53.お土産が意味するもの
「メイズさん、はいこれ。お土産だよ」
ハルから「はい」と手渡されたものを見て、メイズは『どこの、誰からの土産』なのかを察した。
「カナリヤ国の母さんからか?」
「うん。ひよこパンをリニューアルしたからって」
渡されたパンは、メイズが幼少の頃から食べている、母ピサンリのひよこカラーのひよこパンだった。
母の開く店でも出しているパンだ。『味を変えたから確認しろということか?』と、摘んだパンをちぎって口に入れてみる。
「…………」
変わらない味だった。
『いつもの味だな』としか思えない。
「……目とクチバシを描いたのか?」
「そうだよ!可愛いでしょう?上の丸パンが頭で下の丸パンが体だよ。メイズさんは体から食べるタイプ?やっぱり可愛い方を残したいよね」
二個のパンがくっついていたのは、焼いている時にくっついてしまったものではないらしい。
頭と体だったようだ。
片方に二つの丸と、二つの三角を合わせたものが焼印で押されていて、目とクチバシみたいだなとは思ったが、『料理には可愛さを求めない母さんがまさかな』と思い直してスルーした部分だった。
「これは……ハルがアドバイスしたのか?」
ハルが母に頼んだとしか思えなかった。
前回の神託の討伐後に、ピサンリの店は「英雄を危険に陥れた少女戦士を招いた店」という風評被害を受けた。それを聞いたハルが、ピサンリの店に立ち寄って、ピサンリとの仲の良さを世間に見せてくれたおかげで、不穏な噂は瞬時に消えた。
ピサンリはハルに深く感謝しているのだろう。
「メイズ、ハルちゃんに好かれるように親孝行しなさい」とよく分からない事を、パンと一緒に預かったというメッセージに書いている。
「うん。ユニコちゃんと一緒にね。ユニコちゃんも可愛いもの好きだから、「絶対顔は描くべき」って頷いてくれたんだ。ブライトさんがすぐに焼印を作ってくれたんだよ」
「……父さんが」
ピサンリ大好きの父ブライトは、ピサンリに関する仕事は早い。
きっとハルが「こうしたらもっと可愛くなると思うよ」と提案して、ユニコーンが頷き、ハル大好きピサンリが「良い案ね」と頷き――ブライトが動いたのだろうと予想した。
おそらく外れてはいないだろう。
いやそれより。
「ハル、勝手にユニコーンと遠くに行っちゃダメだ。急に姿が見えなくなったら心配するだろう?」
「え、ちゃんと行く時話したでしょう?」
「ハルが消える瞬間に「今から、」って言葉までしか聞こえなかったぞ」
「そこで神様の道に入っちゃったのかな?「ここからそうです」って印をつけてくれないと、どこからが神様の道か分からないよね」
『困るよね』と言うように話すハルに、メイズは困ってしまう。
ハルが話す言葉は、『神の道がハルにとってはそれほど自然につながる道で、それはいつどこでハルが神の道に入り込むか分からない』という事を意味する。
そもそもハルがこの世界に来た時も、ハルは神の道に知らず入り込んでしまったのかもしれない。
メイズは手の中に残る、顔の部分のひよこパンを見つめて、静かにため息をついた。
「メイズさん、分かるよ。本当にため息ものの可愛さだよね。食べるのもったいないもん。こんなに可愛いひよこパンが売ってるって世間に知られたら、お客さんが殺到して、ピサンリさんのお店はこれから、ひよこパン専門店になっちゃうかもしれないよね。
そのうち『顔から食べる派か体から食べる派か』論争が起きちゃうよ、きっと」
ハルもメイズの手の中にあるひよこパンを見つめながら、ふうっとため息をついた。
「はいこれ。今日はたこ焼きにしたよ」
「……回転焼きじゃないんですね」
「あれ?フォレストさん、回転焼きの方がよかった?この前「回転焼きを買いに行くな」って言ってたから、甘い系を止めて辛い系にしたんだけど。ソースに七味トッピング味だよ」
手渡されたたこ焼きを見て、『そうじゃない』とフォレストは思う。
「もう回転焼きを買いに行かないでください」とハルに話したのは、回転焼きの話じゃなくて、『エクリュ国にもう行かないでほしい』という願いの言葉だったのだ。
たこ焼きが食べたかったわけではない。
「ハル、討伐中に何も言わず急にいなくなったら、みんな心配するでしょう?」
「ベルにはちゃんと話していってるよ。「ケロとスーに伝えておいてね」って頼んだんだけど、忘れちゃってたかな?」
「………」
フォレストは黙り込む。
心配するだろうとハルが気遣う「みんな」は、ケロとベルとスーだけのようだ。
確かにベルはハルが消えた後に必ず、ガウガウとケロとスーに何かを説明している。
そこで二頭が落ち着くのを見て、自分達はいつも『ハルがしばらくの間どこかに行っているだけ』と推察するしかない。
『相変わらず僕は意識すらされていないな』と、フォレストは静かにため息をつく。
そんなフォレストの様子を注意深く眺めていたハルは、『七味トッピングは要らなかったかぁ』と自分のチョイスの失敗に、静かにため息をついた。
「フォレストさん、これはどう?今日のお土産だよ」
次の日。
フォレストは、またハルからお土産を差し出された。
「……ありがとうございます」とお土産の袋を開けると、イカ焼きが入っていた。
違う。そうじゃない。
昨日のたこ焼きが気に入らなかったわけではない。
昨日ハルに「七味トッピングは要らなかった?明日はトッピングなしのたこ焼きにするね」と言われて、「たこ焼きはもういいですよ」と答えたのが不味かったのだろうか。
他のお土産がいい、と言いたかったわけではない。
『エクリュ国のお土産は要らないから、ここにいてください』という願いを込めての言葉だったのだ。
「今日は七味のトッピングなしで基本のタレ味だから。イカ焼きのおじさんも、「これが一番売れ筋なんだよ」って言ってたよ」
『今度のお土産はどう?』とハルが自分を窺うように見つめながら言葉をかけてくる。
「ありがとうございます。とても美味しそうですね。でも本当にもうお土産はいいですからね」
ハルはフォレストの顔を注意深く眺めていた。
にっこりと笑ってお礼を伝えるフォレストの顔が、どこか憂いを含んで見えた。
おそらくお礼の言葉は、ハルのチョイスに気を使ってくれての言葉だったのだろう。
現にフォレストは静かに小さくため息をついている。
フォレストのお土産選びは意外と難しい。
ハルは『明日はりんご飴にしようかな?ベビーカステラの方がいいかな?』と、お土産リベンジに燃えていた。