56. 三度目の神
今日の討伐はとても大変だったようだ。
いつもは夕食後にリビングで寛ぐ姿を見せる戦士達が、今日はとても疲れているのか食後すぐに部屋に戻ってしまっている。
誰もいないリビングで、いつものようにお茶を飲んでいるのはハルだけだった。
静かな部屋で一人ゆっくりとお茶を飲んでいると、ケルベルソファーの温かさでハルも眠たくなってきた。
「ケルベロちゃん、早いけど今日はもう寝よっか。ケロとスーは、今日の討伐のお手伝いは大変だったね。ベルも今日はいつもより長くベルソファーを頑張ったね。よしよし、ケルベロちゃんはみんな良い子だね」
ハルはよしよしとケルベロスを撫でて、今日はもう部屋に戻って休む事にした。
「おやすみケルベロちゃん。元気でね」
眠くてぼんやりした頭でケルベロスに挨拶をして別れ、ハルは自分の部屋に戻ると、ベットに倒れ込んでモゾモゾと布団の中に潜り込んだ。
ハルの布団は極上のフカフカの羽布団で、とても軽くて暖かくて心地いい。
それはまるでユニコーンの羽に包まれている心地よさだ。
『ユニコちゃんも今日はもう寝てるかな……』と、今日もユニコーンの事を思い出しながら眠りの中に引き込まれていった。
どこかでハルを呼ぶ声がする。
ヒンヒンという鳴き声は、とても聞き覚えがある声だ。
「ユニコちゃん……?」
ハルは薄く目を開けると、ユニコーンがハルの顔を覗き込んでいた。
暗闇の中で、ユニコーンの純白の翼が辺りを優しく照らしている。とても綺麗な夢を見ているようだった。
ユニコーンがヒンヒンヒンとハルに話しかける。
「え?今から出発なの?……え?寝てていいの?本当に?……そう?じゃあ行こうかな」
どうやら神様がハルを呼んでいるらしい。
ハルは眠たすぎて断ろうかと思ったが、ユニコーンは背中で寝てていいよと言ってくれた。
歩いて行くので翼は使わないから、翼でハルを包んでくれるらしい。
それならこのままベッドで眠っているのと変わらないし、『行ってもいいかな』と思えた。
ユニコーンは足を屈めてベッドの高さに背中の高さを合わせてくれたので、ハルはゴロゴロと転がって、ベッドからユニコーンの背中に移動した。
フワリと極上の羽布団のような翼がハルを包んでくれる。
ポクポクとユニコーンが歩く振動が心地よくて、ハルはまたすぐにウトウトし出す。
誰かがまたハルの名前を呼んでいる。
『この声は……』とウトウトしながらも、これは夢だと分かっていた。
ユニコーンが現れたのは、ハルの部屋の中だ。
とても変わった夢だけど、夢とはそういうものだし悪くない。
悪くないどころか心地いい夢だ。
『明日ケルベロちゃんに、この夢の事を話さなくっちゃ』と思いながらハルは再び深い眠りについた。
「……ル。……ハル。そろそろ目覚めなさい」
ハルを優しく呼ぶ声がする。
聞き覚えのある声にハルはパチリと目を覚ますと、目の前にどこか輪郭がハッキリしない人が立っていた。
男性とも女性とも、若いとも老いてるとも言えないその人物に会うのは三度目だった。
「神様、おはようございます」
神聖な聖力をフワリとかけられたせいだろうか。
寝起きとは思えないほど、頭がスッキリとしていて気分がいい。
神がハルに優しく語り出す。
「ハルのお陰で世界は無事救われました。今回の討伐の最終地点にいる魔物はとても厄介で、英雄達にさえ任務の遂行は難しいと思われましたが、こんなにも早く無事魔物を消し去る事が出来ました。深く感謝します」
「え………?」
神の話す言葉の意味が分からない。
自分が何をしたというのだ。
なぜ神に感謝されているのだ。
今日もただベルソファーでウトウトしながら討伐を見ていただけだ。びっくりするくらい何もしていない。
戸惑うハルに、神はさらに言葉を重ねていく。
「今回の討伐どころか、次の討伐までもほぼ終える事が出来ました。全てハルのお力によるものです。
よくユニコーンのやる気を引き出してくれましたね」
「ユニコちゃんのやる気……?」
そういえばこの前、ハルとユニコーンとケルベロスと三人で、力を合わせてすごい攻撃を魔獣に仕掛けた。
もしかしたら、今回の討伐のラスボスがあの中に含まれていたのだろうか。
「あの、神様。もしかしてケロユニベルハルスーミラクルワンダーホースキューティワンチャンサンダービームの攻撃が、ラスボスを倒したのでしょうか?」
「ケロユニ……?」
「ケロユニベルハルスーミラクルワンダーホースキューティワンチャンサンダービームです」
考えに考えて作った攻撃名だ。忘れるわけがない。
「ユニコーンの攻撃に、攻撃名は関係ありませんよ」
「え………?」
神が優しく穏やかな声で、無情な言葉を告げ出した。
全能の神が言うならば、それは真実だろう。
あのすごい攻撃に、ハルの力は入っていなかったのかもしれない。
ユニコーンと力を合わせれば魔法が使えると思い込んでいたのは、ただの勘違いだったのだろうか。
みなぎっていた自信がシュッと消え去って、ハルは俯く。
ハルは撮影担当者だ。
最初から討伐要員ではなく、裏方担当要員だと決まっている。
『魔法少女になれなかったからって、悲しむことなんてない』と自分に言い聞かせて、涙がこぼれないようにぐっと唇を噛む。
バシイィッ!
力強い音がしてハルが顔を上げると、神が痛そうに腕をさすっていた。
「もう本当にワガママなんですから……。あ、いえ。なんでもないですよ。
ハル、あの攻撃名でユニコーンに力が宿り、厄介な魔物を消し去る事が出来たようです。この世界一の力を持つユニコーンですが、やる気スイッチが……いえ、力が宿るにはキッカケが必要なんです。ハルの持つ言葉の力が、ユニコーンに力を宿らせるようですね。全てハルのお力です」
ユニコーンを気遣いながら話す神の言葉は、『ハル自身は攻撃魔法は使えない。だけどハルはユニコーンの攻撃魔法を使える力を呼び起こす』と告げていた。
まだ少し残念な気持ちはあるけど、ハルはそれよりも気になる事があると気づいた。
「神様。あのすごい攻撃で、今回のラスボスと一緒に次の討伐分の魔物もほぼ消し去っちゃったんですか?」
神は「今回の討伐どころか、次の討伐までもほぼ終える事が出来た」と話していた。
もしかしたら、あの時全ての魔物を共に消し去ったのかもしれない。
「いいえ。次回の討伐分は、今回の討伐の翌日――つまり昨日の魔獣の大群ですよ」
神様は話しながらチラリとユニコーンを見て、言葉を続ける。
「ユニコーンが世界平和のために次の討伐分の魔獣を呼んで、英雄達に世界平和を託したようですね」
「昨日すごい大量の魔獣が出たのは、ユニコちゃんと戦士さんの信頼関係からのものだったんですね。
……そっか。ユニコちゃんは偉いね。世界平和のために頑張ったんだ。神様もすごくユニコちゃんを褒めてるね。よしよしよし、ユニコちゃんは良い子だね」
よしよしとハルがユニコーンを撫でると、ユニコーンはヒンヒンと嬉しそうに鳴き声をあげた。
ふうと憂いたように神様はため息をついている。
頑張りすぎるユニコーンが心配だったのだろう。
「ユニコちゃんは頑張り屋さんだから、私も心配だよ」
よしよしとハルはユニコーンを優しく撫でる。