52.その頃の戦士達
「ハル!!」
ハルの名を呼ぶメイズの緊迫した声に、討伐中だった戦士達もハルに異変が起きた事に気づいた。
戦士達が急いでメイズの元へ駆け寄ると、ハルの姿が見えなかった。
ただ青空が広がる空の一点を見ながら、「ユニコーンがハルを乗せてあそこで消えたんだ」と話すメイズの言葉に、戦士達は顔を強張らせる。
またハルが神に近い場所に連れて行かれてしまったと言うなら、戦士達になす術はない。
戦士達に緊張が走る中、ハルの護衛についていたベルが、ケロとスーに何かを説明するかのようにガウガウ鳴き出した。
ベルが話を終えたのか鳴くのを止めると、ケロとスーが『分かった』というように頷き、二頭はそれまで見せていた動揺を消した。
「ベル、何かハルから聞いているのですか?」
フォレストが思わずベルに尋ねると、ベルがガウガウと鳴く。
「なんて言ってんだ?」とフレイムに問われたが、フォレストは、魔力の繋がりでケルベロスの大まかな感情を感じる事はできても、言葉までは分からない。
「具体的なことは分かりませんが、ハルに危険があるわけではなさそうです。ケルベロスは落ち着いていますし、もう戻らないという訳でもなさそうですね。
とにかく動かずここで待った方がいいでしょう。下手に動くとすれ違ってしまうかもしれませんから」
焦る思いはあるが、フォレストの言うことが最善だと判断して、戦士達はこの地でハルの帰りを待つ事にした。
どのくらい待っただろうか。
シアンがボソッと呟いた。
「あの馬……。捌いて鍋にしてやるか……」
「シアン、いくらなんでもその言葉はまずいだろう。あんなのでも一応は神の近くにいる神獣だ。少しは敬意を払っておくべきだろう」
聞こえてきたシアンの不穏な言葉に、思わずメイズが苦言を呈すると、シアンが暗い笑みを浮かべた。
「今日の夕食は私が腕をふるいますよ」
「――いや。珍しい極上の肉だ。鍋なんてもったいない。料理をするなら僕がしよう。馬の肉は口でとろけるから、まずは馬刺しがいいだろう。ネギを巻いて食べると美味いぞ」
神獣への冒涜もいいところだとは分かっているが、世界的トップを誇る料理人としてのプライドが勝ってしまった。
あんな良い肉を前にして、「鍋」のひと言で片付けようとするシアンが許せなかったのだ。
『僕ならもっとあの肉を生かす料理を作ってみせる』とメイズが闘志を燃やしてしまうのは、料理人としての悲しいサガだろう。
マゼンタも、料理人メイズの具体的な食べ方の提案に乗ってしまう。
「それ美味しそうね」
フォレストもマゼンタの言葉に反応する。
「でもハルは生肉が食べれないんじゃないですか?」
「ステーキにしてもいいだろうな」
フレイムも馬料理に興味を示し出す。
「馬カツとかも美味そうじゃねえか?」
「そうだな。作ってみるか」
ワイワイと戦士達が集まって、馬料理について話し合い、馬料理に合う酒や有名な馬料理専門店の話にまで及び、珍しく戦士達の世間話に盛り上がりを見せたところで―――ハルの元気な声が響いた。
「みんなただいまー!」
「「「ハル!」」」
元の討伐地に戻ると、戦士達がみんな集まっていた。
みんなで楽しそうに話している様子が、ユニコーンの背中から見えていた。
それはとても珍しい光景だった。
そっとユニコーンが地面に降り立つと、戦士達が駆け寄ってきたので、ハルが戦士達に尋ねる。
「みんなで集まって何話してたの?」
「――ああ。肉料理についてちょっとな」
「お肉?みんなお腹空いてるの?回転焼きのお土産あるよ」
フレイムの言葉で、どうやらみんなでご飯の相談をしていたらしいと気がつく。
もう夕方も近いし、討伐後でとてもお腹が空いているのだろう。
ハルは魔法のカバンからお土産を取り出して、戦士達に差し出した。
「どうぞ」と回転焼きを差し出したハルに、英雄達はハルがどこに連れられたのかを知る。
「ハル、エクリュ国に行ってたのか?」
「うん。ユニコちゃんも回転焼きを焼いてるとこが見たかったみたい。回転焼き焼きたてだよ。食べて食べて」
フレイムが受け取った回転焼きはまだ熱いくらいに温かかった。
神の道に距離はないのかもしれない。
だからといって、すぐに行ける場所だからとハルを連れ回されるわけにはいかない。
フレイムは『落ち着け。この馬は神獣だ』と自分に言い聞かせながらユニコーンに言葉をかけた。
「オイ、テメ――いや、ユニコーンさん。勝手にハルを連れ回……さねえでもらえますか?」
「勝手に連れ回してんじゃねーよ!」と言いかけた言葉を、ぐっとと飲み込む。
フレイムの言葉にユニコーンがプイッと顔を背け、『このクソ馬……!!』とフレイムの額に青筋が立った。
思わず剣に手が伸びかけたが、ぐっと自分を抑え込み、ただユニコーンの横顔を睨みつけるだけにとどめておく。
「フレイムさん、ユニコちゃんはフレイムさんの声が聞こえないんだよ」
ハルがユニコーンをかばうと、ハルを背中に乗せたままのユニコーンが、『前もそう言っただろう?お前は何度同じ事を言わせんだ?』と馬鹿にしたような侮蔑の視線を送ってきやがった。
再び剣に手を伸ばしかけて、『ダメだ。このクソ馬は神獣だ』と自分自身に言い聞かせ、拳を強く握りしめるだけにとどめる。
フレイムを一瞥したユニコーンは、背を低く下げてハルを下ろすと、ハルはケルベロスに駆け寄り、抱きついて撫でまわし始める。
「よしよしよしケルベロちゃん、良い子でお留守番してた?パールちゃんとピュアちゃんが、ケルベロちゃんによろしくって。よしよしケルベロちゃんは良い子だね」
ハルがケルベロスに気を取られているのを見て、ユニコーンは羽でメイズをバシィィィィィッと力強く殴りつける。
突然の神業すぎる攻撃に、メイズは膝をついた。
――息が止まるかというほどの強力な一撃だった。
ハルが乗っている背中の部分を見て、『良いロース肉だ。馬刺しにすれば口の中でとろけそうだな。ハルは焼いた方が好みだから、あそこをステーキにするか』とつい思ってしまったのが良くなかったのだろうか、とメイズは殴られた鳩尾を押さえながらフラリと立ち上がる。
さっきまで盛り上がっていた馬料理の話題のせいで、『馬刺しか』『焼肉か』とユニコーンを見ながらつい思ってしまった戦士達も、次々にバシィィッ!とバシィィッ!と殴られていく。
最後に殴られたシアンが、殴られついでに、ユニコーンの翼を掴んで羽を一本むしり取った。
シアンは手の中にある一本の純白の羽を見ながら、『掴んだ手のひら分の羽をむしってやるつもりだったが……頑丈な馬め!』と、手に力を込める。
見せつけるように羽を折ってやろうとしたが、折れることはなかった。
『無駄に頑丈な馬め!』と苛々しながらも、しょうがないので、胸元のポケットにスッと差し込んだ。
『この羽の存在を感じながら、お前も苛立ち続ければいい』と、シアンは不敵な笑みをユニコーンに向けてやる。
飛び立つ前のユニコーンに、バシバシバシバシと連打で殴られているシアンに、戦士達は恐ろしいものを見る目を向けていた。
『アイツの地獄行きは確定したな』
――そう思わざるを得なかった。