41.現れたのは
ガサガサッという音の後に、聞き覚えのある声がハルを呼んだ。
「ハル!無事か?!」
「ハル!怪我はないですか?!」
「……え?シアンさん?フレイムさん?」
聞こえた声にハルは目を開ける。
目を開けると、目の前に怖い顔をしたシアンとフレイムが立っていた。
こんな場所で会うはずのない者達の登場だが、彼等は常人を越えた事を簡単に成し遂げるようなハイスペックな英雄達なのだ。驚くような事ではない。
――オバケじゃなかったのなら、それでいい。
「も〜。みんなオバケかと思って警戒しちゃったじゃん。夜なんだからもっと静かに登場しなよ。栗食べる?焚き火の中で焼けてるよ」
ハルの呑気な言葉にフレイムがワナワナと震え出した。
「おい、ハル。テメェ……。セージさんの屋敷で事情を聞いて、心配して追ってきた者にかける言葉がそれかよ。もっと話す事があんじゃねえのか?」
フレイムの顔が怖い。
どうやら自分はかける言葉を間違えたようだとハルは気づく。
「あ、そうだね。ルビーちゃんは無事だよ、安心して。すごく心配だったよね。ほら、焚き火の前でゆっくり二人で話しなよ。火の中で栗も焼けてるよ。みんなはテントに入ってるからさ」
『彼女のルビーちゃんを心配して駆けつけたというのに、無神経な言葉をかけてしまった』とハルはフレイムを宥めた。
赤い野郎は怒ると怖いのだ。
「………ほぅ。テメェは俺の心配も受け取らねえ薄情な奴だったのか……?」
――フレイムの額の青筋がヤバイ。
ハルはそっとルビーに視線を送る。
ルビーは言っていた。
「この先、黒戦士に何か困った事があった時は、必ず力になるって約束するわ」と。
困っているのは今だ。今力になってほしい。
『タスケテ……』と自分を見つめるハルに、ルビーは背筋を凍らせた。
確かにハルに言った言葉は本心だった。ハルに何かあれば助けたいと思っている。
だけど本気で怒るフレイムは、ルビーだって無理だ。
ああやって額の青筋が深くなって、静かに話す時が一番ヤバイのだ。
そんな機嫌の悪い時は、無関係の者にまで容赦なく怒りをぶつける事をルビーは知っている。ここで余計な口出しをしたら、明日を迎えられるか分からない。
黙り込むルビーに、ハルが『約束したのに……』と目で語ってくる。
ルビーは覚悟を決めて、フレイムに話しかけた。
「フレイム、落ち着いて。ハルも私もみんな無事だわ。今日は色々あってハルも疲れてるの。早いけどもうテントで休むところだったのよ」
射抜くような鋭い視線がルビーに向かった。
「………ほう。疲れて、な。……じゃあコイツの手に持つトランプは何なんだ?元気そうに見えるが。
それに何だ。テントが一つしかねえじゃねえか。まさかお前ら全員一緒のテントで休むつもりだったんじゃねぇだろうな……?」
フレイムの言葉に硬直するルビーを見ていられず、カーマインが口を挟む。
「フレイム、落ち着けって。とりあえず話しようぜ」
「……カーマイン。テメェ、覚悟もなく仕事の依頼を受けてんじゃねえぞ。何でハルを山に入れる必要があんだよ。ハルに泣きついてんじゃねえぞ。
カーマイン、ルビー、テメェらの根性叩き直してやるから、こっち来いや」
赤い野郎に絡まれて、カーマインとルビーがどこかへ連れて行かれてしまった。
幼馴染同士で仲を深めていると思いたい。
ドキドキしながら三人を見送ったハルは、ふうと息をつく。
安心したハルにシアンが冷たい笑顔で声をかけた。
「ハル、無事で良かったです。……確認させてもらいますが、まさかここにいる得体の知れないような奴等と同じテントで、今から休むつもりだったんではないでしょうね?」
「あの子は得体の知れない奴じゃないよ。ターキーさんって言って、魔獣研究をしてる子だよ。まだ休まないよ。休む前にみんなでトランプしようって話してたんだ」
ハルがターキーを紹介して予定を話すと、シアンもフレイムのように額に青筋を立てた。
シアンの顔が怖い。
どうやら自分はまたしてもかける言葉を間違えたようだ。
「常識をわきまえなさい」と、ハルにかける言葉が、今までにないくらいに冷たい。
ヤバイ。
常識を愛する青い野郎の目が、ものすごく怒っている。
「ハルに当たるなよ。シアン、お前の顔は怖いんだよ」
ハルが固まると、セルリアンがシアンに言葉を投げ捨てた。気が利く彼は、ハルを庇ってくれるようだ。
ハルはすかさずスッとセルリアンの背中に回る。
「……ハル、その男から離れなさい」
「お前の指図なんて受ける必要なんてないだろう?」
「他人の貴方が口出すことじゃないですよ」
「お前もただのチームの人間ってだけだろう?」
こっちの幼馴染達もややこしい事を言い出した。
背の高いセルリアンの背中に回っているので、ハルからはシアンの顔は見えないが、不穏な空気は伝わってくる。
しまいには、「ちょっとこっちで話をしましょうか」「望むところだ」と言いながら、二人でどこかへ行ってしまった。
久しぶりに会った幼馴染同士で、仲良くしていると思いたい。
セージはただならぬ雰囲気の英雄達に、幼馴染達に「何かあったら」と、オルトロスを連れてみんなを追ってしまった。
ターキーも、「何か戦士達についての面白い記事が仕入れられるかも」と、みんなを追って行った。
残されたのはハルと双子とミルキーだけだ。
「夜食の栗、後でみんながそれぞれに食べれるようにお皿に分けておこうか」
「12人分ですね。ひとかけら分になっちゃいますね」
「焚き火の栗を出してみましょうか」
一つの栗では少なすぎるので、ミルキーが焚き火から栗を取ってくれた。
焼きすぎて少し焦げている。
「ミルキーさん、浄化魔法で焦げを治せないかな?」
「治すのは無理ですが、焦げの部分は消えるかもしれませんね。試した事はないですが……」
そんな事に浄化魔法を使った事がないミルキーが戸惑いを見せ、それをハルが励ます。
「やってみようよ!焦げを消すなんてすごい事だよ。いざという時きっと役に立つはずだよ」
「いざという時ですか……?」
戸惑いながらもミルキーは、言われるままに焦げた栗に浄化魔法をかけてみる。
浄化魔法をかけられて焦げが消えた栗は、焼きすぎて固くなっていたけど、モキュツとした噛みごたえのある、それはそれで美味しい栗だった。
栗を分けて待っていたが、なかなか戻ってこないみんなに、そのうち眠たくなってハルと双子は広いテントの中で眠る事にした。
焚き火の火は消えかけている。
だけどテントに入った事で受ける英雄達の報復が怖くて、ミルキーは寒空の下、一人でテントの外に立っている。