最終話 全てはこれからまた始まる
あれから1年と少し。
積っていた雪も解け、やや春の兆しが見え始めた頃。
シンロード魔動学園では年度を締め括る最後の行事が行われていた。
「シアニー=アメイト=ラ=フォーガン。当学園で優秀な成績を修めた貴殿を、ここに正規の機兵騎士として認め、その証を授与する」
壇上にいるイーグレット学園長の前にシアニーが進み出る。
まず手前に居るキヨートゥから差し出された新雪のように純白のサーコートを受け取り、その場で羽織る。
更に1歩前に出ると、イーグレットが柄の部分に学章が刻まれたショートソードを差し出す。
シアニーは片膝をつき、恭しく剣を受け取る。
このサーコートとショートソードが学園卒業の証であり、そして正騎士の証。
遂に彼女は念願の機兵騎士となったのだった。
その事は素直に嬉しい。
それを祝福してくれる家族がいる。
共に正騎士となった事を喜び合う仲間がいる。
だが喜ばしい門出の日にも関わらず、彼女は浮かない顔をしていた。
なぜなら、今の喜びを最も分かち合いたい人物だけが彼女の隣に居ないから。
けれどそんな顔ばかりはしていられない。
学園は王都からも近く、またその卒業者は優秀であり、即戦力にもなる為、多くの王侯貴族や騎士団のスカウトがこの式典を見学に来ている。
そんな中、今年度の卒業生の主席であり、代表である彼女はしっかりとしていなければならないのだ。
なのでその表情から曇りを取り除く。
かつて仮面を被っていた事がこんな所で役に立つとは思いもしなかったが、彼女は周囲に笑顔を振り撒いて、式典の雰囲気を壊さないように努めた。
式典の後には晩餐会が行われる。
卒業を祝うパーティーという体裁を取っているが、その実は、スカウト合戦の場だった。
最近では悪夢獣の数も減り、被害も大分減って来ている。
悪夢獣を生み出していた元凶が居なくなったのだから、当然と言えば当然の結果だが、それでも未だ悪夢獣が人々にとって脅威なのは変わらない。
未だどの騎士団も優秀な人材を求めているのだ。
そして当然のように、卒業生主席であり、見目も麗しく、更には王族であるシアニーに人が集まってくる。
中にはいきなり求婚を申し込んできた者も居たが、シアニーはそのことごとくを鉄面皮を被って断り続けた。
そして今も1人の貴族が「そんなの無理だ~!」と泣き叫びながら、走り去っていく。
「あの貴族。凄い勢いで走り去っていたが、一体、どんな断り方をしたんだ?」
勧誘が一段落したのか、それとも全てを断り続けたその近寄り難い雰囲気に気圧されて声が掛け辛くなったのか、シアニーの周囲に人が居なくなった頃合いを見計らってレリアが近付いてくる。
「男のくせに『僕の専属の騎士になって、死ぬまで守って欲しい』とか軟弱な事を言い出してきたから、生身で悪夢獣を倒せるようになったら考えてあげるって言ったのよ」
「あはははっ!そりゃ、貴族のお坊ちゃんには無理な話だね!」
それ以前にそんな事が出来る人間は正騎士の中でも、いやこの世界でも数人しか存在しない。
彼女の要望に応えられる未婚男性がいるとすれば、それは“騎士の中の騎士”のシルフィリットくらいしか今の世には存在しないだろう。
「やっぱり何処の騎士団にも入らないつもりか?」
「うん。私は私の理想を実現出来る騎士団を作る。新たなアメイト騎士団をね」
正騎士になると、たとえ元が平民や貧民でも貴族並みの身分と権限が与えられる。
そして元々から王侯貴族階級の正騎士には家名の付いた騎士団を立ち上げる権限を与えられるのだ。
ただし騎士団は悪夢獣と戦う事を目的としている為、基本的に最前線に配備される。
故に特権階級の者が騎士団を立ち上げる事は少ない。
命の危険が大きいからだ。
彼女の父親が王族でありながら騎士団を発足させたのは、異例と言っても良いだろう。
「という訳で一緒にどう?」
「すまないな。既に王国直下の情報部から誘いが来ていてね。というか、それを分かった上で誘ったんだろ?」
「あはは、まあね。先行きの分からない新米が立ち上げた騎士団なんかより、情報部の方が全然安定してるし、良かったじゃない」
レリアの最終評価は卒業生全体の丁度半分程。
だが恐らくは卒業生の中で最も良い場所への配属となる。
王国直下なだけあって身分的には貴族より上であり、命令権は政治に関わる一部の貴族と王族のみ。
それも国王の承認が無ければいけない為、実質的に国王直轄という事になる。
ある程度の権力と独自の行動権も所有している。
シルフィリットも身分的に情報部扱いとなっており、レリアは彼の部下として採用されたのだ。
彼女の扱う風の魔動力は攻撃や防御だけでなく、遠くの音声を聞いたり、届けたりする事が可能であり、飛行可能なウィンディグラスは空からの周囲警戒や策敵が容易というのが、情報部配属の最大の理由であろう。
「全く、無茶な事を考える。いくら王家という名があっても、正騎士としてはまだ無名に近いのに人なんてそうそう集まらないぞ」
2人の元にやって来たのは、卒業生次席のレグラス。
彼の指摘は最もだ。
シアニーの兄が怪我により騎士を辞してアメイト騎士団は1年前に解団した。
元々壊滅状態で生き残った者は少なかった為、団員は他の騎士団へと転属していった。
学園上がり立てのその妹が今更、その名を引き継いだ所で、散り散りになった団員が戻ってくる訳でも無い。
それに騎士団を立ち上げる以上、シアニーが団長という事になる。
騎士としての実績が無い以上、女性を軽視する者などは見向きすらしないだろう。
寄って来るのは先程の貴族のような彼女の容姿目当てばかりになる事は目に見えている。
ただそんな連中は先程の貴族のように追い返されるのがオチだろうが。
「そんな事は分かってる。けれどお父様とお兄様の意思を引き継いで、私の目指している理想を実現させる為にはこれしかないから」
他の騎士団に入ってしまえば自分勝手な行動は許されないし、理不尽な命令でも無ければ、団長命令には従わざるを得ない。
実績を積むにしても、それが評価されるのが何年先になるかは分からない。
ただでさえ彼女の理想を実現させる為にはどれくらいの時間が必要か分からないのだ。
最初の段階から時間を大幅に取られたくは無かったのだ。
「それよりあんたは本当に正騎士にはならないの?」
「ああ。父が捕まってから商会の方もゴタゴタしていてな。兄が一から立て直しを図っているから、それを手伝うつもりだ」
邪法を扱っていた事が発覚し、クローブ家は貴族位を剥脱され、顧客も従業員も離れて行ってしまい、クロ-ブ商会は破綻した。
この1年余りで債務処理も終わり、レグラスの兄が地方の小さな魔動工房を開いて再起しようとしている。
レグラスにとってその兄を助けるのが、家族として最も大事な事となったのだ。
騎士としては惜しい人材だが、悪夢獣の脅威が減って来ている今の情勢で、強制する事など出来ない。
「まぁ、見ていろ。すぐに父を越える大商会にしてやるから」
「うん。期待してる。その時は同級生割引を宜しくね♪」
「ふん。そっちこそこっちに見合うだけの有名騎士団になっている事だな。まぁ、一生掛かってもなれないかもしれないがな」
それはレグラスなりの激励の言葉。
この言葉が悔しかったら、早くその域まで登り詰めろ。お前なら出来るはずだから、という意味。
以前のシアニーならば、そんな言葉の裏に隠されているものに気付かず、激昂していた事だろう。
けれど彼女だって成長する。いや、成長せざるをえなかった。
感情を暴走させても、止めて、宥める人物が側に居なかったのだから。
「おっと、僕はそろそろ失礼するよ。この機会に多くの人と顔を繋いでおきたいのでね」
そそくさとレグラスはシアニーの前を後にする。
視線だけで追ってみれば、彼はやや恰幅の良い初老の女性の元を訪れて頭を下げていた。
彼女はこの世界の魔動機兵シェアでキングス工房に次ぐエイボルフ商社の社長である。
プライドの高かったあのレグラスが、他人に頭を下げている姿をみっともないとか情けないとなじる者もいる。
けれどプライドを捨てる事はそう簡単に出来る事では無い。
家族を守り助ける為に、レグラスは騎士となる事も、その見栄もプライドも捨て去った。
シアニーはそんな彼を心の底から尊敬し、格好良いと思っていた。
迷い無くそれを実行出来る彼はきっと間違いなく、クローブ商会を不死鳥のように蘇らせるだろう。
となればシアニーの方も約束を違えないようにしなければならない。
レグラスに向けて心の中でエールを送る。
「それで、自分で騎士団を立ち上げるのは良いとして、これからどうする気なんだ?」
「それはもう決めてあるわ。まずは――」
シアニーは卒業後に一番最初にやるべき事を以前から決めていた。
それは理想を現実にする為に必要な事であり、彼女にとっても最も重要な事だから。
* * * * * * * * * *
桜の木が林立し、花びらが吹雪のように舞い散る丘の上にそれはあった。
小さく盛り上げられた土の山の上に、墓標のように片刃が剣、片刃が鋸の大剣が突き刺さっている。
墓標のようなと表現したが、それは正しく墓標だった。
本来の墓は存在するが、この下にも彼の遺灰が埋められている。
だからこの場所にも彼は眠っているのだ。
その墓標の前で1人の若い男が目を瞑り、手を合わせている。
墓の下に眠る相手に何かを報告でもしているかのように、長く長く、その場で手を合わせ続ける。
どれくらいの時間が経った頃だろうか。
ザワリと桜の木々が揺れ、花びらが舞う。
それと同時に若い男の背後から鋭い刃がその頭部に突き刺さる。
「おいおい、久しぶりだってのにいきなりそれは無いだろ?」
貫いたかのように見えた刃は僅かに傾けた男の耳の上スレスレを通り過ぎていた。
「身体は鈍っていないようで安心したわ」
剣を引き、背後から現れたのはシアニーだった。
「アメイト騎士団の団員第1号として勧誘に来たわよ、ショウマ」
振り返ったショウマは1年ぶりに愛する者の姿を見る。
1年ぶりに会う彼女は、更に凛々しく、更に美しくなっていた。
「団員って……俺は騎士でも何でもない、ただの一般人だぜ?」
時空の切れ目を消し去った後、ショウマはシンロード魔動学園を自主退学した。
理由はいくつかある。
時空の切れ目の消失と共に愛機であるエクスブレイドを失った事。
そして彼の半身であったシンの意思と記憶が失われた事により、救世の騎士としての黄金の魔動力を失った事。
どうやら世界はシンという存在を失ったショウマの事を異世界人とは認めてくれなかったようだ。
ただそのおかげと言ってはなんだが、ショウマの中には、これまで魔動輝石の力を利用する事でしか使う事の出来なかった魔動力を使う事が出来るようになっていた。
ただその力は一般人と然程変わらず、黄金の魔動力のような強大な力を発揮するには至らなかった。
しかも魔動力が使えるようになったとはいえ、彼はこれまで魔動力を行使した訓練をしてこなかった。
故に魔動力の扱いについては魔動学園の予科生どころかその辺の子供にも劣る。
更に言えば、既存の魔動機兵の操縦技術もほぼ皆無であった為、魔動機兵で戦う所か、動かす事も満足に出来ない。
こんな状態では機兵騎士としては役に立たない。
だから学園を自主退学して、師匠であるフィランデルの元で再修業していたのだ。
1年間、みっちりとしごいて貰ったおかげでそれなりに魔動機兵の操縦は出来るようになった。
しかしいくら飲み込みが早いショウマと言えど、流石にたったの1年では魔動機兵を完璧に扱うまでには至らず、とてもじゃないがまともに戦える程の動きは実現出来ていない。
しかし稽古を付けてくれたフィランデルはもうこの世にはいない。
今から3ヶ月ほど前。
ショウマが魔動機兵をようやく操れるようになったのを見届けると同時に彼は息を引き取ったのだ。
それからも習熟訓練を続けているが、シルブレイドやエクスブレイドを操っていた時に比べると、全然動けていないのを自覚していた。
「今の俺じゃ、ただの足手纏いだ。それに正騎士にもなれていない」
学園を卒業すれば、正騎士になるに相応しい力があると判断され、学園長の権限で正騎士になる事が認められる。
だがショウマは中退である為、騎士候補生ですらなくなっている。
そして騎士団には正騎士にしか入団資格が無い。
傭兵として実績を積み、正騎士に昇格する事も可能と言えば可能だが、その為には最前線で相当な数の悪夢獣を葬るという実績を積まなければいけないだろう。
今のショウマの実力では1匹倒すだけでも命懸けだ。
正騎士に昇格する前に命の方が先に消えてしまう事だろう。
「ショウマならそう言うと思ったわ。だからプレゼントを持って来たのよ」
そう言うとシアニーは布に包まれた細長い物をショウマに投げ渡す。
「これは?」
包み布を開けると、そこにあったのは一振りの小剣。
そしてただの包み布だと思っていたそれがシアニーが身に着けているものと同じ純白のサーコートだという事に気付く。
「まさか、これは!?」
小剣の柄にあるシンロード魔動学園の学章を見つけて、ショウマはそれが何かを理解する。
「シンロードから離れちゃったから知らないだろうけど、学園長はあんたの退学届を受理してないのよ。シルフィリットさんと同じように特例扱いにしてくれたの。まぁ、これまでの実績を考えれば当然だと思うんだけど。だからたとえこの1年間、授業を受けてなくても、卒業式典に参加してなくても、ショウマはちゃんと学園を卒業した事になってんのよ。それがその証。それともう1つ……」
シアニーが丘の下を指差す。
指差す先に視線を送ると、そこにあったのは――
「シル…ブレイド……?」
特徴的な剣のような角を持つ白銀色の機体が立っていた。
その足元に目を向けると、こちらの存在に気が付いたのか、瓶底眼鏡の女性が両手を大きく振っている。
「シェラちゃんがこの1年を掛けて、たった1人でシルブレイドを造り上げたのよ。完全じゃないけれど、以前の操縦系統も再現してるんだってさ」
この世界にコンピューターは未だ存在しない。
だから高度なプログラミングが組まれた制御盤の作製は不可能だ。
その上、詳しい設計図はシンの記憶の中にしか無く、その知識はもう異世界の彼方。
いくらアーシェライトが前世でシルブレイドの作製に携わっていたとしても、完全には把握していないはずだ。
けれどアーシェライトの知識と技術があれば、近しいものが造れてもおかしくない。
「……ったく、俺の知らない所で勝手に話を進めやがって……」
「先に勝手に居なくなったのはそっちなんだから、文句は言わせないわよ?」
確かに文句を言える立場では無い。
自分の関知しない間に全ての事が運んでいたという事に少々納得がいかないものはある。
けれど不快感は無い。
むしろ、それだけ多くの人が自分の事を気に掛けてくれていた事に嬉しささえ覚える。
「ここまでされちゃ、断る訳にもいかねぇな。改めて宜しく。シア…いや、シアニー団長」
ショウマは握手を求めて手を差し出す。
「ええ、ようこそ。新生アメイト騎士団へ。そしてこれからも宜しくね、旦那様♪」
シアニーは差し出された手を握り返しながら、その手を引っ張る。
ショウマが前のめりになった所ですかさず顔を寄せて、口付けを交わす。
互いにもう離さないとばかりにきつく抱擁し、愛する者との再会を心と身体で味わう。
まるで1年間の分を取り戻すように長く永く悠久く…………
* * * * * * * * * *
少女は長い夢から目を覚ました。
「よく眠れたかい?そろそろ到着するよ」
左側から聞こえるその懐かしい声に思わず涙が溢れ出てくる。
「あらあら?どうしたの?怖い夢でも見たの?」
右から聞こえる心配そうな声を聞いて、少女は更に涙が溢れ、顔を歪める。
「パパ……ママ……」
少女は自分でも何故こんなに懐かしくて、涙が出てくるのか良く分かっていなかった。
けれど大好きな両親の顔を見ているだけで、その声を聞いているだけで、ボロボロと涙が零れ落ちていく。
「余程、怖い夢を見たんだね。大丈夫。パパとママが側にいるからね」
「そうよ。パパは強いんだから、きっとあなたを守ってくれるわよ」
母親から手が伸び、優しく少女の黒髪を撫でる。
「うん…うん………」
その手の温もりに少女の心は穏やかになっていく。
「……ねぇ、パパ、ママ。大好きだよ」
「ああ。パパも大好きだぞ」
「ええ。ママも大好きよ」
涙は止まらない。
けれど少女にとってそれは悲しみの涙では無い。
嬉しさの涙。
「パパもママも一番大好き」
そして両親は口を揃えてその名を呼ぶ。
「「愛してるよ、カナコちゃん」」
少女は涙を流しながら、満面の笑みを浮かべて幸せを噛み締めるのだった。
これにて完結です。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。




