47.フレイムが気になっている事
休暇が終わりまた討伐の旅が始まったわけだが、最近のフレイムには気になる事があった。
今もまた、その気になる元凶が現れたようだ。
目の前で討伐をしている魔獣達がざわめきを見せて、フレイムはまたアイツが現れた事を悟った。
アイツは気まぐれに、この討伐の地に現れる。気まぐれに現れては、しばらくすると気まぐれに姿を消すアイツは、この討伐メンバーに害を及ぼす者ではないが、討伐中の魔獣の動きがいきなり変わるので迷惑な者でもある。
――決してその思いを表に出す事は出来ないが。
そしてその迷惑な訪問者を可愛がる、困った奴がこの神託の討伐メンバーの中に約一人いる。
それはハルだ。
「ありがとう、ユニコちゃん!おかげで空からの撮影はバッチリだよ!迫力シーン満載で、観客総立ちの名作が完成するはず!よしよし、ユニコちゃんは良い子だね〜」
よしよしよしよしと神獣ユニコーンを撫でるハルに、自分達が討伐の手を止めて駆け寄ると、ハルがユニコーンに話しかけていた。
「ユニコちゃんは人気者だね。討伐中の戦士さん達みんながユニコちゃんに挨拶に来たよ。みんながあんなに夢中になってるのは、ユニコちゃんだけだよ。
ユニコちゃんは神秘的ですごく綺麗だから、みんな仲良くなりたくてしょうがないみたいだね」
ハルがユニコーンに話す言葉は、『討伐を投げ出すなんて困った子達だね』というような口調だ。
ハルの言葉にユニコーンも、『お前達なんてお呼びじゃないのよ』というかのように、冷たい目でこっちを一瞥するだけで、お高く止まった鬱陶しい女のような態度を取りやがっている。
違う。
自分達がハルの元に急いで駆けつけるのは、ユニコーンに会いたいためではない。ちょいちょいハルを乗せて空に浮かぶユニコーンが、そのままハルを乗せたままどこかへ消えてしまわないか心配になって駆けつけるだけだ。
こんな凶悪そうな顔をしたユニコーンを綺麗だなんて思う奴なんていないだろう。
神獣であるユニコーンに不敬な思いを抱いたせいだろうか。ユニコーンの目が暗く光った。
急いでフレイムはハルに話を振る。
「せっかく神獣ユニコーンが来てくれたんだ。討伐に協力してくれって、ハルから伝えてくれねえか?ユニコーンが来ると、魔獣の動きが変わって厄介なんだよ。
ハルの言葉だったら届くだろう?」
話した言葉にハルが頷く。
ユニコーンはハルの言葉しか聞こえないらしい。
――そう言っているとハルが話していた。
確かにユニコーンは、ハル以外の誰の言葉にもツンとすまして反応を見せない。
『ただハル以外の言葉を無視しているだけじゃねえか』と自分は思っているが、それは口に出してはいけない言葉だ。
「今日は戦士さん達、討伐が大変みたいなんだ。ユニコちゃん、一緒に討伐してくれる?」
ハルがユニコーンに話しかけると、ユニコーンはハルの耳元で小さく鳴き出した。
まるでハルに話しかけるような、ユニコーンの小さな鳴き声に頷くハルは、ユニコーンの言葉が理解できるようだ。
「そっか……そうだよね」とよしよしとユニコーンを撫でて言葉を返してきた。
「フレイムさん、ユニコちゃんは「魔獣の顔が怖いから無理」って言ってるよ。
確かにそうだよね。魔獣の顔ってすごく怖い顔してるもん」
「………そうかよ」
『お前の顔の方が、よっぽど魔獣より怖い顔してんじゃねーか。凶悪な顔しやがって』
そんな事を思いながら返事を返したせいか、またユニコーンの目が暗く光った。
「メイズさん、ユニコちゃんがメイズさんのおやつ美味しいって褒めてるよ。今日のおやつ、ユニコちゃんにも分けてあげたんだ。
もっと食べたいって。後の討伐はユニコちゃんが私について護衛を代わるから、メイズさんは今からさっきのおやつを作ってきてほしい、って言ってるよ」
「ユニコーンに僕のおやつを褒めてもらうのは光栄だけど、討伐中にここを離れるわけにはいかないんだ」
ハルがメイズに話を振ると、メイズがユニコーンの申し出を断り、ユニコーンが暗い目をまた光らせた。
焦ったメイズが「いや、ユニコーンの護衛力を疑ってるんじゃない。おやつはまた今度―」とユニコーンに必死に話しかけたが、プイと顔を背けられている。
ユニコーンの凶暴な顔に浮かぶ呆れの色が、『使えない男だ』とメイズに告げていた。
「ユニコちゃん、おやつはまた今度ね。よしよし、ユニコちゃんの髪の色はすごく可愛い色だね。マゼンタさんのピンク色の髪と同じくらい可愛い色だよ」
よしよしとユニコーンを撫でながら、ハルがまた余計な事を話している。
メイズを見ていたユニコーンが、今度はマゼンタに暗い目を光らせた。
「ハル、私の髪色よりユニコーンの髪色の方が素敵よ」と話すマゼンタに、『当たり前の事を言うな。勘違いしてるなよ』というかのように、侮蔑の色を浮かべている。
最近フレイムは、討伐の手を止めさせる、この神獣ユニコーンが気になってしょうがない。
神の最も近い場所にいる、このワガママな神獣が来ると落ち着かないのだ。
フレイムにとって気になる事は、もう一つある。
何をしたのか、シアンがユニコーンに敵対視されているのだ。
帰り際に飛び立つ時、必ずシアンに翼を当てていく。
いや。「当てる」なんて可愛いもんじゃない。
バシィィッ!!と音を立てて、膝をつかせるほどに力強く殴り付けている。
自分達は英雄と呼ばれるほどに討伐の実力があると自負しているが、神獣の神業とも言える攻撃は、避けようがないくらいのものだ。
毎回シアンは胸元を押さえて立ち上がり、ユニコーンと冷たい目で睨み合って別れて行くのがいつもの流れになっていた。
シアンがいつも殴られているのは、胸元だ。
執拗に同じ場所を殴るユニコーンは、まるでその場所に何か気に入らないものがあるかのようだ。
狙われているその戦闘服の胸元には、内側にポケットがある場所だった。
「シアン。お前がユニコーンに毎回殴られてんのは、もしかして懐に入れてる何かに反応してんじゃねえか?何入れてんだよ」
前にシアンにそう聞いてみたが、奴は「別に」と短く返すだけで答えようとしなかった。
もう長く一緒に討伐しているが、自分勝手で意外と自己主張の強いシアンは、相変わらず協調性のカケラも見せようとしない男だ。
『勝手に殴られておけ』と思いながら、今日もまた去り際にバシィィツとシアンは殴られている。
流れる動きで、今日はついでにマゼンタもバシッと頭を殴られている。
頭を痛そうに押さえる、マゼンタのピンクの髪が風に靡いていた。