42.モスグレイ山の旅の終わり
「おはよう!みんな早いね。もう起きてたんだ」
翌朝、目覚めて双子に浄化魔法をかけてもらったハルは、スッキリとした顔でテントの外に出ると、すでにみんなは揃っていた。
「……なんかみんな疲れてるね。久しぶりに会ったからってはしゃぎ過ぎじゃない?」
疲れた様子の皆を見て話すハルに、フレイムが言葉をかけた。
「ハル、話は聞いた。ここは危険だ。テントはカーマインとルビーが片付けるから、先に山を下りよう。朝食は山を降りた後だ」
「え?何?何か危険があるの?」
ハルが怯えると、フレイムが深いため息をついた。
「お前がまた神の道に入ったら、俺らじゃ追えねえだろう?とりあえずここを離れよう」
「神様の道に危険はないのに……」
『そんな事を言ったら、まるで私がフラフラしてる子みたいじゃん』とハルは内心不満に思う。
だけどハルの呟きに、鋭い目を向けた赤い野郎をこれ以上怒らせるわけにはいかない。
「わかったよ」と返事して、ハルはセルリアンの前に立って両手を上げた。
『持ち上げて』というように手を上げるハルを見て、シアンが温度のない声をかける。
「ハル、どうしてセルリアンなんですか?」
「リアンさんは私を運ぶ担当者なんだよ」
「行こうか」
ハルをヒョイと抱えたセルリアンが、ハルと話すシアンを無視して歩き出した。
「さあ!みんな行くよ!ご飯は山を下りてからだよ!」
セルリアンの背中越しにみんなを覗き込んだハルが、場を仕切り出す。
だけど出発したと思ったら、何かドスと衝撃を受けて、ハルを抱えるのはシアンに代わっていた。
シアンの肩越しに、セルリアンがうずくまっているのが見える。
「あれ……?」
「さあ、急ぎましょう」
言葉と共にシアンが足早に歩き出した。
「帰りの道は来た道と違うんだね」
「崖の方が距離は短いですけど、こちらから回った方が安全ですからね。みんな好きに下りればいいんですよ」
帰りは崖ではなく、山道だった。
道といっても茂みの中だが、ハルに雑草や枝がかからないようにシアンが片手に持つ剣でスパスパ刻みながら進んでくれている。
さすがハイスペックな英雄だ。常人を超えた事を簡単に成し遂げている。
「あ。シアンさん、あそこに美味しそうな実が成ってるよ!」
「あそこのヤツも採ろう!」
危なげなく抱えられたハルが、「あっち」「こっち」と指差す方向にシアンは動いてくれた。
「そうだ。シアンさんのくれたネックレス、消えちゃったんだ。ごめんね、せっかく作ってくれたのに」
「――聞きましたよ。神に会ったそうですね。ハルが帰る事を選択してくれて良かったです」
「神様が仕事の斡旋してくれた事、聞いたんだ。あの場所にいたら、いつかはまたみんなに会えたと思うけど、まだまだ随分先になってただろうね」
「大丈夫ですよ。どこにいても迎えに行きますから」
「え……いくらシアンさんでも、あそこに行くのは止めた方がいいんじゃないかな。
ルビーちゃんの話では、神の道じゃない行き方は、すごく怖い場所を通るんだって。地獄みたいだって言ってたよ」
「地獄が何だっていうんですか?」
「え………?」
ハルは信じられないものを見る目でシアンを見た。
この青い男は地獄さえも恐れない鋼のメンタルを持っているようだ。
さすが英雄――というより、さすが悪魔の一面を持つ男だ。言うことが違う。
「そうだね。地獄の鬼だってシアンさんなら退治しそうだね」
「鬼、ですか?」
どうやらこの世界に鬼はいないらしい。
国宝級美貌のイケメンは、不思議そうな顔をした。
「そういえば他のみんなもマラカイト国に来てるの?」
すっかり忘れていたが、三人の戦士がいない。セージの屋敷で待機しているのだろうか。
「あとの三人ですか?――さあ、どうでしょう?ハルの手紙が読めたら来るんじゃないですか?」
「雰囲気で読めると思うけど……一緒じゃなかったんだね。どうやって私がマラカイト国に来てるって分かったの?」
ハルの問いかけに、「それは――」とハルがログハウスを出ていった後の事を話してくれた。
シアンがフレイムと会ったのは、セージの屋敷だったようだが、そこまで辿り着くのが大変だったようだ。
陸地回りで選んだ道は、何故か崖崩れなどがあり、迂回に迂回を重ねたらしい。
セージの屋敷でルビーの事情を聞いて、モスグレイ山に入ったが、どこにも自分の魔力のこもったネックレスの気配を感じられなくて、かなり心配をかけてしまったようだ。
「そっか。ごめんね。――あ、そうだ。お詫びにこれあげるよ」
せっかく作ってくれたネックレスは消えてしまったし、心配もかけたようだ。それにシアンはこうして自分を抱えて山を下りてくれている。
これはお詫びを兼ねたお礼をするしかない。
ハルが魔法のカバンをゴソゴソし出すと、カバンの中を探しやすいように、ハルを下ろしてくれた。
カバンの中からいくつかに分けて作ったユニコボールを一つ取り出して、シアンに渡す。
そして内緒話をするように声を潜めた。
「これはね、本当に貴重なユニコボールなんだよ。ユニコちゃんは神様の友達なんだ。もう他の誰にもあげるつもりがない物だし、みんなには言っちゃダメだよ。秘密のプレゼントだから」
「私だけですか。それは秘密にしないとダメですね。大事にしますね」
嬉しそうに笑ってシアンが受け取ってくれた。
嬉しくなるのは当然だ。
渡したボールは、あの世とこの世の境目で作った貴重なユニコボールだ。嬉しくないはずはない。
それに毛玉ボールは、持っているだけでその子と一緒にいるような気分になれる素晴らしいボールだ。
今はケルベロスと離れているが、ハルの持つ魔法のカバンには、ケルベロボールがたっぷり保管されている。
離れている今も、共にいる気持ちで安心できているのは、このケルベロボールのおかげだ。
ハルはシアンの笑顔に頷いた。
「栗食べた?」
「食べましたよ。みんなに分けてくれたそうですね」
再び歩き出して、平和な会話をハルとシアンは続けている。
「リアンさんが栗を拾ってくれたんだ。あの子は気が利く良い子だね」
「あの男が……?あの男ほど身勝手な奴はいませんよ。騙されてはいけません」
「え……?」
それはない、と言葉を返そうと思ったが、シアンの声が低くなっている。
余計な事は言わない方がいいだろう。
「あ、そうなんだ。でもまあリアンさんの髪は、ケルベロちゃんの立て髪みたいな触り心地で良い髪だね」
と、無難な世間話で返しておく。
「髪……?どんな抱え方をされたら、髪に触れるほどの距離になるんですか?」
青い男の声が、昨日よりも低い。
確かにシアンの抱え方は安定感があって、ハルはシアンに掴まっていなくても気楽にしていられる。ハイスペック故だろう。
どうやら自分はまた言葉を間違ってしまったらしい。
ハルは魔力を感じる事は出来ないが、ゴウッとシアンから何かが出ているのが感じられた。
ハルは口を閉じて、目もぎゅっと瞑って寝たフリをする事にする。
すでに山を下りていた一向は、シアンとハルを待っていた。どれだけ遠回りしているのか、二人はなかなか帰ってこない。
ハルを抱えて浮かれているのか、昨夜は禍々しいほどの魔力を噴出していたシアンは、今は山のどこにも気配を感じさせなかった。
フレイムは、『アイツほど身勝手な奴はいねえだろうよ』と、帰ってこないシアンに苛立ちを募らせていた。
セージは不穏な魔力を纏い出したフレイムを見ながら、『シアンが一番身勝手な男だな』と静かにため息をつく。
昨晩の英雄達の魔力は、魔物を超えるくらいの禍々しさを持っていて、それぞれの幼馴染達でさえも英雄達を認識出来ないほどだった。
よほど畏れ多い事を考えていたに違いない。
禍々しい強大な魔力がフレイムから漂い始めているのを見て、「ちょっとハルを探しに行こうか」とセージがオルトロスに声をかけた時―――少し離れた場所からゴウッと立ち昇る禍々しいシアンの魔力が目に留まった。
またハルがシアンをキレさせたようだ。
シアンが戻ってきた時、寝たフリをしているハルを見て、皆はそれを確信に変えた。