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呼ばれた私と国宝級美貌の戦士達  作者: 白井夢子
第二章 その後に続く日常
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40.ミルキーが失念していたこと


もう一つの栗は焚き火の奥に入ってしまった。


ハルは栗を諦めて、枝で地面に落書きを始める。

「↓」と自分の少し横方向に下向きの矢印を書き、「オルトロちゃん」と名前を書く。

ハルは今、オルトロソファーで寛いでいるところだ。


次に「→」「パールちゃん」「←」「ピュアちゃん」と書いた後、「←――」「ミルキーさん」と書いていく。




自分の方向に矢印を書かれて、何げにハルの落書きに目をとめたミルキーは、ハッと気がつく。


「あの……ハル様。英雄様達に手紙を書きましたが、ハル様の文字は読めないのでは……?」


「あ、うん。でも大丈夫。雰囲気で伝わると思うんだ。この文字だって雰囲気で伝わるでしょう?」


「この文字」とハルが枝で指すのは、ミルキーに向けられた矢印の文字だ。


「もしかして私の名前を書かれているのですか?」

「そうだよ。やっぱり伝わるよね」

「………」





ミルキーは黙り込んだ。

不吉な予想が頭をよぎる。


自分が宛名を書いた手紙は、確かに英雄達には届いているだろう。

だけど封を開けて手紙を見ても、ハルの文字では何が書かれているか分かりようがないはずた。


あのサイン会で、ハルがこの世界の文字を書けないことは、ミルキーは知っていた。

――もちろんミルキーが知っている事は、英雄達も知っている。


知っていたはずなのに、宛名だけ書いて事情を説明しようともしなかった自分を、英雄達は許すだろうか。


ハルが消えた時、もし英雄達がハルの側にいれば、神への道へ進もうとするハルを素早く止めたかもしれない。ケルベロスならば、いつでもハルの側にピッタリと寄り添っていただろう。

ハルの居場所を英雄達にいち早く知らせる事をしなかったミルキーに、英雄達は怒りを向けるかもしれない。



いや。手紙よりも、もっと英雄達を怒らせる事がある。


自分はハルの護衛でありながら、護衛対象者のハルを一瞬でも見逃してしまった。

――これは確実に英雄達の逆鱗に触れる事だろう。


もし。もしもハルが神の世界からあのまま戻って来ていなければ、戦士達の怒りはどこへ向いていただろうか。


『もしかすると英雄様達の怒りを向けられた結果、私は神の元へ送られる事になったのでは……?

私に危険が迫っていたのは、英雄様達からの危険だったのでは……?』


知ってしまった真実に、ミルキーは身を震わせる。


ミルキーはミルキー騎士団の総長だ。

身体は虚弱だが、そう簡単にやられるような自分ではないとミルキー自身は思っている。


だけど英雄五人――いやたとえ一人でも本気で来られたら、自分の運命はそこで終わりだろう。


神の言葉の意味を理解して、ミルキーは震えた。





「ハル、この世界の文字が書けないのか?じゃあ英雄達は、ハルがマラカイト国に来てることも知らないのか?」


セージがハルに確認をする。


「文字は書けないけど、手紙にはイラストも書いてるし分かると思うよ。こんな感じで書いたんだ」


ハルはケルベロス――三頭の犬の顔を書いた隣に、オルトロス――二頭の犬の顔を書いて、オルトロスの上に「待ってるね」という言葉を吹き出しに囲って見せた。



「ああ……まあ。これならマラカイト国に来てる事は伝わる……かな?」


「だよね。討伐休みが終わる前にドンちゃんに集合場所を確認するから、またその時会おうねって感じの事も書いてるよ」


英雄達には伝わっている前提で、ハルは当然の事のように話すと、セージが困惑した様子でハルの言葉を否定した。


「そこまでは伝わってないと思うぞ……」

「そうかな?じゃあセージさんの屋敷に戻ったら、字の勉強をするよ。文字を覚えたら手紙を書き直そうかな」



「それはあまりに連絡が遅すぎるんじゃねえか……?」

幼馴染のフレイムがさすがに気の毒で、カーマインが口を挟む。


「じゃあ手紙のお手本を書いてもらって、それを写そうかな」

「書いてもらえよ……」


『呑気すぎるだろう』と思うが、カーマインは黙った。黒戦士を否定する言葉は、今のカーマインには使いたくない言葉だった。



「大丈夫ですよ、ハル様は一生懸命お手紙を書きましたから」

「マラカイト国に来ている事は伝わっていると思いますし、ハル様に御用があれば英雄様が来てくださいますよ」


「そっか、そうだよね。じゃあもう連絡はいいかな」


双子の励ましで勇気づけられたハルは納得したように頷いている。


『この双子も、英雄達には冷たい奴らだな……』とカーマインは思うが、やっぱりハルと仲のいい双子への批判の言葉は呑みこんだ。







「もう夜も遅くなったし、テントに入ってみんなでトランプしてから休もっか。ババ抜きしよう!」


「ハル様、もう休まれた方がよろしいのではないですか?明日も早いですし……」


多くの魔獣が出るこの地での野宿だというのに、ハルが嬉しそうに魔法のカバンからトランプを取り出して、みんなに掲げて見せた。

ミルキーが戸惑って声をかけると、ハルは元気に言葉を返す。


「私はしっかりお昼寝したから大丈夫!ミルキーさんは眠たくなっちゃった?」

「あ、いえ、そういうわけでは―」





返事途中で、ミルキーがハッと顔を強張らせた。

ハルがいなくならないように寄り添っていた双子も、ビクッと身体を震わせる。

セージやセルリアン、カーマインやルビーも急に険しい顔になった。

オルトロスも、もたれているハルを気遣って立ち上がりはしないが、低く唸り出した。

皆が同じ方向を睨んでいる。



「え、何?どうしたのみんな。……え、まさかオバケ……?」

ハルにはみんなが何に反応しているのか分からず、怖くなった。

大概の魔獣や魔物ならば、ここにいる者達で対応出来るはずだ。ここまでの反応を見せる事はないだろう。


――魔獣や魔物とは違う何かがやって来る。


『怖い!!』

ハルは幽霊だけは見たくないと思っている。

あれだけはダメだ。あれはただそこにいるだけで、人を絶望に突き落とすものだ。




「――近い。来るぞ!」


緊迫した声で何かの訪れを告げるセージの声に、ハルはぎゅっと目を瞑った。




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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 基本一度読み終えるとそれで満足して終了タイプなのですが、この作品は繰り返し読み直してしまうくらい大好きです。 更新、100話くらいあればいいのに!なんて無茶な事を考えてしま…
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