鳴って、「今どこ?」と友達からグループチャットが入った。
しょっちゅう連絡を取り合う仲ではないが、ハルの中では一番連絡を取っている子だった。
「遊園地のジェットコースター前で座ってるとこ」と何気に返事を返すと、遠くから手を振りながら友達が歩いてきた。
「波留、久しぶり〜。帰ってきたならもっと早く連絡くらいしなよ」
「旅行どうだった?」
「運命の出会いとかあった?」
「こんな寝癖つけてる子に出会いなんてないでしょ」
揶揄うように話しかけてくるのは、地元の友達だ。
「あれ?みんなも遊園地来てたの?」
次々と再会する懐かしい顔にハルは驚く。
――偶然にしては出来すぎている。
「ちょっとも〜。波留が誘ったんでしょう?」
「……そうだっけ?」
きっと家族や友達を誘い出してくれたのは、神様だ。
―――神様?
ふと浮かんだ『神様』という言葉に、ハルは首をひねる。
『なんで神様だなんて言葉が出たんだろう?』
あれ?とハルは自分自身を不思議に思いながら、話題を変えた。
「あ、家族のみんなはジェットコースター並んでいるとこなんだ。一緒にポップコーン食べながら待とうよ」
「菜摘ちゃんと千秋くんも来てるの?おじさんとおばさんに会うの久しぶり」
「うん。私も久しぶりに会ったよ」
「そっか。旅行長かったもんね」
「その服、超可愛いじゃん」
「あ、うん。これドンちゃんから送られた服なんだ」
「ドンチャン?そんなお店あるんだ」
ドンちゃんはお店の名前ではない。
「ドンちゃんは、……………あれ?何だっけ?」
何かを思い出しかけたけど、何だっただろう。
まあいいか、とへへへとハルは笑う。
「このキャラメルポップコーン美味しいよ。抹茶ミルク味もいいけど、キャラメル味は王道だよね」
「抹茶ミルク味は珍しいでしょ」
「あれ?……そうだっけ?」
どこかで売っていたポップコーンは、抹茶ミルク味ばかりだった気がする。
ふと浮かんだ思いに、『気のせいかも』とハルはまた思い直した。