51.ミルキーに課せられた試練
全ての奉納品を無事兄のアッシュに手渡したミルキーは、内心ホッと息をつく。
ユニコーンは神々しい存在ではあるが、英雄達と過ごす時間と同じくらい気を使うものだった。
ひと仕事終えた気分だった。
後は「気をつけてお帰りくださいね。ユニコーン様、ハル様をよろしくお願いします」と声をかけるだけだ。
最後の一口にもぐもぐと口を動かすユニコーンを、ミルキーは見守っている。
『あの口の動きが止まったら、声をかけさせていただこう』、そう思っていた。
ユニコーンは皆からの奉納品を全て食べ終えたようだ。
口の動きが止まり、顔をあげた。
話しかけるタイミングを図っていたミルキーは、『今だ』と口を開きかけた時――ユニコーンは、ハルの耳元で囁くような鳴き声をあげ始めた。
『あ……』と開きかけた口を閉じたミルキーに気がつく事もなく、ふんふんと頷きながらハルはユニコーンの話を聞いている。
ユニコーンが鳴き声を止めると、ハルはよしよしとユニコーンを撫でてから、周りの皆に聞いた言葉を伝えた。
「ありがとう、みんなのおやつはどれも最高だった、ってユニコちゃんが言ってるよ。ここに住んじゃいたいくらい気に入った、って」
おおっと街の者からどよめきがあがり、「そうしてください!」「歓迎しますよ!」という皆の返しに頷いたユニコーンは、またハルに何かを話している。
――長い話だった。
「あの……ハル様、ユニコーン様はなんと……?」
ミルキーは思わず気になって聞いてしまう。
考える仕草をするハルに、嫌な予感がしたからだ。
「ユニコちゃんがね、「一緒にここに住もう」って誘ってくれたんだ。優しいみんなの事が大好きになったみたいだね。「英雄には私から伝えておく」って話してくれてるんだけど……討伐撮影はいいのかな?」
ハルの言葉に、ユニコーンは『大丈夫!』と言うかのように大きく頷く。
「ユニコちゃんがそう言うなら良いのかな……?神様もいいって言ってるって事だよね」
『そうだ!』とまたユニコーンが力強く頷いた。
『それは絶対にない』とミルキーは思う。
ミルキーの知る神がそんな事を言うはずがない。
だいたいあの英雄達がそれを許すはずがない。そんな事になれば、英雄達の怒りは自分に向いてしまう。
「お前が付いていながら、何やってんだ!」とヤラレてしまうに違いない。
それこそ神に招かれてしまうだろう。
「ユ……ユニコーン様……。神託の討伐撮影はとても大事なものですし、英雄様達もきっと心配する事でしょう……。あの……本当に神はそのような事を……」
声が震えてそれ以上言葉が続けられなかった。
ユニコーンが冷たく暗い目を光らせてミルキーをじっと見つめていたからだ。
『余計な事を聞くな。チキン野郎のくせに』と目が語っている。
ユニコーンと見つめ合いながら震えるミルキーに、双子が感嘆の声をあげた。
「ミルキー様、さすがです!今先ほどハル様に聞いたのですが、ユニコーン様はハル様以外の言葉は聞こえないらしいですよ。だけどミルキー様の声はユニコーン様に届いているようですね」
「さすがです!」と尊敬の目をミルキーに向ける双子に、ユニコーンはふるふると首を振った。
――ミルキーの声は聞こえないらしい。
「……あ。失礼しました。ユニコーン様はハル様の以外の声は聞こえないですよね」
急いで謝った双子に、ユニコーンはコクリと頷く。
――全ての者の言葉が聞こえているようだ。
聞きたくない者の言葉は聞こえない設定らしい。
もうどうしたらいいのか分からずミルキーが立ち尽くしていると、兄のアッシュが代わってユニコーンに声をかけてくれた。
「ユニコーン様。ハル様は神様からのお仕事がありますから。とても残念ですが、今日はお帰りにならないといけないでしょう。
ユニコーン様、今日は来ていただいてありがとうございます。またいつでも遊びにいらしてくださいね。またここまで案内させていただきますよ」
穏やかな声で話しかける兄のアッシュに、ユニコーンは『分かった』と言うように素直に頷いた。
『理不尽だ…………』とミルキーは思うが、これもまた自分に課せられた神からの試練だろうと、キリキリキリキリと痛む胃をそっと押さえた。
「アッシュさん、ステッキ剣とこの腕輪に魔力を補充してもらっていい?もうステッキ剣が光らなくなっちゃったんだ」
帰り際にハルがお願いすると、「もちろんですよ」とアッシュはいつものように快く笑ってくれ、ステッキ剣と腕輪に魔力を補充してくれた。
ハルは試しにステッキ剣を光らせてみる。
ピカピカと光るステッキ剣を見て、ユニコーンがヒヒンと鳴いて褒めてくれた。
「ユニコちゃんは本当に可愛い良い子だね。よしよし、今度光るステッキ剣の踊りを見せてあげるね」
よしよしとユニコーンを撫でてから背中によじ登ると、フワリとユニコーンが空に浮かんだ。
「ハル様、またいつでもユニコーン様といらしてくださいね」
「ありがとうアッシュさん。パールちゃん、ピュアちゃん、ミルキーさん、また会おうね!」
「ううっ……ハル様、ユニコーン様、また来てくださいね」
「お会いできて嬉しかったです。ユニコーン様、ありがとうございます。またぜひいらしてください」
「あの……来るのはほどほどに……ヒッ!」
泣いている双子と怯えているミルキーに、ハルはバイバイと手を振って、街のおじさん達にも声をかける。
「みんなもユニコちゃんに良くしてくれてありがとう!また連れて来てもらうね!」
「いつでも来てくださーい!」「待ってますよー!」と言う声に見送られて、ユニコーンはまた神の道に入っていく。