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呼ばれた私と国宝級美貌の戦士達  作者: 白井夢子
第二章 その後に続く日常
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37.ルビーの見たあの世とこの世の境目


「ハル様……?」

パールが呟く。


少し目を離しただけだった。

カーマインの、「確かこっち方向にその馬は飛んで行ったんだ」と指を差した方向に、全員が視線を向けた数秒間の出来事だった。


双子の隣に立っていたはずのハルが、その間に消えてしまった。


休憩を終えたばかりのこの場所は少し開けていて、そんな僅かな時間であのハルが隠れる事など不可能に近い。


ハルが消えた。

いち早くハルが消えた事に気づいた双子は、その真実が信じられなくて動けないでいた。



「パール、どうしました?………ハル様は?」

パールの、不安げにハルを呼ぶ声にミルキーが振り向くと、ミルキーもハルが消えた事にすぐに気がついた。


ミルキーも呆然と立ち尽くすしかなかった。


魔獣などの不穏な気配も感じられなかったし、ハルが身につけていたネックレスの、強く主張していたシアンの魔力も突然に消えてしまっていた。

「ハルが消えた」

状況的にそれ以外の可能性は何も考えられない。



それでもとりあえず周りを探そうと、皆は激しく動揺しながらも動き出そうとした時―――ルビーが帰ってきた。


ハルが突然消えたように、ルビーも突然現れた。









「ルビー!お前無事だったのか?どうやって戻ってきたんだ?!」


カーマインに声をかけられて、ルビーは呆けたように、ただ幼馴染の顔を見つめる。

ルビーがいたあの世界から、無事戻れた事にまだ実感が湧かなかった。




元々ルビーがこのモスグレイ山に入ったのは、仕事の依頼が入ったためだった。

よくある、ルビーにとっての危険などないはず仕事だった。


「山の調査に入るから、また護衛を頼みたい」と魔獣研究家のターキーからの依頼を、いつものようにカーマインと気軽に受けた仕事だったが、今回遭遇した翼のある馬の魔獣は、聞いたこともないような未知の魔獣だった。


反射的に魔獣に向けた剣は軽く弾かれて、怒った魔獣に咥えられ、そのまま空を飛ばれてしまった。

高く上昇する前に何とかしようと思ったが、手も足も出せないままに、あっという間に空高く上られてしまい、なす術がなかった。


『空から地面に叩き落とされるのだろう』と最期を覚悟したが、空飛ぶ馬はどこまでもルビーを離さない。


そのうち空が薄暗くなり、眼下に広がる景色を見て、ルビーはゾッとした。


見える景色がこの世のものではなかった。

物語の中で聞く「地獄」というものが存在するなら、今ルビーが見えているその光景だろうと思えるくらい、禍々しさが渦巻く地だった。


そしてルビーは気がついた。

自分は決して手を出してはいけない領域のものに剣を向けてしまったのだと。

この先に訪れるのは、死よりも酷い現実かもしれない。


身体中が冷えていった。

生きた心地がしなかった。

もういっそこの高さから落としてほしいとまで願ったが、翼を持つ馬は自分を咥えたままいつまでも離さない。


どれくらいの時間が経ったのか分からないが、ルビーが意識を失いかけた頃、どこかの地にドサリと乱暴に落とされた。


放り投げられたその地が、どんな地であるのか知りたくもなかった。

怖くて目も開けられないまま震えて座り込んでいると、ルビーを呼ぶ声が聞こえた。



「あれ?ルビーちゃん?」


緊迫感のない呑気な声に名前を呼ばれて、『この声は黒戦士だ!』とハッとして顔を上げると、薄暗く恐ろしい風景の中に黒戦士が立っていた。


こんな絶望的な場所で、黒戦士の着る明るい色のワンピースが、希望の光のように見えて眩しかった。

薄暗くて禍々しいこの地に対して、何も感じていないような穏やかな顔が、救世主のように感じられた。


黒戦士が渡してくれたハンカチで涙を拭くと、ハンカチからは甘いお菓子の香りがした。


黒戦士は、「このまま真っ直ぐ進めばすぐだよ」と、「あっちだよ」と進むべき方向を指し示してくれた。


いつの間にか一人で歩いていたが、闇に近いくらいの暗い道を黒戦士の言葉だけを信じて進むと、急に明るい場所に出た。

眩しくて一瞬目がくらんだが、すぐに生い茂る木々やゴタゴタとした緑色の岩が目に入って、唐突な変化に頭がついていかずに立ち止まったところに、カーマインに名前を呼ばれたのだ。




「ルビー!お前無事だったのか?どうやって戻ってきたんだ?!」

幼馴染のカーマインの顔を見てルビーは、『本当に戻れたんだ。助かったんだ』と気が緩み、足に力が入らずその場に座り込んでしまう。


「これを」と双子に渡されたコップに入った水を飲むと、喉が渇いていた事に気がつく。もう一日近く何も口にしていなかった。

一気に水を飲み干すと、もう一杯の水を渡され、それも飲んでようやく少し落ち着いた。


「ありがとう。……もう十分よ」

「ルビー様ですね?ルビー様、今どこから戻られたのですか?どこかに道があるのですか?」


双子にお礼を伝えると、急かすように尋ねられた。


「そこに道があるでしょう?その暗い道が、私が連れ去られた場所に繋がっているのよ」


話しながらルビーが元来た道を振り返ると、目の前に生い茂る草が見えるだけだった。

背の高い草が道を隠してるのかと、フラリとルビーは立ち上がって、あるはずの道を探す。



「ここから来たはずなのに……。黒戦士が迎えに来てくれて、『あの道から来た』って、『このまま真っ直ぐ進めばすぐだよ』って教えてくれたのよ……」


呆然とルビーが呟くと、双子がさらに問いかけた。


「ハル様に会ったのですね?」

「ハル様は今どこにいるのですか?どうして一緒にいらっしゃらないんですか?」




「黒戦士は――黒戦士は、『あっちだ』って進む方向を教えてくれて。確か一緒に歩き始めたはずなのに、いつの間にか一人で歩いてたのよ……」


ルビーは約一日極限状態にいて、ハルがかけてくれた言葉の全ては思い出せなかった。


ルビーがいた場所は、薄暗い闇と、闇に紛れて姿も見えなかったあの恐ろしい翼を持つ馬がいるだけのはずだ。

『自分はあの場所に、黒戦士を身代わりに置いてきてしまったのだろうか』と思い至ると、震え出した身体が止まらなかった。





「とにかくここでハルを待とう。ハルが通った道が近くにあるなら、動かない方が良さそうだ。ルビー、今までの事を詳しく話してくれないか?」


誰も何も言えない中、セージが『とりあえず状況を把握しなければ』と、ルビーに詳しい話を聞くことにした。









実はこれ100話目です。

100話目は、救世主っぽいハルの回。(たまたまです)

深刻ルビーちゃんで。


更新が不定期になっててすみません。

戦士の旅のお付き合いありがとうございます。


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