表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呼ばれた私と国宝級美貌の戦士達  作者: 白井夢子
第二章 その後に続く日常
107/147

44.小さな商店街


『……ハル様。ハル様、着きましたよ』

遠くで双子の優しい声がする。少し声がこもっている。


「……もう朝?まだ少し暗いね」

ハルは双子の声に目を開けると、まだ外は薄暗かった。

今日は少し早く起こしてくれたらしい。




『ハル、そろそろ出てきてくれないか?ここは前にハルも来たことがある店だ。ちょうどお昼だし、ここなら静かに昼食を食べれるから』


「え……?お昼……?」


こもって聞こえるセージの声に、「まだこんなに暗いのに?」と言葉を続けようととして、ハッと気がつく。


ハルが今いるのは、オルトロスとオルトロスの間だ。布団の中じゃない。



「オルトロちゃん、ありがとう。分身の時間だよ」


ハルがオルトロスに声をかけると、オルトロスは二頭に分かれてくれた。

オルトロスの外は明るかった。今いる場所はお店の中らしいが、窓から差し込む日はお昼を告げている。


周りを見回すと、以前セージに連れてきてもらった事のある小料理屋さんだった。

みんなのいる後ろから、以前会った店主の男の人がペコリとハルに頭を下げてくれたので、ハルもペコリと頭を下げて挨拶を返した。


みんながハルを見ている。


「怖くてちょっと気を失ってたみたい」

ハルはへへへと笑って誤魔化した。

さすがにオルトロスの中で立ったまま眠るなんて、ハル自身でも信じられない。ここは「気を失っていた」と言うのが正解だろう。


「………そうか」とセージも納得してくれて、ハルは内心ホッとした。







「街の者に騒がれて、とても大変な目に遭われたようですね」


料理をテーブルに並べながら、店主がハルに声をかけた。


「そうなんだよ。みんな私を轢く勢いで走ってくるんだよ。あれは誰でも怖くなるレベルだったし、オルトロちゃんがいてくれて助かったよ。

あ、オルトロちゃんの前にもご馳走を置いてあげてね」


ハルが答えると、「もちろんオルトロス様にもご用意してますよ」と笑顔で応えてくれた。

相変わらず感じの良いお店だった。



「ハル様、寝癖が……」

ハルに声をかけながら、双子がハルの跳ねた髪を浄化魔法で直してくれた。


「寝てないよ」

「そうですね。少し髪が乱れていただけですよ」

双子がにっこりと笑ってくれる。


「セージさん、オルトロちゃんの中ってお布団を頭まで被ったみたいだよね。仕事の休憩中に入ると、寝ちゃうかもしれないから注意した方がいいよ」






「僕はオルトロスの間に挟まれた事が無いから分からない話だな」


『挟まれようと思いつく者もいないだろう』と思いながらセージは答える。


「あ〜セージさんは背が高いからね。ちょっとはみ出ちゃうかも」


気の毒そうな目で見てくるハルに、『神に愛される者というのは常人の理解を超える者だな』と、セージは畏れに近いものを感じていた。






「おやつ買えなかったね……」

もぐもぐと料理を食べながら、残念そうにハルが呟く。


とても残念だった。

マラカイト国のスイーツはとても充実している。数日前に街で買い食いはしているが、まだまだ回りたい店はたくさんあるのだ。

だけどあの場所には怖くて戻る事が出来ない。


「何もしてないのに……」

ただ見えた道を歩いてみたら、神に出会っただけだ。

ただ可愛いユニコーンをブラッシングさせてもらっただけだし、普段頑張っているご褒美に、短い空の旅をプレゼントされただけだった。

「救世主」などと持ち上げられるような偉業を成し遂げた覚えはない。


『それなのにこんな仕打ちを受けるなんて』と、フォークを持つ手に力が入った。

目の前の椎茸をブスリと刺してやる。


椎茸が美味しい。チーズ風味がする。

隣に添えられた焼きトマトも、勇ましくブスリと刺してやった。





ハルの様子を見た店主が、ハルに優しく声をかけてくれた。


「黒戦士様。街の商店街の者達が、後で店の商品をお持ちしたいと話しておりますよ。ここに運ばせてもらってもいいですか?店の者と会わなくても、こちらで対応しますから」


「え?お店の人が?ここに来てくれるの?」


「はい。ぜひ奉納させていただきたいと話しております」


店主にVIP待遇を申し出された。

だけどタダで受け取るのは気が重い。

タダほど怖いものはないという。きっとそんなの受け取ったら、後で酷い目に遭うに違いない。



「奉納?奉納はいいかな。そんなの偉い人みたいじゃん。

それよりちゃんとお買い物したいな。ここでプチお店屋さんを開いてくれるなら嬉しいな。たくさん買って、後でセージさんの屋敷の人みんなでおやつパーティーしようよ!今日の夜ご飯はおやつにしよう!」


「ハル、おやつを夕食にするのは今日だけだぞ。

――悪いが、「ここに出張の出店という形でいいなら」と商店街の店の者に伝えてくれないか?」


「分かりました。皆にはそう伝えますね。他の部屋に商品を並べてもらいましょう」


セージが知人の店主に声をかけると、店主は笑顔で快く引き受けてくれた。







「すごい!!部屋が商店街じゃん!うわぁ〜パールちゃん、ピュアちゃん、どれにする?」

「すごいですよ、ハル様。このお店はクレープを注文してから、ここで巻いてくれるそうですよ」

「ハル様がお好きなポップコーン屋さんもありますよ」



女子達がテンションを上げて、部屋の中の店を見て回る。


「試食だって!抹茶どら焼きの皮、もちもちだよ!」

「これは「買い」ですね」

「あ。抹茶のスノーボールクッキーも試食させてくださるそうですよ」





部屋の中で開く小さな商店街は、女子達以外に回るスペースはない。

英雄達はただ部屋の前でハルが買い物をする様子を眺めるだけだったが、それでもここ数日起こった出来事を考えれば、全く問題などなかった。


オルトロスの中に閉じこもるビジュアルは、さすがの英雄にも衝撃を与えたが、『無事ならいい』と思えた。

きっと色んな事がありすぎたからだろう。





英雄戦士仲間は実はあと三人いる。


この平和な時間に、彼等を思い出す者はいなかった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ