第99話 世界崩壊の始まりと終わり
完全に動きを止めたルシフィロード。
ここで「やったか?」等というフラグを立てたりはしない。
心の中ではそう思っている部分もある。
恐らく、ここにいる全員が思っているだろう。
だが誰も口を開かず、固唾を飲んでルシフィロードを見詰める。
しかしそれは杞憂に終わる事となる。
ルシフィロードの背中の羽根がボロボロと崩れ始めるとそれを皮切りに頭部が腕が、脚がまるで乾いた砂のように崩れ始め、太さを増していく白金の帯の中に吸い込まれて消えていく。
『どうやら、本当にやったようだな……』
その光景を見て、ショウマはようやく安堵の息を漏らす。
しかしそれも束の間。
響いたその声に再びを気を引き締める。
『あははははっ!倒したのね!悪夢化したルシフィロードを倒してくれたのね!!流石だわ!おかげで扉は開かれたわ!!』
エイミアは楽しそうに、そして嬉しそうに笑う。
『ああ、見えるわ!あの輝きの向こうに私が求める世界がある。私が望んだ世界がある!!』
崩れゆくルシフィロードの中から這い出たエイミアは、目の前に広がる白金の光の帯を眺めて恍惚の表情を浮かべる。
その姿は見た者全てを魅了する程に美しく、艶やかで、けれど凄く儚い。
『一体どういう事よ!!』
見惚れてしまっていた自分に渇を入れて、シアニーが問い掛ける。
「そうね。気分が良いから教えてあげるわ。以前言ったわよね?異世界の扉を開く為には強大な魔動力が必要だって。彼が協力してくれたら、私が組上げた異世界転移魔動陣に2人分の異世界人の魔動力を注ぎ込む事で簡単に事は済んだの」
だがショウマはそれを拒んだ。
この世界が消滅すると分かっていて協力など出来る筈も無い。
「当然、協力するはずは無いと分かっていたから無理矢理にでも絶望させて悪夢化させて操ろうと思ったのよ。この子のようにね」
ショウマの予想通り、やはりエイミアは悪夢を制御する術を知っていたようだ。
「だけどそれも無理な時の為に保険をかけていたのよ」
『保険?』
「ルシフィロードに異世界転移魔動陣を組み込んでおいたのよ。異世界人同士が戦いで使用した魔動力に反応するようにね。その結果が目の前にある、これなのよ」
悪夢化したルシフィロードを倒し世界を守る為に極限まで高めた魔動力が、結果的に異世界転移魔動陣を発動させてしまったのだ。
『じゃあ…もしかして、それは………』
「ええ、そうよ。この輝きが時空の裂け目。異世界へ繋がる扉よ!!」
こうして喋っている間にも白金の光の帯はどんどんと太くなっていく。
「うふふふっ、あなたには感謝しているわ。もう会う事も無いでしょうから、今の内に言っておくわ」
そういうとエイミアはふわりと時空の裂け目へとその身を投じる。
「さぁ、私をあの世界に連れてい――――」
パァァンと、まるで風船が割れたような音が響き渡り、エイミアの姿は消え失せた。
時空の歪みに肉体が耐え切れずに破裂したのか、別の世界に転移出来たのかは不明だ。
この世界に混沌と破滅を生み出していた元凶がこの世界から姿を消したのだから、追い掛ける理由も無い。
それに今はエイミアの事よりも目の前にある現象の方が問題だった。
『そんな…どういう状況になっても異世界の扉が開いたなんて……』
シアニーはもう何も考えられなかった。
『くそっ!僕達がやった事は無駄だったのか……』
レグラスは唇から血が流れる程に噛み締め、悔しそうに項垂れる。
『こんな事で世界が……私達の生きていた証が消えてしまうというのか』
レリアは空を見上げながら、悲しそうに呟く。
『僕には何も出来ない。世界最強の騎士が聞いて呆れるよ」
シルフィリットは自分の無力さに嘆いた。
『儂などどうなっても良い。じゃが、儂が命をかけた所で、前途ある若者の未来を守る事すら敵わぬか……』
ソディアスは未来を守れないと諦めた。
『俺は……俺は………』
この事態を引き起こしたのはショウマ自身だ。
だからこそ最後まで諦めずに考え続ける。
(これが発生した要因は転移魔動陣だ。なら魔動陣を消す事が出来たなら……)
そう思い、時空の裂け目を注視するが、既に異世界転移魔動陣が組み込まれていたというルシフィロードは完全に崩壊し、時空の向こう側へ吸い込まれてしまっている。
周囲にもそれらしき魔動陣の痕跡は無い。
(くそ。魔動陣自体がもう向こう側にいったか、発動した時点で役目を終えたって所か)
大元である魔動陣を消す事はもう出来ない。
(なら、もう一度、強大な魔動力をぶつけて相殺するか?)
しかしそれも無理な話。
力を増幅してくれた雷光刀はもう無い。
それに魔動力もかつかつだ。
未だにエクスブレイドが動いていられるのが不思議な程だった。
(他に何か手はねぇのか!このままじゃ、シアが、皆が消えてしまう。アイリ達が繋いで来てくれたものが全部無くなってしまう!)
頭をフル回転させるが、思い浮かぶのはたった1つだけ。
80年前に最後の悪夢を葬った時と同じように、自身の命を懸けて時空の裂け目を抑え込む事だ。
エイミアは言っていた。
ショウマの肉体は物質化する程に凝縮した魔動力で作られていると。
つまりそれら全てを解放する事が出来れば、黄金の魔動力など比べようも無い程強力な魔動力を放つ事が出来る。
しかしそれでこの世界が守れるか分からない。
それに例え、世界が救われても、この世界で肉体を失えば、ショウマは元の世界に戻されて、この世界がどうなったのかを知る術を失う。
(くそっ、もう俺にはそれしか方法は無いのか……)
(ああ、そのようだな)
(え?今のは?)
そこにはショウマとショウマより遥かに年上の似た顔立ちの男が向かい合うように立っていた。
(俺がもう1人?いや、シン…か)
(ああ。俺はシンとしての記憶だ)
これまでシンとして40年近くを生きてきた記憶。
そしてショウマとしてこの世界で7年間生きてきた記憶。
2つの記憶はまるで二重人格のようにそこに姿を現していた。
(かつて俺は世界を悪夢から救う為に、愛する者を残してこの世界を去った)
(ああ、そうだな。そして今回の俺も同じだ。長い年月を得ても結局の所、俺の本質は変わらないって事だ)
(ああ、そうかもしれないな。けど今回は違う)
(違う?ああ、結果が未確定な事が前回とは違う訳だよな)
(そうじゃない。前回と違うのは、俺の心の中には"シン"と"ショウマ"の2人が存在するという事だ)
(何を言ってやがる?結局はどっちも俺じゃねぇか)
(確かにそうだ。だがエイミアが言っていただろう。今の俺は向こうの世界から意識だけが飛んで来ている状態だと。時の棺に囚われているのと同じ状態だと。そして向こうの世界から来たのは本来は俺の意識、記憶だけだ。お前として意識と記憶はこの世界に来てから育まれたもの)
(それって、もしかして……)
(ああ。確かにこの肉体はこの世界が作り出した仮初のものかもしれない。そして俺は異世界転移者だ。だがお前は違う。お前の意識はこの世界で生まれた。つまりれっきとしたこの世界生まれの人間なんだ)
(そうだとして……いや、でも……そんな事が本当に出来るのか?)
2人の記憶は共有されている。
だからどういう事をやろうとしているのかは手に取るように分かる。
それが突拍子もない事であり、現実的に出来るかどうかも分からない方法であるという事も。
(ああ、出来るさ。俺達には信頼出来る仲間達が居る。愛する者がいる。だから絶対に出来る)
(そうだな。確かに俺達だけじゃ出来ないかもしれない。けどあいつらの力を借りれば出来る気がする)
((ならもう迷う事は無い!やってやろうじゃないかっ!!!))
2つの意識が同調し、心の奥底から力が漲ってくる。
『皆、まだ諦めるには早いぞ。俺に力を貸してくれ!』
ショウマは既に諦めかけていた仲間達に声を掛ける。
『諦めたくは無い。じゃが、あんなものをどうやって止めればよいのじゃ?』
尚も拡大を続ける時空の裂け目はまるでブラックホールのように周囲にあった木々をそこに積っていた雪ごと飲み込んでいく。
『全員の魔動力を俺に送ってくれ。それで可能性が出てくるはずだから』
正直に言って、ショウマにだって確証がある訳ではない。
けれどこの方法が今出来る唯一の方法なのは確かだった。
『状況から考えて説明を聞いている余裕は無さそうだから、何も聞かずに君の事を信じる事にするよ』
まず最初にシルフィリットが同意し、クリムズンフェンサーの右手をエクスブレイドの肩に置き、魔動力を流し込む。
まるで春の日差しのように穏やかで和やかな暖かさが流れ込んで来る。
『良いじゃろう。この年寄りで力になれるのならいくらでも持っていけ』
ソディアスはソルディアークの右拳をエクスブレイドの背中にコツンと当てながら魔動力を注ぐ。
燦々と照らす夏の日差しのような眩しい輝きがショウマの体内を駆け巡る。
『何か策があるのだろう。私はショウマを信じて従うぞ!』
レリアはショウマの最後まで諦めないという姿勢に惚れた。
彼女の初恋は実らなかったが、それでも彼の事を惚れた気持ちに変わりは無い。
そんな相手から頼られて嬉しくない訳が無かった。
ウィンディグラスから注がれる魔動力は、新緑を思わせる爽やかな風のようにショウマの身体を吹き抜けていく。
『お前とはまだ決着が付いていないのだ。だから力を貸す。それ以上の意味は無いからな!』
レグラスは渋々といった風を装いながら協力する。
だがソルインフィニオスから注がれる魔動力は、マグマのように熱く燃え滾っていた。
ショウマを信じ、ありったけの魔動力を注ぎ込んでいる証拠だ。
『ショウマ……』
エスト・ア-スガルトが差し出していた手を直前で止める。
『…居なくなったりしないわよね……』
シアニーは救世の騎士の伝承を思い出していた。
80年前。
彼は世界を救うと同時に元の世界に戻ってしまった。
今回も同じようになるのではないかと考えてしまったら、もう悪い方にしか考えられなくなっていた。
『嫌だよ!!ショウマが居なくなったら…私は……私は…………』
普段、弱気な部分を殆ど見せないシアニーが、周りの事も気にせずに弱音を吐く。
それ程までに彼女はショウマがこれから行う事に不安を抱いていた。
『大丈夫だよ、シア。俺はこの世界から消えたりなんかしない。その為に皆の力を借りるんだ。だから、シアの力も貸してくれ』
そんな風に言われたら、断る事なんて出来なかった。
手を震わせながらも意を決したシアニーがショウマに魔動力を注ぎ込む。
愛に溢れた涼やかで心地よい清涼感が身体を突き抜ける。
(さぁ、やるぞ。出来るかどうかじゃ無い。絶対に成功させるんだ)
あんな弱気のシアニーの姿を見てしまったら、成功させて絶対に生きて戻って来なければならないという気持ちになる。
その想いを込めて、最後の最後まで絞り出すように黄金の魔動力を発現させ、自身の体内にある異なる5つの魔動力を束ねていく。
そして混ざり合った魔動力を半分に別ける。
魂そのものが抜けていくような感覚と共に別けた半分の魔動力を体外に放出。
魔動力の輝きは次第に人の形を取っていく。
しかしそこで魔動力は変化するのを止める。
「くそっ、これ以上はやっぱり無理なのか……」
「いや、これで十分だ」
それは目の前から聞こえてきた。
「あはは、なんか変な感じだな」
「ああ、実際に自分が目の前に居て、こうして向かい合ってるなんてな」
ショウマの目の前に居る光る人影。
やや不定形で光っている為に、その姿を見る事は出来ないが、目の前にいるのが自分自身だという事は直感的に理解出来た。
いや、正確に言えばそれはシンの意思と記憶を持った存在。
精神だけの存在でも器があれば、留まる事が出来る。
ショウマという肉体の器があるから、シンの意思とショウマの意思の両方がこの世界に留まっていられる。
それならばもう1つ器を造り出す事が出来たら、どうなるか。
それを実践した結果が今ここにあった。
いくら黄金の魔動力と言えど、有機物を生み出すまでには至らなかったが、なんとか上手くいったようだ。
「けどあまり長くは保てなそうだな……」
なんとか人の形を保っているが、魔動力が不安定なのか、手先や足先はややぼんやりとしている。
「そういう訳で、さっさとあれをなんとかするとしようか。後の事は任せたぞ、俺」
「ああ、そっちの事は任せた。今まで、色々とありがとうな、俺」
ショウマが手を差し伸べると、光の手がそれを握り返す。
次の瞬間、2人の位置が入れ替わり、光の人影が操縦席に座る。
「シアの事を幸せにしてやってくれよ、ショウマ」
光輝いている為に見えないが、ショウマにはシンが笑顔を向けたのが分かった。
「ああ。そっちも嫁さんと子供を幸せにしろよ、シン」
2人の意識は完全に別れ、ショウマの記憶の中から、シンとして過ごしてきた記憶が溶けるように消えていく。
後に残るのはショウマとして過ごした濃密なこの数年間の記憶のみ。
記憶と共にショウマの身体から力が抜けていく。
それに合わせるかのように黄金の光が転移魔動陣を中空に刻み、彼を包み込む。
「じゃあな」
シンのその言葉を最後にショウマの姿が転移して操縦席から掻き消える。
「さぁ、エクスブレイド。この世界にあっちゃならねぇ、俺とお前の最後の大仕事だ!!」
シンの言葉に答えるように、傷付いたエクスブレイドが最後の黄金の光を放って、時空の裂け目の中へと突撃する。
全てを吸い込む時空の狭間の中に黄金が吸い込まれ、だが爆発したように輝きを増す黄金の魔動力を吸い切れずに外側へと溢れ出す。
そして溢れ出した黄金は時空の裂け目を少しずつ埋めていき、暫くの後、白金の裂け目と黄金の輝きは、霧散するように消えていく。
まるで最初から何も無かったかのような静寂が世界を包み込む。
何が起きたのかは誰も理解出来ない。
けれど、どうなったのかは誰もが理解した。
救世の騎士と呼ばれた1人の人物と1機によって、世界の崩壊は免れたという事に。
前回と同様、彼の犠牲によって世界がまたも救われたという事に。




